第2話 誰の剣

騎士学校卒業より少し前

「はぁ? 旅に出るだと?」

「ええ そのために学校で鍛えたまでありますから」

アルフ王国騎士学校、大体の生徒達は階級は違えど王国の騎士になることが決まっている。

だがしかし今目の前にいる生徒はあまりにも突拍子もないことを言い出した

「お前それ本気で言ってるのか……」

「では 自分は授業の準備がありますのでこれで」

「おい待て」

「なんですか ガンゲル教官」

「お前 王国騎士のどこに配属される予定だと思ってる」

「王国騎士第1部隊副騎士長です」

あまりにもあっさりと答えた生徒に対し頭を抱えることしか出来ない。

王国騎士第1部隊、名実ともに最強と謳われる王の剣であり王の盾である、大体の生徒が第3部隊や第4部隊に配属されるというのに、この男は第1部隊のその中でも副騎士長になることが確定しているのだ、成績もトップだが副騎士長とはそれでも数年に1度生まれるかどうかだ。

そこまでの才能を持つのに何故かこの馬鹿は旅に出ると言っているのだ、冒険者ですらなく旅人なのだ、違いを理解してないとしか思えない

「お前 旅人になって何がしたいんだ」

「世界一高い山を友人と登ろうかと」

「お前それ本気で言ってるのか」

部屋中に教官の覇気が轟く、流石は元騎士団長なだけはある、この覇気に当てられて何人もの生徒が気分を悪くしてしまうほどだが、ハルはもう既に慣れてしまった

「怒ると体に悪いですよ教官」

「誰のせいだと思ってるんだこの大馬鹿者」

「まぁ でも約束しちゃったんで」

「そんな約束と副騎士長どっちが大事なんだ」

「約束です」

ハルは真面目に答える

「お前の剣はなんのためにある」

続けて教官は質問する

「友人のためです」

ハルは物怖じせずに答える

「お前本気で死にたいらしいな」

覇気が最高潮に達した、傍にある花瓶が割れる、流石にまずいと思ったのか、ハルは頭を下げようと考える

だが頭を下げようとしたその瞬間、覇気が急に消えた

「わかった お前と俺で賭けをしよう」

「賭け?ですか」

「お前が勝てばお前の好きにさせてやる だが俺が勝ったらお前は大人しく副騎士長になってもらう」

負ければ約束を守れなくなる……

一瞬戸惑ったが断ることは出来ない

「分かりました 賭けの内容はなんでしょう」

「俺と1体1での模擬戦だ」


1体1での模擬戦、2人とも木剣を持って戦い、致命的な一撃を寸止めで入れ審判が止めた所で勝利が決まる、授業でもよく使われる戦闘方式だ、戦争などでは役に立たないが、基礎的な戦闘技術の向上などの理由でかなりの頻度で行われている。

相手は元第2部隊騎士長、第2部隊は主に他国との戦争や魔物との国の外での戦いに駆り出されることが多い部隊だ、つまりは戦闘に特化した部隊の元頭である、少なくとも楽して勝てるような相手では無い

「準備はよろしいでしょうか」

「私は大丈夫だ」

「俺も大丈夫です」

とは言ったものの体の震えが止まらなかった、模擬戦など腐るほどやってきたが、今までで1番緊張しているし、今までで1番集中している。

戦闘開始の合図が試合会場に響く

「それでは 始め!」

合図と同時に両者が地面を蹴る

ハルはお互いの間合いの中心部で剣をぶつけるため最速で飛び出したはずだったが、その予測は裏切られた。

相手の方が圧倒的に早かったのだ、ハルは咄嗟に守りの構えを取る、教官の速さは想像の倍近くの速さだった、両者の剣は教官の方が2歩分ハルの間合いを侵食してぶつかった、会場に木剣同士のぶつかる爆音と衝撃波が放たれる

(まずい、折られる!)

模擬戦の木剣は絶対に折れることはない、そういった祝福がかかっているためである、しかしハルはそんな事を忘れてしまうほどの衝撃に冷や汗をかく

「やはり力はまだまだだな」

「教官が馬鹿力なだけですよ」

そう言いつつハルは教官の剣を受け流す、受け流されてもよろけず再び振り下ろされる剣にハルは柔の剣で対応する

(とにかく柔の剣で何とかなるけど……)

何度も振り下ろされる剣を柔の剣で捌き続けるハル

それに対し一切の妥協を許さないガンゲルの猛攻はハルの体力を徐々に削っていく

(だめだ、攻められない!)

その思考に対し、攻めさせる気はないと言わんばかりに剣を下ろす

咄嗟にハルは間合いを話すために距離を取った

「はぁ はぁはぁ」

「どうした 逃げるのか」

「あれ以上捌いても勝ち目がないと思って」

「捌き続けたら勝てるかもしれんぞ」

「そんな……わけ……」

ハルは今の一瞬でかなりの体力を持っていかれていた、下がったその場で剣を突き立て、片膝を着く。

衝撃を受け流しているとはいえ受けた一瞬の力が他の友人達とは比べ物にならないほど重かった、捌くと言っても相手は最強クラスの元騎士長、脳筋を相手にするとこうも厳しいものなのか、小国がここまで繁栄するのもこんな脳筋が騎士長やってれば納得だなとも思えた。

「お前はこの程度ではないはずだが……」

ガンゲルが歩き出す

「どうやら今の第1部隊副騎士長候補にはこんな奴でもなれるようだな」

だんだんと歩みを進めてくるガンゲルに対しハルは大きく深呼吸をして呼吸を安定させる。

ガンゲルが間合いの半分ほどに到達した時、ハルはあの日の事を思い出した…


「おいおい まさかあの2人が本気で模擬戦とはな……」

「この会場壊れるんじゃないのか……」

そう言っているのは自分の前にいる2人組の騎士だ

1番上、1番後ろの列の席からでも2人の様子がよく見える

1人だけフードを深く被った青年は確かにそこにいて異様に目立つはずだが誰も見向きもしない、試合に熱中しているのだろう

試合が始まったと同時に相手より一回り小さな青年が一気に押される

「あっ……」

大きな声を出してしまいそうだったが気が付かれる訳にはいかない、不安の思いを噛み殺しながらフードの青年は見守る

今戦っている青年は自分との約束を守るために戦っているのだ、とても応援したい、だがこの会場に自分がいること自体が許されていないことなのだ、せめて周りから見えないようにはしてあるが音を消すまでは同時に出来ない。

大きな男が歩みを進める、親友の方へ

胸に手を当て、不安な気持ちを抑えながらあの日の事を思い出す




「ありがとな」

「こちらこそ」




懐かしいあの日の2人の思い出が重なる

「残念ながら ここで負けるつもりはありません」

ハルは立ち上がりながら言う

「ほう まだ立てるか」

ちょうど試合会場の中心程でガンゲルは立ち止まる

ハルは両足を叩き、気合いを入れ直す

震えはもうない

「いきます」

「こい」

さっきとは一転してハルが攻め、ガンゲルが受けの構えを取る

今回のハルの初速はガンゲルのそれに匹敵する速さだった、再び剣どうしがぶつかり合う衝撃波が放たれる

「うっ……」

ガンゲルは柔の剣で対応するが、彼にとって柔の剣の甘さが弱点であった

(やっぱりだ この脳筋 柔の剣が甘い!)

柔の剣など必要としなかった過去の自分を今1番ガンゲルは呪っていた

そのまま一方的に攻めを続けるハル、少しづつだがガンゲルは後ろにさがりつつ捌いている

(このまま押し切る!)

そう思った矢先だった

ガンゲルがいきなり柔の剣を辞め、攻めに転じてきた

(馬鹿が……本当に甘いやつだ……)

視界の端からやってくる剣をハル受けることが出来ない、もう既に攻撃に転じてしまった剣はそのままガンゲルに吸い寄せられていく

視界の端から来る剣を避けられない…

そう思った瞬間声が聞こえた


「頑張れ」


この場にいるはずのない親友の声で彼は動き出す、体は驚異的な反応を見せた

攻めた腕を戻しながら視界の端の剣を避け、そのまま後ろから剣を叩く

予想外の動きにガンゲルは驚きのあまり手が緩み、木剣を離してしまう

木剣はころがっていき気がついた瞬間、ハルの剣はガンゲルの首を捉えていた

「やめ!」

審判の声で会場は一瞬の静寂に包まれた

「勝者 ハル!」

その一言により、会場は大歓声に溢れた


「あいつやりがったぞおい!」

「俺は勝てると信じてたけどな!」

「お前途中開けた口が塞がってなかったけどな!」

前で騒ぐ2人よりもフードの青年は満身創痍の親友を見つめながら

「頑張ったね」

と一言小さく残し、会場を後にする

「そういえば途中で頑張れって言ったのお前か?」

「いや俺じゃねーよ 喋れないぐらい口空きっぱなしだったし」

「じゃあ一体誰だったんだ?」

謎の応援の声の正体を彼らが知ることはない


「ありがとうございます」

「本当はお前ほどの実力者を旅人などにしたくはないんだがな」

教官の部屋の中でハルは頭を下げる、割れてしまった花瓶は新しいものに取り替えられてるようだ

「でも 賭けは賭けですので」

「うるさいやつだな とっとと出ていけ」

「はーい」

そのままハルは部屋の外に出る

1人だけになった静寂の教官室で1人ガンゲルは呟く

「私はお前との約束を破ってしまった、もし私が当時から奴のように強い男であれば……」

ガンゲルは思い出していた、1人の愛する女性の事を、しかし立場がそれを許さなかった、騎士長を引退した時にはその女性は他の人と結ばれていた、後悔しながらも彼は前を向くしかなかった

「約束は破るものではないからな……」

彼が生徒に見せた最初で最後の優しさだった


ハルは久しぶりに会う友人に心を踊らせていた、最後に話したのは3年ほど前だっただろうか、お互いの道に進んでからは時間を見つけては会う日々だったが、だんだんお互いの時間はなくなっていってしまった

「あいつにいい報告ができる」

ハルは進む、あのかけがえのない日々を過ごした木に向かって彼は歩く

「ちゃんと元気にしてっかな」

木のそばで先に待っている親友に手を振る

彼の剣は親友のための剣なのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る