第九話 例え包囲されようとも
次なるもふもふ☆を退治すべく、ミュナとイツハは道なき道を進んでいく。
その最中、イツハは配信が中断になっていることを確認しつつも、恐る恐るミュナにこんな質問をする。
「ミュナおばさん。配信の方針なのですが……」
「方針? そうね~」
ミュナは手に入れたケルベッシュの角をマイクのようにして、こう答える。
「楽しく、そして自分らしく、でいいんじゃないかしら?」
「自分らしく、ですか?」
「ええ、それが一番なのよ。ただ、ある程度自重はしないと……」
ミュナは口にしつつも、何やら眉をひそめている。
「私、自重するのはとても苦手なのよね~」
「あ、はい……」
そうかもしれないなと思いつつも、イツハは目の前を見渡す。
彼らの前には熱帯草原を彷彿とさせる地形が広がっており、遠くには一本の細長い木があるぐらいだ。
果たしてもふもふ☆がどこにいるのか。
隠れる場所もなく、強いて言うならば緑色の毛玉にそっくりな木が生えている。
大きさはイツハの腰ほどもあり、風に吹かれてゆらゆらと葉をそよがせていた。
彼が首を何度も動かしているとあるものを発見する。
「これは――」
何かが暴れ回った痕跡だろうか。
地面が大きく抉れ、緑色の毛の塊が辺りに散乱しており、巨大な獣が荒れ狂った戦場といった状況だ。
矢が何本か地面に刺さっており、イツハはギガント達が戦ったのだと推測した。
「先回りされちゃったみたいね」
「どうします?」
「待ってちょうだい。もし、もふもふ☆を倒したら、もふもふ☆から素材を得ているはずよね」
「確かに。あの時は近くに自分達がいたからもふもふ☆を持ち運んだと考えると、ここならば倒したその場で解体した方が手っ取り早いですし」
一体、どうしたのだろうか。
暫く考えてから、イツハは単純なことに気が付いた。
「もしや、もふもふ☆を逃がしてしまったのでは?」
「それかもね。では、探してみましょ」
探す、と言ってもどこをどう探せばいいのだろうか。
幸いにも近くに隠れる場所はなさそうだが、手がかりすらないと思うだけで頭の痛い話だ。
「ミュナおばさん。手分けして探します?」
「そうね……。あら、ちょっと待ってちょうだい」
ミュナは人差し指を口元に立てて、「しっ」と注意を促す。
「どうされたんですか?」
「いっちゃん。気を付けなさい」
何に気を付ければいいのだろうか。
すると、遠くに生えていた緑色の毛玉の木が動いたような気がした。
「え?」
風で揺れているだけでは説明がつかない動きだ。
もしかして、もふもふ☆が隠れているのだろうか。
イツハがじっと注視していると、近くの木も動き出す。
まるで共鳴しているかのようで、植物らしからぬ奇妙な現象に彼は身を強張らせる。
「ただの植物じゃないのか……?」
自問自答していると、イツハはまさかの答えに気が付いた。
彼は落ちていた矢を拾いあげ、それをダーツのように動いていた木へと放る。
すると――。
「あらあら」
「やはり、か」
あろうことか、木は飛んできた矢を避けた。
だが、回避した瞬間にその正体を現す。
細長い体に六本の脚、前脚の先端には鎌が付いており、独特の形をした頭部。
その複眼に見据えられながらも、イツハは呟く。
「カマキリ……。虫だったのか」
アプリの図鑑を見てみると、『もふもふ☆スラッシャー』という名前らしい。
「擬態していたのね」
背の翅には緑色の柔毛がついており、なるほどこれを広げることで木に化けていたようだ。
しかし、もふもふ要素がケルベッシュ達と比べると明らかに少ない。
かの神もこれには不満を抱いており、納得いかないという表情をしていた。
そして、一斉に動き出した緑色の虫達はイツハ達を取り囲み始める。
「集団で狩りを行うみたいね」
「ギガント達は素材となる分だけ狩猟したのでしょうか」
はて、逃げるべきかどうか、イツハがミュナに目線を向けると――。
「戦っちゃいましょうか?」
「え?」
「見た所、この子達のせいで困っているもふもふ☆がいる以上、放っておけないもの」
「なるほど……」
「いっちゃん。これを渡しておくね」
イツハはミュナから鉄の棒を渡される。
それは元長机の脚で、今は先端の尖った鉄棒という物騒な武器へと生まれ変わっていた。
「さて、配信開始ね♪」
ミュナがタブレットを操作し、配信アプリを起動したようだ。
準天使達がカメラを構えた所を見計らい、ミュナがケルベッシュの角を片手に元気よく口を動かす。
「皆~! これから悪いもふもふ☆を懲らしめちゃうわよ~」
「よ、よろしくお願いしますね」
イツハ達が挨拶を終えた瞬間、やっと終わったかと言わんばかりにカマキリ達が襲い掛かってくる。
前足の鎌には鋭利な棘が付いており、捕まる前に絶命するか、それとも食べられながら絶命するかの選択を強いる武器となっていた。
「いっちゃん。無理はしないでね! まずは包囲を突破しましょ」
「わかりました!」
イツハが返事をしているその時だった――。
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