第八話 しかりつける

「さあて、ケルベッシュちゃん。起きてちょうだい」


 ミュナがケルベッシュの頭を撫で続けると目を覚ました。

 凶暴な三つ首の犬はミュナに気が付くと、牙を剥きだしにして唸り出す。


「もう、戦いは終わったのよ。メッ!」


 ミュナは子どもを怒るかのように口を尖らせる。

 しかし、ケルベッシュはますます怒り、今すぐにでも飛びかかって来そうな勢いだ。


「ミュナおばさん……」


 説得は無理じゃないだろうか。

 イツハがミュナを止めようとしたその時だった。


「メッ」


 ミュナが静かな声を発する。

 しかるにしては随分低い声だった。

 だが、その声には凄まじい気迫が籠っていた。 


 抗えぬ存在――。


 色褪せぬ神の威光――。


 おばさんパワー――。


 ほんの短い声ではあるが、確かに力強いそれらの意味が込められていた。

 当然のごとくケルベッシュは子犬のように大人しくなり、三つの頭は姿勢を良くしてミュナに目線を合わせる。


「わかってくれたみたいね♪」

「え、えぇ……」


 ケルベッシュは本能で『逆らってはならない絶対的な存在』であることをわかったようだ。

 それは正しい反応かもしれないし、イツハとしても賢く謙虚な行動だとも思っている。

 それから暫くはミュナとケルベッシュの会話が始まる。

 配信は継続中であるため、この様子を目にして視聴者はどんな反応をしているのだろうか。

 イツハがタブレットに目をやると――。


 *可愛い!

 *犬と会話できるの?

 *狩りはしないの?


 反応はそこそこあるものの、応援ポイントは50ぐらいしか得られなかった。

 今のうちに固定のファンも獲得しておかなければと彼が思っていると、ミュナの声が止んだ。


「いっちゃん、お待たせ」

「えっと、説得出来たんですか?」

「そうよ。ケルベッシュちゃんが言うには、もふもふ☆ぐれいとちゃんが最近機嫌を悪くして、その影響で他のもふもふ☆達も機嫌が悪くなっているんだって」

「そんな理由が……」

「もふもふ☆ぐれいとちゃんも本来は大人しいのだけれども……。何か原因があるかもしれないって」

「なるほど。それならば無理に戦わなくても、解決する方法があるということですね」

「そういうことね♪」


 試練としてはもふもふ☆を狩猟するのが基本的な流れなのだろう。

 だが、イツハとしてはミュナのやり方を尊重したかった。

 なるべく暴力を使わずに頑張りたい――。

 そのやり方に彼も賛成だったし、ミュナの魅力もある以上きっと応援してくれるファンも増えてくれる。


「それで、何とケルベッシュちゃんが頭の角をくれるんですって」

「え、いいんですか?」

「ええ、机を台無しにしちゃったお詫びだって」

「そうか。ありがとう」


 イツハはケルベッシュに骨を返すと、三つの首は喜んで骨にじゃれつき始めている。


「でも、どうやって角をいただくんですか?」

「いっちゃん。その剣を貸して貰っていい?」

「え、はい」


 イツハはミュナへホフリの剣を手渡す。

 すると、ミュナは渡された剣をじっと見つめる。

 まるで宝石でも眺めているかのようで、うっとりとしているその表情は妖艶な色を含んでいた。

 彼が悩んでいると、ミュナが声を掛けてくる。


「――とても変わった剣ね」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。人が持つには危険なんじゃないかしらね」


 ミュナの意味深な言葉を聞き、イツハは息を呑む。

 そう言われると、自分が持っていていいものかとすら悩んでしまう。


「そして、切れ味は抜群ね」


 ミュナはホフリの剣で机の脚の先端を切り、刃状に加工している。


「ありがとね」

「い、いえ」


 ミュナからホフリの剣を返して貰うと、イツハは改めて剣を見てみる。

 何の特徴もない両刃の剣で、言ってしまえば数打ち物という印象すらある。

 だが、彼にはこの剣は単なる剣ではないという自信があった。

 確証はないが、彼の本能はこの剣を決して捨てるなと何度も囁いていた。


「さてと、ケルベッシュちゃん。じっとしていてね」


 ミュナがケルベッシュを落ち着かせると机の脚を構え、そして――。


「はっ!」


 一閃させると、角が根元から綺麗に切断された。

 もふもふ☆にはこの試練で入手できるものでしか攻撃できないというルールがあるため、このように一手間がどうしても必要となってしまう。

 音を立てて角が地面へ落ちるのを目にして、イツハは思わず感嘆の声を上げる。


「す、すごい一閃でしたね」

「うーん、おばさんとしてはあんまり剣とか刃物とかを使いたくないのよ」

「え? どうしてですか?」

「だって、危ないじゃないの」


 確かにそうかもしれない。

 しかし、そもそもの話としてミュナは剣など使わなくとも恐ろしい。

 イツハはそんな言葉を心の中にしまっていると、ミュナがケルベッシュの方へ向き直る。


「ケルベッシュちゃん、きちんと使わせて貰うからね♪」


 ミュナがケルベッシュの頭を撫でながらも、労をねぎらっている。

 ケルベッシュもまた自らのお腹を見せて服従の意を表明していた。

 その仕草は可愛いのだが、如何せん目つきが凶暴であるためか、どうしても違和感が拭えない。


「いっちゃん。行くわよ」

「え、次はどちらに?」

「ケルベッシュちゃんが言うには、南でもふもふ☆が暴れて、そのせいで苦しんでいるもふもふ☆がいるんですって」

「りょ、了解です」


 ケルベッシュに別れを告げ、ミュナとイツハはもふもふ☆ハンターとして、次のもふもふ☆退治に赴いた――。

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