第三話 狩人達の舞台
イツハの視線の先には手製の弓を構えた男がいた。
金属片とワイヤーで作り上げた手製の弓で、矢は動物の角を削ったもののようだ。
だが、今のイツハにそんなことを気にしている場合ではない。
手製の弓でも正確に目標へ矢を命中させた男の技量に、イツハは警戒心を高める。
「どちらさんですか?」
イツハが声を上げると、男は無言で近づいて来る。
イツハよりも背が高く、真っ赤な皮膚と額に生えた角が特徴的だ。
身に着けている衣服は赤色と土色が交差するモザイク模様の迷彩服のようだ。
その男の背後にはやはりというべきか、三体の準天使達がカメラを構えており、儀式の参加者であることを決定づけていた。
男は迫力のある笑顔のままイツハに尋ねてくる。
「悪いな。横取りしちまって」
「い、いえ」
イツハは小さく返事をする。
大きな声を出すと、些細な物音を聞き逃してしまいそうだったからだ。
思い出してみると試練前に見かけたオロオロしていた男であり、そうなると近くにパートナーの神がいる。
そう考えるだけでも、イツハは少しも油断が出来なかった。
「あなたが矢を放ったのね」
ミュナが真顔でそう尋ねると、男は目を丸くする。
「見ての通りですぜ! 昔から狩りは得意だったもので!」
狩りという単語に、イツハは気づかされる。
そうだ、もふもふ☆をハンティングするのがこの試練のお題だ。
矢を撃たれたクマからは血は出ておらず、このクマもシアトゥマが作り出した演者に違いないのだろう。
「狩らなくては生きられないものね。別に、怒っていないわ」
「おお、すみません……。俺はギガント! 見た所、あなたが神様ですかね?」
「私はミュナ。こちらはイツハこといっちゃんよ」
「いやあ、別嬪な方ですぜ~」
ギガントは揉み手をしながらも愛想笑いをする。
彼の鼻の下が伸びているが、ミュナを直視すれば無理からぬ話かもしれない。
「やあね。あんなにだらしない顔しちゃって」
ミュナは小声でイツハに囁く。
確かに彼の鼻の下が伸びているが、ミュナを直視すれば無理からぬ話かもしれない。
「よかったら、その獲物はあなたに――」
ギガントがそう言った瞬間だった。
彼の隣にぬっと人影が現れる。
見た目はイツハよりも小柄な男だ。
顎から生えた白い髭は地面まで伸びており、まるで筆のようにも見える。
ナマズのような珍妙な顔をしているが、その身に纏う独特の雰囲気は見ているだけでも背筋が自然と強張る。
「ギガントよ。余計なことはしなくてええ」
「申し訳ないです。トレン先生!」
ギガントはその場で地面に頭を付ける。
大柄な身体を強引に折りたたんでいるようで、本気で委縮していることが伺えた。
「かまわんかまわん。ワシは
トレンは丸い目を細くしてミュナを注視する。
最初は小動物でも眺めているかと思いきや、次第にトレンは表情を岩のように強張らせる。
「初めまして。私はミュナ」
ミュナがにこりと笑うと、トレンは小首を傾げる。
「はて、お前さんは参加者の中におったかの?」
「私は訳あって遅れて参加したのよ」
「ほう……。いずれにせよ、ワシらの配信を邪魔せんでくれ。ギガント、忘れておるぞ」
「あ、申し訳ないです!」
ギガントは倒れたクマの前脚を強引に担ぎ上げ、背後にいる準天使へと手を振る。
「へっへっへ! ファンの皆! 見事撃ち取りましたぜ!」
すると、大きな声援がどこからか聞こえてくる。
恐らく、ギガントとトレンの持っているタブレットからファンの声援が聞こえて来たのだろう。
「よし、その獲物を運ぶかの。解体するぞ」
「はいっ!」
トレンはクマを片手で掴んでから足早に去っていく。
イツハが追いかけますかという視線を向けるも、ミュナはかぶりを振る。
「止めておきましょう。今は武器を手に入れないと」
「た、確かに」
「ところで、解体して何をするつもりかしら?」
「もしかすると、あのクマの骨などで武器を作るつもりでは?」
「この試練でしか入手できないものでないともふもふ☆を攻撃できない。つまり、素材を使ってより強い武器を作って、もふもふ☆ぐれいとちゃんに挑むのね」
「そういうことでしょう」
ファンシーな試練かと思いきや、中々にヘビーな内容だ。
狩猟の技術が必要となると単純な戦闘能力だけの戦いではないのだろう。
「さっきの小屋まで戻って武器になるものを取らないとね。皆~! おばさん達の活躍までもう少し待ってちょうだいね~」
ミュナはカメラに向かってとびっきりの笑顔を見せると、タブレットから歓声が聞こえてくる。
グダグダになっているが、やはりファンサービスというのは必要らしい。
小屋まで戻る最中、イツハは気になることを尋ねてみた。
「ところで、ミュナおばさんは遅れて神命新天の儀に参加されたのですか?」
「うーん、実のところ、最初は参加を諦めたのよね」
「え。では、どうしてこの度は参加されたのですか?」
「内緒♪」
とびっきりの笑顔でそう言われてしまうとイツハは何も言い返せなかった。
何か、何か深い訳があるのだろうか。
やがて先程の小屋の中に戻ると、ミュナは中でぐったりとしていた男に話しかける。
「お邪魔するわね~。武器になる物はあるかしら?」
「え、武器、でしょうか?」
「そ、本当ならばスリッパで戦いたいのだけれども」
「申し訳ないのですが、ここには農具すらないのです……」
男が何度も頭を下げている中、ミュナは――。
「長机があるわね。借りてもいいかしら?」
「はい? え、それを武器に、え?」
「ダメ、かしら?」
「ど、どうぞお好きに――」
「ありがと♪」
ミュナはニコリと笑いながらも、小屋にあった長机を担ぎ上げる。
天板は木製だが脚はしっかりとした金属製で見るからに重そうだ。
並の人間ならば二人がかりでないと運ぶのも難しいだろう。
そもそも明らかに武器には向かないのだが、ミュナには関係ないようだ。
「ミュナおばさん。今まで机で戦ったことがあったりとかします?」
イツハの素朴な言葉に、ミュナは目を大きく見開く。
ショックだったのだろうか、担いでいた長机が大きな音を立てて床へと落ちた。
「いっちゃん? 私って、そんなに乱暴者に見えているのかしら?」
「え、いや、そういった意味では――」
イツハが怯んでいると、ミュナはさらにこう続けてくる。
「私だってね、家具で戦うのはどうかなって思っているのよ」
「すみません……。ミュナおばさんも負けられないですものね」
「何よりも手加減が出来なくて、もふもふ☆な子達を酷い目に遭わせてしまうかもしれないのよ!」
「あ、はい」
嗚呼、ミュナおばさんは本当にもふもふが好きなのだな……。
イツハは乾いた笑いを浮かべていると、ミュナが長机を担ぎ直す。
「で、他にもふもふ☆がいる情報はあるのかしら?」
「ひ、東の沼にいるかもしれません」
「ありがと。いっちゃん、いきましょ」
「は、はい!」
イツハは小屋を飛び出していったミュナを追いかける。
改めて次なる目的地へと向かうために、ミュナはテンポよく駆けていく。
その姿を見て、彼は大層困惑した。
何故なら、とても優雅に見えてしまったからだ。
どうやったら机を担ぎ上げながらも疾走する姿を優雅に演出できるのだろうか。
ミュナを追うカメラを構えた三体の準天使を眺めながらも、彼は複雑な表情で全力疾走する他なかった――。
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