第四話 暫しの休憩
目的地までの道のりは遠かった。
ここまで広くする必要はあったのか。
そんなに遠く離れてはいないだろうとイツハは思っており、速足で歩きすぎてしまったことを後悔する。
体力自体にはまだ余裕はあるのだが、脚の節々が痛む。
しばらくぶりに歩いたような感覚に苛まれていると、足の裏に猛烈な痛みが走った。
「いっちゃん。大丈夫?」
ミュナが心配そうに尋ねてくる。
ミュナは長机を担いだままイツハよりも速い歩調で歩いているのだが、まるで疲れていない。
そして、ファンサービスとして視聴者のために鼻歌を披露している。
あまりにも心地よいせいか、イツハはその歌声を聞いているだけで、自身の身体が休めと催促してくる始末だ。
「だ、大丈夫です」
「うーん、無理せず休憩しましょ」
「え、でも」
イツハは先程出会ったギガントとトレンの姿を思い出す。
競っている以上のんびりとしている時間はないはずだ。
「慌ててはダメよ。それと、配信を一旦中止すればいいのよ」
ここで休んでいる暇はないような気はするが、このままではミュナの役に立てそうにない。
イツハは頭を下げる。
「申し訳ないです」
「いいのよ~。視聴者の皆~、ちょっと休ませて貰うからね~」
ミュナがカメラに向かってにこやかに告げたため、イツハはタブレットを操作して配信アプリを停止させる。
すると、カメラを構えていた天使達に変化があり、カメラのレンズを下に向けて撮影を注視したという意思表示をしている。
「ありがとうございます」
イツハは地面へと腰を下ろす。
改めて付近の風景を見渡すと、中々に珍妙なものだった。
「とてもメルヘンチックよね~」
「あ、そうですよね!」
イツハはとっさに頷く。
確かにメルヘンと言ってしまうのが一番しっくり来る。
羊そっくりな低木に、絨毯のように広がる柔らかな草原。
それに飛び交う鳥達までもがぬいぐるみのように丸々としている。
見る人から見れば楽しいかもしれないが、彼としては不自然な平和を謳っているようでどうにも落ち着かない。
何気なくタブレットを見てみると、いつの間にかメッセージが届いていた。
「何々、『朗報! 残されし者の皆様は応援ポイントを消費して技能を習得できます?』」
「技能?」
画面を覗き込んでくるミュナへ伝わるようイツハが読み上げる。
「応援ポイントは配信アプリのホーム画面内に表示されています、か……」
イツハが試しに配信アプリを開くと、ホーム画面には応援ポイントが確かに表示されていた。
登録者:イツハ
応援ポイント :211p
累計応援ポイント:211p
ファン数 :16名
「なるほど、こんな感じなのか……」
地道にファンを獲得しなければならないようだ。
しかし、このポイントで何が習得できるかのかとイツハが考えている時だった。
「えっと、いっちゃん。その画面はここを押せばいいのよね?」
「はい。そのアプリを開いてみてください」
「分かったわ~。ポチっとね」
ミュナが配信アプリの画面を開くと、そこにはイツハと同じような表示がされていた。
登録者:****
応援ポイント :3654p
累計応援ポイント:3654p
ファン数 :303名
「こんなにファンが増えていたのね~。えっと、コメントもついているみたい」
「コメント?」
「『おばさん、頑張ってください!』とか『応援してます!』だって!」
「流石ミュナおばさん……」
イツハはふと気が付く。
ポイントとファン数はそれぞれ別になっているということは、ミュナのファンは必ずしもイツハのファンとは限らないということだ。
「あっと、ミュナおばさんの登録者名がきちんと表示されていませんね」
「あ、そうね」
「バグかもしれません。あとで、自分が問い合わせしておきます」
「ばぐ?」
ミュナがキョトンとする。
当然と言えば当然の反応かもしれない。
イツハは額を掻きながらもこう説明する。
「えっと、何と言えばいいのかな。つまり、不具合です」
「不具合で名前が表示されなくなるのね。じゃあ、問い合わせしておいて貰っていい?」
「はい」
配信アプリのホーム画面には専用の問い合わせフォームまである。
イツハは早速先程の問い合わせ内容を入力して送信した。
恐らく、後程神命新天の儀執行委員会とやらから返信が来るはずだ。
「さて、肝心の技能の習得は――」
アプリの一覧を見てみると、『ワザオボーエ君』という如何にもなアプリを発見した。
「何というネーミングなんだ……」
イツハがやれやれと思いながらもアプリを開いてみると、説明文が表示される。
「えっと、このアプリは奉賛と習得の神ラシュニンの提供となっております、か」
色々な神々がこの儀式に参加しているのだなと考えつつも、技能の習得をしようとしたところで突如ファンファーレが鳴り出した。
「え、え?」
イツハが戸惑っていると、こんなメッセージがポップアップする。
『初回特典! ユニーク技能をプレゼント!』
「ユニーク技能?」
イツハが身構えていると、画面に金色の字でこう表示された。
「同胞へ届きしは嘆きの声……」
イツハはその言葉を胸中で何度も口にする。
一体、どういう技能なのだろうか。
ユニークというと、自身のみしか習得出来ないという希少なものなのだろう。
とりあえず、今の所役立つものかはわからない。
何か役立ちそうな技能が習得出来ないか画面をスワイプしてみると――。
「これがいいかもしれません。『罠知識レベル1』が200pで習得できますね」
「何だかカッコいいわね~。いっちゃんにピッタリよ」
「レベル1だからあまり大層なことは出来ないかと」
カミツキが
早速習得のボタンをタップすると、彼の頭の中に罠に関する知識がどこからともなく溢れて来た。
不思議な感覚だが、悪い気はしない。
どこか中毒性のある感覚に、彼は困惑してしまう。
「私も何か習得できるのかしら?」
ミュナがタブレットを操作している様子をイツハは眺める。
アプリの一覧を開いてみるも、『ワサオボーエ君』は見つからない。
よもや、と思って彼はミュナへ尋ねる。
「ミュナおばさん。送られてきたメッセージの履歴を見て貰っていいですか?」
「ええと、ここね。あら、いつの間にこんなメッセージが。ええと、『神々の皆様については応援ポイントを消費することで力を強めることができます』だって」
「メッセージに続きがありますね。『タブレット内のぱわーあっぷ君というアプリを開いてください』ですって」
覚えやすい名称だが、あまりにも安直すぎる。
果たしてそれでいいのだろうかとイツハとしては疑問で仕方なかった。
ミュナが件のアプリを開くと、やはり説明文が表示された。
「ええと。応援ポイントを消費した量によってあなた様の力を一時的に強化いたします、だって」
「強化ですか……」
「ちなみに覚醒と応援の神トラムーラ提供ですって。そんな神もいたのね」
これ以上ミュナが強くなったら、どんなことになるのだろうか。
見たいようで見たくないような……。
いずれにせよ、サポートに徹しなければとイツハは自身の心に誓う。
「いっちゃん。まだ休憩する?」
「いえ、もう大丈夫です」
「無理だけはしないでね。では、いきましょ」
再度長机を担ぎ上げ、ミュナは意気揚々と進んでいく。
勇ましいようで、どこか滑稽で。
でも、その後ろを追いかけるのも悪くないなと思いながらも、イツハも駆け足を開始した――。
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