第二話 狩人と毛玉
イツハは北へ向かう最中、違和感が拭えなかった。
光を放っていた祭壇の中央がどこにも見当たらず、黄や赤の毛の塊がころころと転がっている。
「ここは、何なんだ?」
ミュナは地形が書き換えられたと言っていたが、始まりへ続く終着点とは少し違う場所となっているようだ。
「もふもふ☆ぐれいとを倒すのがこの試練の目的なんですね」
「いっちゃん。倒すのではなくて、鎮めればいいのよ?」
「あ、そうでしたね……。ただ、話の流れからすると各地にいるもふもふ☆達を対処しないと、親玉の所へ辿り着けないのでしょう」
北の野原とはどの辺りなのだろうか。
もう少し分かりやすい目印を教えて貰えばよかったなとイツハが思っているその時だった。
「いたわ!」
ミュナの叫び声を聞き、イツハは戦闘態勢を取る。
確かにもふもふ☆はいた。
豊富な体毛で覆われているのだから、もふもふ☆には違いないだろう。
だが――。
「あの、ミュナおばさん?」
ミュナの様子がおかしい。
喜びのあまり狂喜乱舞するかと思いきや、がくりと項垂れている。
「……違うのよ」
「はい?」
「確かにもふもふだけども、私の求めているもふもふは、もっとチャーミングなの!」
ミュナの悲痛な叫びが辺りに鳴り渡る。
イツハは改めて件のもふもふ☆に目線を向ける。
そこにいたのはずんぐりむっくりとした巨大なクマだ。
目つきが凶暴で、何名もの人の命を奪っているという前科があってもおかしくはないだろう。
動物とは思えない殺意を放っており、イツハの足は思わず竦んでしまう。
しかし、配信をしている以上、一番の問題は視聴者の期待を裏切ってはならない。
そうなると、当然逃げることはタブーだ。
「ミュナおばさん! これをハンティングするのが目的です」
「えー」
「ろ、露骨にやる気が削がれている!?」
ミュナがいるならばどんな敵も怖くないというイツハの考えは甘かった。
このやる気のない状態ではとてもでないが、視聴者から好感を得るのは難しいだろう。
「ミュナおばさん、その……」
「いっちゃん、わかっているわ。もふもふ☆ハンターとして、今はあの子を大人しくさせるのが先決ね」
ミュナは気を取り直したように見えるも、その足取りはどこか重い。
「いくわよ~」
そう言いながらも、ミュナはエプロンのポケットからスリッパを取り出す。
一撃で鋼鉄を打ち砕いた、あのスリッパだ。
「ミュナおばさん。手加減はしてあげてくださいね」
「当然よ~」
ミュナがスリッパを構えると、クマが襲い掛かってくる。
その俊敏な動作は驚異的だが、ミュナにとってはいとも容易く回避できる。
ひらりと避けて、反撃のスリッパでちょこんとクマの背を叩いたのだが――。
「あら?」
ミュナは驚きの声を上げる。
クマにはまるでダメージが入っておらず、荒い息を上げながらもミュナを睨み返していた。
「え? これは――」
イツハもまた唖然としながらも、もしやと思ってタブレットを操作してみる。
そして、送られてきたメッセージ――時間的には北の野原へと移動している最中に届いたものだろう。
メッセージには『リードミー』と書かれており、彼は急いでそれに目を通す。
すると、この試練内限定で使用可能なアプリが記されている。
「何々、『もふもふ☆ハンター手引き』だって?」
如何にもなアプリを開いてみると、タブレットの画面いっぱいに動物が沢山現れて踊り始めた。
どうやら、初回ロード時の読み込みなのだろう。
待っている間、可愛い動物で和んでくださいね、ということらしい。
動物達がダンスをしているのを横目で見ていると、ミュナはスリッパでクマの前脚による一撃を防いでいた。
「は、早くしてくれ……」
ようやく読み込みが終わり、試練に関する説明が文章で表示される。
「ミュナおばさん! このもふもふ☆ラッシュなハンティングでは、もふもふ☆への攻撃方法はこの試練内で入手できる物に限られる、とのことです!」
「なるほど~。そうなのね~」
ミュナは笑いながらも、クマの爪による攻撃を受け止めていた。
攻撃は出来ないが防御は可能なようだ。
ただ、スリッパでの防御というのはどんな武術の達人であろうと出来ない技ではあるが。
「何か弱点は……もふもふ☆図鑑だって?」
「何その素敵な図鑑は!?」
「アプリのメニューの一つですが、そのクマの名前は『もふもふ☆クマクマ』らしいですが……」
名前と全体図しか表示されていない。
イツハとしては弱点や生態などを知りたかったのだが、アプリ自体があまりにも単純な造りなのだ。
特に画面端にノイズのようなものがちらついており、見ているだけでも不安になってくる。
「うーん、このままだと
「何か武器になる物が……」
イツハは周囲を見渡すも武器になりそうなものはない。
ホフリの剣にチラリと視線を移すも、効果がない以上使うのは止めておくべきだろう。
「一旦退却しましょ」
「は、はい!」
ミュナが構えようとしたその時だった。
――風を切る音と共に何かがクマへと直撃した。
「え?」
もんどりうって倒れるクマを目にして、イツハの思考が一時停止する。
ミュナもまた驚くも、すぐさまクマへと駆け寄る。
「クマ太郎君!」
いつの間にそんな名前を付けたのやら。
イツハもまたクマ太郎へと近寄るも、ピクリとも動かない。
その毛深い背には矢が深々と突き刺さっていた。
「これは――」
イツハは驚きながらも、矢が飛んできた方向に目をやると――。
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