第二章 もふもふ☆ラッシュなハンティング
第一話 もふもふ☆ハンター
ここが試練の場所なのだろうか。
イツハが息を殺しながらも周囲を探っていると、隣にいたミュナが落ち着いた声でこう述べる。
「うーん、一瞬にしてさっきまでいた場所を試練の場に書き換えたみたいね」
「あ、あの一瞬でですか?」
「そ、凄いわよね~」
確かに凄いという感想しか出てこないのだが、イツハは敢えて気を引き締める。
今なすべきことは、この試練を攻略しないといけないのだから。
前方に目をやると、先程までなかった小屋がある。
如何にも訪れてくださいという場所の出現に、彼の心臓は緊張で高鳴る。
彼がタブレットを覗いてみると、早速こんなメッセージが届いていた。
『配信を開始する場合は、タブレット内の配信アプリを起動してください』
「え? 配信は強制じゃないということですか?」
「苦手な試練ならば、無理してしなくていい訳ね」
しかし、そうなると応援ポイントとやらを得ることは出来ない。
試練の攻略を急がないといけない事態もあるのだろうか。
「しかし、どういった試練なんだろうか……」
イツハがタブレットを見てみると、そこには『もふもふ☆ラッシュなハンティング』と表示されていた。
一体、何のことかと思ったが、深く考える必要もない。
「こ、これが試練の名称?」
「もふもふ☆ラッシュですって!?」
ミュナの驚く様子を目にして、稲妻のような緊張がイツハの全身を駆け巡る。
「ミュナおばさん。何か心当たりが――」
「可愛いもふもふがいるのね!」
「え!? いや、それはそうかもしれませんが……」
「
目を輝かせているミュナを見ていると、イツハは否応なく不安に駆られる。
「配信の方も頑張らないといけないですね」
「そうだったわ~。で、配信はどうやってスタートするのかしら?」
「えっと、アプリを起動してみますね」
タブレットのホーム画面を見てみると、配信アプリ『青春輝きダイアリー』というものがあった。
一々名前にツッコミを入れるのは野暮だろう。
イツハがアプリを起動させるも、画面に大きな変化はない。
どうやって配信をするのだろうか。
もしかして、自分がこのタブレットを手にしてミュナを撮影するのかと彼が考えているその時だった。
「あんな感じで撮影してくれているみたいね~」
「え?」
見てみると小人が空を飛んでいる。
小人が手にしているのはレンズの付いた機械――カメラに違いない。
ガンマイクも付いており、音声もしっかりと拾えているようだ。
背中には翼が生えているのだが、天使にしてはどこか違和感がある。
イツハがとっさにミュナへ尋ねてみる。
「あ、あれは?」
「天使よ」
「え? それにしては小さくないですか?」
「うーんと、後期型の準天使かしらね」
「後期型……?」
天使のライトムと比べると背丈が半分もなく、顔には仮面を被っているせいで表情はわからない。
よく見ると準天使は三体おり、それぞれがカメラを持って様々なアングルでミュナとイツハを撮影している。
「説明はあとにしましょ。配信が始まったのだから」
「あ」
イツハがどうすればいいか迷っていると、ミュナはカメラに向かって元気よく手を振る。
「皆さ~ん! 初めまして~! 私はミュナ! 私のことはミュナおばさんって呼んでちょうだいね~♪」
にこやかにミュナが挨拶をすると、どこからともなく喜びの声が聞こえてくる。
その音はタブレットから流れており、どうやら視聴者の反応のようだ。
そもそも、これは誰に対しての配信なのだろうか。
そう考えていると、ミュナが小声で告げてくる。
「いっちゃん。笑顔よ、笑顔」
「でも、この配信は誰に対して見せているのか……」
「え? 配信って誰が見てもいいんじゃないのかしら?」
「あ、そ、そうですよね」
「だからね、とびっきりの笑顔を見せてあげましょ」
ミュナに促され、イツハは準天使達の手にしているカメラに向かって手を振る。
「み、皆さん。イツハと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
イツハが挨拶をすると小さいが反応が聞こえてくる。
「は~い! 最初の試練は『もふもふ☆ラッシュなハンティング』ということで、私とこちらのいっちゃんで頑張っていこうと思います! さあ、行きましょう!」
「え、あ、はい!」
ミュナが目を輝かせて、小屋へ向かって走っていく。
よほど、もふもふが気になるのだろう。
改めて小屋を見てみるとあばら家と言っていいほどの荒れようで、雨風の強い日はどうやって凌いでいるのだろうかと心配になるぐらいだ。
イツハも慌てて追いかけ、ミュナと一緒に小屋へと足を踏み入れる。
すると、小屋の中には一人の男がいた。
「人間そっくりに見えるでしょう? でも、あれは神魂術で作り上げたもの。シアトゥマ風に言うと演者かしらね」
「演者……」
げっそりとやせ細った顔には生気がなく、椅子に座っているだけで精一杯といった様子だ。
だが、イツハからしたらどう見ても生きている人間にしか見えない。
「そうか……」
イツハは気づく。
ここは戯場と審判の神シアトゥマの舞台の上なのだ。
演者を用意することなぞ朝飯前なのだろう。
男はイツハ達に気が付くと、ゆっくりと首を向けてくる。
そして、疲れ切った声色でこう尋ねて来た。
「もしや、あなた方が、もふもふ☆ハンターさんですかな?」
イツハは返答に詰まる。
もふもふだけならばともかく、『☆』を強調する意味が彼にはわからなかったからだ。
「何その素敵な職業は!? 詳細を教えてちょうだい!」
そして、ミュナのこの食いつきである。
この様子もガッツリ配信されているのだろうか。
見回してみると、準天使達が壁をすり抜けてカメラを構えている。
優秀なのだなと思いながらも、イツハは黙って様子を伺うことにした。
「今、この大地はもふもふ☆達により絶体絶命の危機へと追いやられております。田畑は荒らされ、洗濯物には毛玉が付き、週に一度襲来するもふもふ☆タイフーンにより人々は生きる希望を失っている有様です」
「くっ! いくらもふもふ☆でもやっていいことと悪いことがあるわね!」
「太古より、もふもふ☆を打ち払うもふもふ☆ハンターが彼方より来るとの予言が――」
「えぇ!? 私達がもふもふ☆ハンターだったなんて!?」
ミュナは驚きながらもやはり嬉しそうなリアクションをしている。
配信を見ている側からしても、こういった反応で喜ぶ層もいるに違いない。
そして、問題はイツハもこのリアクションに合わせないとならないことだ。
「知らなかった!? 僕達があの、もふもふ☆ハンターだったなんて!?」
「そうよね! で、私達はどうすればいいのかしら!?」
「どうか親玉のもふもふ☆ぐれいとを鎮めていただきたいのです! ただ、その前に各地で暴れているもふもふ☆も何とかしていただければ助かります!」
「わかったわ! それでもふもふ☆はどこにいるのかしら?」
「一番近くにいるのは北の野原です。ただ、恐ろしく凶暴なため、お気を付けください」
「任せなさい! いっちゃん、行くわよ!」
叫びながらもミュナは小屋を飛び出てしまう。
「だ、大丈夫かな……」
イツハは呟きながらも、不安に思う。
視聴者もこのドタバタを楽しんでくれているのだろうか。
そして、喜劇のど真ん中に放り込まれた素人俳優の心境とはまさにこんなものなのだろう。
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