第五話 試練へと続く道

 開始の合図と聞いてイツハは号砲か、それとももっと神秘的な方法かと期待する。

 もしかすると、オーロラでも呼び出すのだろうか。

 彼のそんな期待は呆気なく裏切られる結果となった。


「な、なんです?」

「顔ね。誰だったかしら?」


 白一色の味気ない空にそれはあった。

 青白い光がぼんやりと浮かんでおり、その輪郭から誰かの顔を表したいのは何となく理解できる。

 ただ、光の軌跡があまりにも歪んでおり、目と顔や鼻がぐにゃぐにゃで判別するのはかなり難しいだろう。


「もしかすると、シアトゥマの顔かも」

「えっと、戯場と審判の神でしたっけ?」

「おちゃらけているのよね。目立ちたがり屋だし」

「そ、そうなのですか」


 それにしても、もう少し分かりやすい合図にしてくれてもいいのではないだろうか。

 すると、どこからか翼を羽ばたかせる音が聞こえて来た。

 イツハが空を見上げると、そこには見覚えのある天使の姿があった。


「ライトム。どうしたのかしら?」

「儀式が始まりましたので、私めが試練の場所まで私めがご案内をいたします」

「助かるわ~」


 ライトムに案内される形で、ミュナとイツハは先へと進む。

 青い砂が広がる大地を踏みしめ、目指すは始まりへと続く終着点の中央にある祭壇――。

 ライトムが目指しているのは前方にある山のようで、その頂上はほのかな光を放っていることにイツハは気が付いた。

「飛んでいくのはダメよね?」


「はい。移動速度は制限されておりますし、飛行やその他のショートカット自体が禁止となっております」

「戦っている時の跳躍もダメかしら?」

「それは問題ありません」

「それならばいいのよ~。ちなみにズルをしようとするとどうなるのかしら?」

「そうですね……。あんな感じになります」

「ん?」


 気になる言い方だ。

 まるでちょうどいい前例があるかのように。

 もしやと思い、イツハがライトムの示した方へと目線を向ける。


「あ、あれか」


 イツハから大分離れた場所にそれはあった。

 それは上半身から青い砂に埋もれ、下半身をばたつかせていた。

 その傍らには何とかして掘り出そうとしている大男の姿とワタワタしている天使の姿もあった。


「助けてあげたいけれども、真剣な勝負だものね」

「は、はい」


 やはり、誰もが可能な限り楽をしたいものだろう。

 だが、真剣勝負の場でそんなことが許されるはずもない。

 イツハは早足になりながらもそう考える。


「ここから先に試練があります。では、今回の案内はここまでとなります」

「ありがとうね」


 空へと去っていくライトムを見送りながらも、イツハは前方を見据える。


「あれは、森……?」


 密集した木々が行く手を遮っているのならば、それは森と呼んでしまって差し支えないだろう。

 だが、木を注視してみると本物の木ではないようだ。

 錆色の支柱はオブジェのようにも見え、そして葉の代わりに生えていたのは――。


「写真?」


 風景や人物を写したもの、はたまたペットらしき動物のようなものもあった。

 そのどれもがセピア色にくすんでおり、過去の思い出が静かに揺れている。


「とても綺麗だけれども、寂しいわね」

「これはもしかすると、ガラクタなんですか?」


 イツハは自分で口にしながらも不思議で仕方なかった。

 明らかに人工物だというのに、それらが普通の植物のごとく地面に自然と生えていたからだ。


「ええ。自然現象のようなものよ」

「こ、これが自然現象ですか?」

「ここは始まりへと続く終着点。過去の遺産が昔を惜しんでいるのよ……」


 イツハは思い出してしまう。

 そろそろ世界の全てが終わってしまうということに。

 そう思うと、彼はこう聞かざるを得なかった。


「ミュナおばさん。自分も、消えてなくなってしまうのでしょうか?」

「いっちゃん。怖がらないで聞いてちょうだい」


 ミュナは微笑む。

 優しく、そして暖かい笑みだ。

 暗闇を怖がる子どもを励ますような、そんな慈愛に満ちた笑みだった。

 ミュナは手を伸ばし、イツハの頭を撫でる。


「長い長い長い夜が来るだけ。そして、目を覚ましたら新しい朝が来るの」

「は、はい」

「生命は生まれ変わり、そして新しい自分となるのよ。だからね、怖がらないで」

「ミュナおばさん……」


 ミュナは優しく諭すように語る。

 誰しもが死を恐れる。

 神から直々に答えを聞けただけでも、自分は幸せ者なのではないだろうか。


「ありがとうございます」


 イツハはミュナに対して頭を下げてから改めて現況を確認する。

 終着点の中心へ向かうにはこの森を突破しないとならないようだ。


「先程のムカデのガラクタのように、突如襲ってくることはあるのでしょうか?」

「うーん、暴れん坊なガラクタは滅多にいないのだけれども、気を付ける必要はあるわね」

「では、自分が先導を――」

「ふふん。おばさんに任せなさい」

「あ、はい」


 ミュナが先導する形で奇妙な森を進んでいく。

 四方八方から誰かに見られている感覚に惑わされながらも、イツハはミュナから離れないよう足を動かす。

 ミュナの足取りは軽い。

 イツハが重めのしっかりとしたブーツを履いている一方、ミュナが履いているのはサンダルだった。

 足の甲をしっかりと守りながらも、動きやすいデザインのものとなっている。

 戦いの際に使ったスリッパ同様にどんな激しい運動をしようが破損はしないのだろう。

 イツハには何故かそんな確信があった。


「あら?」


 ミュナが声を上げたため、イツハは反射的に身構える。

 何かあったに違いない。

 彼がミュナの様子を伺っていると――。


「見て、霧が出て来たわ」

「あ、いつの間に?」


 イツハは前方から真っ白な霧が現れたことに気が付いた。

 山火事でも起きたのかと思ったが、何かが燃えたような臭いはない。

 急に現れただけでなく、音もなくまるで忍び寄るかのように迫ってくる様子は違和感しかない。


「に、逃げますか?」

「うーん、手遅れみたいね」

「え」


 あっさりと諦めたミュナにイツハは驚きを隠せなかった。

 彼が背後を見てみると、その理由もよくよく理解できた。

 既に、彼らは霧に囲まれていたのだ。


「うわっ――!?」


 イツハはなすすべもなく霧に飲み込まれる。

 何もかもが白一色へと染まっていく。

 一体、何が起きるのか。

 彼が目を開いた時、彼は真っ先に違和感を覚えた。

 先程の写真の木々はあるのだが、その本数が明らかに減っている。

 ふと、彼のポケットに入れていたタブレットから音が聞こえる。

 とっさに見てみると、タブレットにはこんな通知が届いていた。


『試練の場に入りました』


 そうか、ここからが本番か――。


 イツハはホフリの剣の柄を握り締め、己に降りかかってくるであろう火の粉という名の運命に立ち向かうことにした――。


 第一章 完

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