第四話 天使は告げる

 イツハ達の前に現れたのは腰まで伸びた茶色の髪が特徴の天使だった。

 顔つきが中性的なため、性別が判断できない。

 いや、そもそも性別という概念があるのかどうか。

 その背に生えている天使の象徴とも呼べる純白の翼を見ながらもイツハは自問自答した。


「お初にお目にかかります。天使のライトムと申します」

「よろしくね」

「ミュナ様。その白髪の青年をパートナーとしてお選びになる、ということでよろしいでしょうか」

「そ、名前はイツハこといっちゃん。とてもいい子なのよ~」

「かしこまりました。では、こちらをお渡しいたしましょう」


 ライトムは肩から下げたバッグから二枚の板状の電子機器を取り出し、イツハとミュナへと手渡す。


「えっと、これはタブレットという機械かしら?」

「おっしゃる通りです」

「壊れないわよね?」

「簡単には壊れないよう、多くの神々が苦心の末製作された代物でございます」

「それなら安心だわ~」


 ミュナはニコニコと笑顔を浮かべるも、何かに気づいたらしく急激にその表情が強張った。


「ど、どうされましたか?」

「おばさん、機械に疎くて。いっちゃんはわかるかしら?」

「え、はい」


 イツハは渡されたタブレットを調べてみる。

 電源ボタンらしきものを押すと、真っ暗だった画面がパッと明るくなった。


「流石ね~♪」

「い、いえ……」


 イツハもどうして操作が出来たのかわからなかった。

 少なくとも電子機器には触れた記憶はないのだが、うろ覚えだが何となく使い方がわかる。

 果たして、過去の自分とはどんな存在だったのか。

 イツハが白一色の画面を眺めているその時だった。


「では、これにて二十一組の参加者が全員揃いましたので、暫しお待ちください」

「ええ、わかったわ」

「準備が終わりましたら、神命新天の儀の詳細をタブレットにてお伝えします」

「了解よ~」


 ライトムは事務的にそう述べてから、一礼と共に空へと舞い上がる。

 イツハはあっという間に空へと吸い込まれるようにして消えていく天使の姿を見送りながらも、どこか慌ただしい様子が気掛かりだった。


「今回初めて行う方式だから、天使達は準備やアクシデントに備えているみたいね」

「なるほど……」


 イツハは考える。

 本当に平和的な対決なのか。

 いずれにせよ、参加者が揃うまで待つしかないだろう。


「ところで、ミュナおばさん。おばさんは、その、どんな神様なのですか?」


 イツハの質問に対し、ミュナはキョトンとした顔をする。


「どんなって言われても……」

「例えば、どんな力を持っているのですか?」

「力ね~。神には神権しんげんというものがあるのよ」

「神権?」


 聞いたこともない単語に、イツハは首を傾げる。


「そ、異法神達は神権を二つ持っていて、例えば雷鳴と暴風の神権を持つ神は、悪天候をもたらすといった感じかしら」

「悪天候を、ですか?」


 その話を聞き、イツハは身を強張らせる。

 悪天候をもたらすといっても、その規模はどの程度のものなのか。

 もしや、惑星を丸ごと一つ壊滅させるぐらいは容易いことなのではないだろうか。

 あのミュナの物理法則など全く気にすることもなかった蛮行を見てしまったあととなると、彼はそう思わざるを得なかった。


「では、ミュナおばさんはどんな神権を――」


 イツハはさりげなく聞こうとした。

 この話の流れならば、聞いても失礼に当たらない。

 彼は少なくともそう思っていた。


「なあに?」


 ミュナはにこりと笑い、聞き返してくる。

 ただ、それだけの動作だ。

 もう一度聞けばいい。

 だが、イツハの口は上手く動かなかった。


 ――この威圧感は何だ?


 ニコニコとほほ笑むミュナは何も言わない。


 だが、イツハは不思議な恐怖に襲われていた。

 心臓を直に鷲掴みにされ、脳の前頭葉ぜんとうようをも食い破らんとする感覚に彼は震える他なかった。


 ――本当に、知りたいの?


 誰かがイツハの耳元で囁いて来る。

 それは危険を知らせる警鐘か、それとも自身の内なる声か。


「い、いえ、何でもありません」

「え? そう?」


 イツハは小さく息を乱していると、タブレットが震え出す。


「ん?」


 画面を見てみると、メッセージが届いており『参加者が揃いました』という一文が表示された。


「あ、こんな感じで教えてくれるのね~」


 キャッキャッとミュナは喜んでいる。

 それは電子機器を生まれて初めて与えられた子どものようだ。

 ミュナの隣で、イツハは画面をじっと見つめる。

 すると『神命新天の儀の説明につきまして』というテロップが流れた後に、二人の天使が画面に表示された。

 二人とも椅子に座っており、ちょこんと座っていればまるで人形のように可愛らしいのだが、目線がふらつき、手や足を忙しそうに震わせている。

 ソワソワとしたその様子は、目にする者を自然と不安の渦中へと引きずり込む。

 可能であれば気のせいであってくれという視聴者の意志を逆なでするかのように、こともあろうにこんなことを言いだしてしまうのだ。


『えっと、オーヴィ? これ始まっているんだよね』


 赤い髪の天使が隣にいた青い髪の天使に話しかける。


『そうだよ、ウィル』

『ちょ、ちょっと、もう本番なの!? 心の準備が――』


 どうやらこれが説明の動画らしいのだが、思った以上にグダグダなようだ。

 というよりも、生放送の時点で嫌な予感がさらに加速していく。


『ええと、それでは、皆様方。参加者が揃ったようなので、今回の神命新天の儀についての詳細を説明いたします』

『いたします~』


 ウィルがカンペを読み上げる一方で、オーヴィは呑気にオウム返しをするだけだ。

 苛立たしいのか、ウィルは自身の背中に生えた赤い翼をばたつかせている。


『さて、皆様もご存じの通り世界が終わりかけ、今まさに新しい世界が始まろうとしています。いつもならば、新世界の方針が、まあ、皆様ご存知の堅苦しい儀式が執り行われるのですが……』

『堅苦しいよね!』

『今回は平和的に! ということで決定したのが――』


 沈黙が流れる。

 他のコンビもじっと耳を傾けているのだろう。

 しかし、ウィルは何も言わない。

 いや、言えなかったのだろう。

 彼はカメラに向かって目配せをするも何の反応がない。

 ウィルがわざとらしく足踏みをすると、ようやくドラムロールが流れ出した。


『発表します! その方法は――!』

『配信対決で~す』


 オーヴィの発言に、ウィルが唖然とした顔をする。


 ――え、お前が言うの? 言っちゃうの?


 眼輪筋がんりんきんをヒクヒクと痙攣させているウィルの心情が見て取れる。


「配信? いっちゃん、わかる?」

「な、なんとなくですが……」


 イツハには全く想像が出来ない。

 彼は仕方なく天使達の話す様子を見届けることにした。


『ルールは簡単! 始まりへ続く終着点の頂上にある祭壇に一番に辿り着いたコンビが勝利者となります!』

『配信関係なくない?』


 オーヴィは自身の青い翼を撫でながら呟くと、ウィルはチッチッと指を振る。


『関係ありますとも! 頂上へ向かうまでの道中には様々な試練があります!』

『試練?』

『はい! 試練といっても過酷なものではなく、見ている方が楽しめるものです!』

『楽しい試練ってあるものなの?』

『細かいことはともかく! 今回は戯場ぎじょうと審判の神であるシアトゥマ様のお力で、試練が終着点のあちこちにあります!』

『試練は参加しないとダメ?』

 視聴している皆の意見をくみ取ったようなオーヴィの言葉に、ウィルは当然といった感じで大きく頷いた。

『そうなんです! 皆様が試練で頑張っている姿を配信します。そして視聴者の応援の声がポイントとして溜まります』

『そのポイントがないと先へと進めないの?』

『そう! 単純な力だけの勝負じゃないんです! 視聴者を意識して、楽しく試練を攻略してください!』


 ウィルの解説を聞き、イツハはなるほどな、と感心してしまう。

 神と残されし者が力を合わせて、盛り上げる必要が出てくるということか。


『ちなみに、試練では他の参加者と一緒になることがありますよ~。その時は最初に試練を攻略したコンビが他の参加者よりも先の地点へと進めます!』

『え? 神々にも力の差はあるよね。それって力の強い神が圧倒的に有利じゃない?』

『その点もご安心を! まずは、事前にもお伝えしているかと思いますが、神々の皆様は相方である残されし者をカミツキ及び駒に出来ません!』


 聞いたこともない単語が出て来た。

 イツハはとっさにミュナへと視線を送る。。


「カミツキというのは、神の力の一部を行使できる者のことよ」

「そんなことが出来るんですか。では、駒というのは何なんですか?」


 すると、ミュナは困った顔をする。


「簡単に言ってしまうと、同じように神の力の一部を使えるのだけれども、神に逆らえなくなってしまうの。神側にもデメリットはあるけれども、文字通りの駒となってしまうのよね」

「それはなんとも……」

 いずれにせよ残されし者は、神の力で楽を出来ないのだなとイツハは解釈した。

『あとは開始前に力量りきりょうの差を埋めるべく、強者の神々には事前にハンディキャップの了承をいただきました!』

「ハンディキャップ?」


 一体、どんな方法で行っているのだろうか。

 イツハが不思議に思っていると、ミュナが手招きしてくる。


「これのことよ~」

「これって――」


 イツハがミュナの方を振り向くと、ミュナはドレスの裾を少しまくり上げていた。

 一体何をと思っていると、ミュナの右足首にアンクレットが付けられている。

 アクセサリーにしてはどこか武骨で、囚人の足枷のようにも見えて――。


「ミュナおばさん! それ、足首に食い込んでいませんか!?」

「ええ。こう見てもかなりキツイ神魂術しんごんじゅつが施されているのよね」


 奇妙な単語を耳にして、イツハは思わず聞き返す。


「し、しんごんじゅつ?」

「そ、神の使う力のことよ」


 恐らく、ミュナが重機を呼び出した時に使った術なのだろう。

 イツハが思い返してみると、直接呼び出したのではなく、空中から粒子状の物質を呼び出してそれを固めたような印象があった。


「そして、このアンクレットは五柱の神々による合作ね」

「五名がかりで力を封じ込めているということですか?」

「そうなのよ~。ほんと、参っちゃうわ~」


 イツハの脳裏に重機をぶん投げたミュナの姿がありありと蘇る。

 あれで力が抑えられている状態ということなのか。

 彼が心の奥底から這い寄ってくる恐怖から逃れるべく、タブレットの画面へと目を移すと――。


『来い! オーヴィ! 今日こそその鼻っ柱をへし折ってやる!』

『へいへい、負け犬の遠吠えは聞き飽きたっての』


 天使の二人が向かい合っている。

 翼を大きく広げ、そこから高熱を放っているのか周囲の大気が歪んでいた。


「え?」

「喧嘩が始まっちゃったみたいね」

「おいおい……」


 見ていないうちに何が起こったのか。

 それともまだ解説すべきことがあるんじゃないか。

 皆がそう思っているだろう最中、ウィルの拳がオーヴィの左頬に直撃し、オーヴィのローキックがウィルの右足を薙ぐ。


「あらあら」


 暫くすると、『お待ちください』と書かれたメッセージが画面に表示される。

 イツハは唖然とし、辟易へきえきとしながらもミュナへと尋ねた。


「大丈夫、なんですかね?」

「大丈夫よ。トラブルとハプニングはあって当然なの」

「そんなものですか?」

「そ、どんなことがあっても重要なことはね、自分自身を見失わないことなの」

「なるほど……」

「もっと重要なのはね、いっちゃんは新しい世界に何を望むのかってことね」

「自分が、ですか?」 


 自分の意志が新しい世界に反映される――。


 これ以上名誉なことはないだろう。

 だが、イツハはたどたどしくこう答える。


「すみません。そもそも、自分が誰か分からない以上、今のところ何を望んでいいか……」

「そうよね……。いっちゃんの記憶が戻ればいいのだけれども」

「もし、戻らなくても、何か掴めるかもしれません」

「それならいいのだけれども」


 果たして、記憶を取り戻す手がかりは見つかるのだろうか。

 イツハは不安を感じていると、彼の手にしていたタブレットが振動する。

 画面を覗き込むとメッセージが届いていた。


「何々、『神命新天の儀執行委員会より』ですか?」


 メッセージを読んでみると、『神命新天の儀の詳細は添付した文書ファイルのマニュアルを見て下さい』とのことだった。

 二人の天使の説明を聞き逃してしまった方へのマニュアルなのだろうか。

 イツハがマニュアルを開いてみると、長々とした文書が画面一杯に表示される。


「うっ、多いな」


 幸いにも文字は読めるのだが、悠長に読んでいる時間はあるのだろうか。

 ふと、イツハはマニュアルの目次の下に書かれている文面に気が付く。


『分からないことがあったら、メッセージ機能で神命新天の儀実行委員会までお問い合わせください』


 いざとなったらそうしよう。

 恐らくは、他の神々もそうするに違いない。

 イツハがそう考えている時だった。


「いっちゃん。これって、どう動かすのかしら?」

「あ、すみません」


 ミュナに呼ばれて、タブレットの操作を教える。


「基本的に指で触って動かして、気になる所は指で押せば動きます」

「なるほど~」


 ミュナは楽しそうにタブレットを動かし始める。

 無邪気な様子は微笑ましく、本当に高次元の存在なのか分からなくなってくる。


「へー、空に儀式の開始の合図を出すって」

「え、どこにそんな情報が?」

「メッセージよ?」

「え?」


 イツハが先程送られてきたメッセージを再度確認する。

 メッセージについては、タブレットに標準搭載されているメッセージアプリで送受信を行っているようだ。

 下にスライドさせると続きがあったらしく、ミュナの言った通りだった。


「どんな合図なのだろう?」

「あ! あれかも」


 ミュナの指さした方を見ると、そこには――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る