第三話 ホフリの剣
イツハの元へと戻って来たミュナは開口一番にこう尋ねる。
「いっちゃん。怪我はないかしら?」
「え!? いえ、自分は大丈夫です」
「ならよかったわ~」
イツハとしてはミュナが怪我をしているに違いないと思っていたが、その手をチラリと見てみるも傷一つ負っていない。
今起きたすべては幻だったのだろうか。
それが一番の答えのような気がしたが、ミュナは確かに彼の目の前に存在している。
「ちょっと派手にしすぎちゃったわね……」
「え、あ、はい」
ミュナは張り切りすぎてしまった、というような表情をしている。
そもそも、葬儀というよりも処刑ではないでしょうか?
とてもではないがイツハにそんな感想を口に出来なかった。
「あの、どうして重機で攻撃を?」
「う~ん、格好よく、決めてみようかなって……。何をぶん投げるのが正解だったのかしら?」
困ったような顔をされても、イツハとしても周囲に劇的な被害を生じさせる手ごろな
例え心当たりがあったとしても、どうやって手軽にポンと出現させればよいのやら。
「そ、そ、そうでしたか……。ところで――」
「ところで?」
ミュナに聞かれて、イツハは迷った。
何しろ聞きたいことがあまりにも多すぎたからだ。
とりあえず、一番聞いておかなければならないことを先に尋ねることにした。
「自分に頼みたいこととは、何なのでしょうか?」
「そうそう! いっちゃんに頼みたいことがあるのよ!」
ミュナは笑う。
先程まで悩んでいるのが
「さっきも言ったけれども、世界の全てがそろそろ終わってしまうのよ」
「世界が、その、終わってしまうんですか? じゃあ、自分は――」
イツハは戸惑いながらも口を動かすと、ミュナは困った顔でこう答える。
「ご、ごめんなさいね……。でも、安心してちょうだい。また、新たな世界をこれから作る予定なの。ただ――」
「ただ?」
「これから行われる儀式――
「神命新天の儀――?」
神命という単語を耳にして、イツハはもしや、と思った。
「しんめい……。もしかして、ミュナおばさんも神様だったりするんですか?」
「そうよ~。生命とは異なる法則が適用されている神ということで、
イツハはやはりかと思ってみるも、神でもなければあんな無茶苦茶な戦い――正しく言うならば一方的な
「安心しちゃってどうしたの?」
「な、何でもないです。自分はその儀式の手伝いをすればいいのでしょうか?」
「そうなのよ~。参加条件は神と生命体――儀式の中では残されし者という名称になるそうね」
「残されし者……」
「それで、私と共に頑張ってくれる相手が来てくれるということであの場所で待っていたのよ」
ミュナはじっとイツハを見つめる。
強制はしていないのだろう。
もし、イツハが首を横に振ったからといっても怒ることはない。
ただ、彼は頷く代わりにこう答える。
「ミュナおばさんは、自分のことについて何か知っていますか?」
「いえ、悪いのだけれども、いっちゃんについては何もわからないのよ」
「そうでしたか……」
イツハはがくりと項垂れる。
『イツハ』という名前も自身の本当の名前かどうかすらわからない。
では、自分は何者なのか?
彼が脳天にのしかかる悩みと恐怖に身を震わせているその時だった。
「ん?」
足元に何かが転がっている。
どうやら、先程ミュナが吹き飛ばしたガラクタの一部のようだ。
あの巨体を動かしていた油圧ポンプらしい部品なのだが、人間の内臓のようにも見える。
今にも動き出しそうな、そんな不気味さすらあった。
「いっちゃん!」
ミュナの言葉に、イツハは正気に戻る。
何と部品の一部が突如として彼へと飛びかかる。
高速で顔面へと突撃しようとしたのか。
いずれにせよ、彼の身体は勝手に動いていた。
「あれ?」
イツハ自身、何をしたのかよくわからなかった。
ただ、腰に差していた剣を抜きつつも、瞬時に部品を叩き切っていた。
「いっちゃん、凄いわね~」
「え、あ、ありがとうございます」
イツハは剣を鞘へと納めようとしたその時だった――。
「ホフリの剣……」
イツハの脳裏に何かが走った。
閃光のように速く、それに釣られるかのように彼は口走っていた。
「どうしたの?」
「――思い出した。これは、この剣は、ホフリの剣という名前なんです!」
イツハは興奮した声を上げる。
確たる自信のある自分だけの記憶が蘇ったからだ。
「ホフリ、ね。それで、その他には何か思い出せたのかしら?」
「い、いえ……」
どうして名前だけを思い出せたのだろうか。
見た所、何の変哲もない両刃の剣だ。
ただ、切れ味は鋭く、そしてズシリと重い割には手にすっと馴染む。
「あの、ミュナおばさん。是非ともお手伝いさせて貰っていいでしょうか?」
「いいの? とっても助かるわ~♪」
もしかしたら、ミュナおばさんについていけば何か思い出せるかもしれない。
イツハはそんなことを考えながらも、深々と頭を下げた。
「ところで、神命新天の儀とは一体どんな儀式なのでしょうか?」
イツハの問いに対し、ミュナは遠い目をする。
何か辛い記憶があったのだろうか。
ややあってから、ミュナは話し出す。
「元々はね、終わってしまった世界を作り直すべく神々の意志によって執り行われていた儀式なのよ」
淡々とミュナは語る。
悲しい感情を押し隠そうとしているのがイツハにも理解できた。
「今回はね、新しい世界は神々と生命体が分かり合える関係にしよう! という方針に決まったのだけれども……」
ミュナが複雑そうな顔をする。
――どうして、こうなってしまったのかしらね?
その憂いを帯びた美しい顔からはそんな感情が露わになっていた。
「神と生命体が手を取り合うことなんて中々なかったから、両者が仲良く協力なんて出来るのかどうかが問題になったのよ」
「えっと、失礼ですが、神は生命体ではないのですか?」
イツハの素朴な疑問に対して、ミュナは大きく頷いた。
「ええ。異法神は生命とは別種の高次元存在なの。老いや飢えとは無縁で、そもそも死なないのよね。よく勘違いされるのだけれども、性別や生殖機能もないのよ」
「な、なるほど……」
イツハはミュナを改めて見てみる。
どこをどう見ても生きている人間に違いないのだが、それも神の為せる御業なのだろうか。
「話し合いは難航したわ。いっそのこと神と生命体がそれぞれコンビを組んで、皆で競わせて優勝したコンビの意志を尊重しては? という意見が出て、それに決まってしまったの」
「それはつまり、他のコンビと戦うということですか?」
イツハの手は自然と剣の柄を握る。
このホフリの剣があるのならば、何とかなるかもしれない――。
根拠はないのだが、そんな自信が彼にはあった。
「なるべく直接的な戦闘にならないよう考慮するそうよ」
「では、どういった対決になるのですか?」
「全員揃ってからみたいね。ともかく、私がいっちゃんと組むことを伝えるわね」
すると、ミュナが上空に向かって手を振る。
誰かを呼んでいるのだろうか。
暫くすると、何かが空から降りてくる。
「あれは?」
「天使よ」
天使とはどんな存在なのだろうか。
イツハが身構えていると、その人影は軽やかな動作で地面へと着地した。
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