第11話 カレーライスとしめじ
もう、食事は作れなかった。息子を思い出す買い物も調理もできなくなっていた。息子は食べることに特有のこだわりがあり、引きこもる前はスーパーで一緒に買い物をした。彼は素早い判断でカートの中に食材を入れ込んだ。平日、食事が定刻に出ることはない。自ら率先して作らないと空腹は満たされなかった。チーズと鶏肉とじゃがいも。この三つが定番の材料だった。好物は唐揚げとオムライス。失踪する前日に自分で作った最後のメニューはカレーライスだった。解剖学教室から刑事が電話してきた。胃の中からカレーと一緒にしめじも出たが誰がいつ食べさせたのか。しめじは息子が退院した日にバター炒めしたのがフライパンに残っていたものだ。それ以来カレーもしめじも1年以上食べることができなかった。
息子が失踪した朝、ふと気がつくとリフォームした新しいキッチンに息子が立って此方を見ていた。何か言いたげである。おはようと声をかけて何か対応しなければと思ったがベットから起き上がれなかった。15分後には家の近くの警察署から電話が来た。息子さんが性的な悪戯をしたので逮捕してくれと言って来ています。罪業妄想だ。まず抗精神病薬を用意した。食後に飲むと拒薬された時のために白飯をひと口大にラップに包んでどちらもポケットに入れた。夫を起こして署に到着すると何度となく見た光景だが、息子が警察官数名に囲まれて不安そうに立っていた。近づくと直ぐに帰ろうとするのでちょっと待ってと長椅子に座らせた。ゴム手袋のように柔な手のひらに昼の分の錠剤をのせると素直に飲み込んだ。ペットボトルのお茶を飲ませて口の中を見せてというと幼児のように大きく開けてベロの下まで見せた。警官が見ている事が大事だと認識していた。実際、自死後薬を飲んでないのではと医療が言い出した。しかし、退院直後は本人も服薬の必要性を理解している。寝たきりの生活が繰り返され、副作用からの脱却と人間性の回復を願って拒薬に逆戻りしていたに過ぎない。働きたい。それが叶わないならせめて家族の役に立ちたい。自分を取り戻したいという切実な願いだった。
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