第6話 ルナと息子の背中

 思春期になって息子の様子がおかしくなった。23時頃になると決まって家を出て行く。問いただすと散歩だという。ある晩、後をつけると人気のない工業団地の茂みの中で捨て猫に餌をやっていた。無口な息子が珍しく主張した言葉をずっと反芻していた。家にいると五月蝿いけどいないと寂しいから帰ってきて。50歳を目前に再就職し、県を縦断して遠距離通勤することになった。遠いので断ると言ったが夫は子どもは自分がみるから働けと言った。毎日、20時過ぎに帰路に着くとコンビニの駐車場で数時間寝てしまう事があった。効率が悪いのでアパートを借りて週末しか帰って来なくなっていた。真っ暗な中、孤独な命と向き合っている息子の姿を目の当たりにして涙が止まらなくなり、フェンスに突っ伏して嗚咽した。息子は不思議そうに虚に立っていた。

 ある日息子は生まれて数ヶ月の子猫を連れ帰った。叱られると思ったのか勝手についてきたと言う。息子が病んでいるとわかってから機会をとらえてもう一度きいてみた。なぜ連れ帰ったか他の子猫はどうしたのかと。息子は死にそうだったからとだけ答えた。おそらく息子が毎晩与えていたドライフードを食べて生き延びたのだろう。家猫になった後もウエットなものは今だに食べない。子猫は息子以外の誰か家族によってルナと命名された。ルナは以前買っていたウサギの名である。何度もウッドデッキの下から地面を掘って脱走し、隣の畑に侵入しては虫取り網で捕獲され床下に戻された。ある日うさぎは忽然と本当にいなくなった。近所の住民は事情を知っていたのかもしれないが何も言わない。家族も畑の所有者に捕獲されたことを考えて詮索しなかった。ウサギの写真は長くリビングの壁にピンで止めてあった。今、思うと保健所に問い合わせれば行方がわかったかもしれない。本当はどうしてしまったのだろうと写真を見てふと思う。ウサギの名をつけられた子猫は息子のベットで小さく丸くなっていた。見ると息子が大きな背中をこちらに向けて、寝返りをうてば仔猫が潰されそうだった。危険を察しているのか、病気のせいなのか息子の背中はその頃から常に固く緊張していた。

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