第7話 去るものたち

 闇の中で物音に目覚める。固い床を感じながら寝袋の中で目を凝らす。2階の窓外は鍼灸院の防犯用の外灯が反射して薄明るい。隣のパチンコ屋の円柱のオブジェが巨人のように仁王立ちしていた。カサカサと小さな生き物が換気扇の通風孔の中で羽音を立てている。後で親鳥が餌を運んで網戸に張り付いているのを撮影し、調べるとヒヨドリであることがわかった。週末の制作中に親はひっきりなしに往復し、その度に雛は餌を争って鳴いていた。夜はくたびれた親鳥と眠りにつき、時折夢でも見るのか寝返りをうつ。この静まり返った夜の部屋で何年鳥達と共寝しただろう。雛が6月に巣立つと巣は空になり、ノミやダニが屋内の人間を襲ってきた。殺虫剤を炊いて換気扇に防虫シートを貼った。家主の鍼灸師は巣を叩き落として元から断たないとダメだと進言してきた。しかし、結局そのアトリエで年に3点ほどの大作を描き、換気扇から10回ほど雛が巣立つのを見守った。巣立ったのは雛だけではない。近隣の町にある建築大学から男子学生がモデルのバイトで来てくれた。スタートはそこの大学の卒業生だったパソコン教室のインストラクターだ。コスプレの衣装を何着か持っていたので、数年は彼をモデルに描いていた。彼からは画像処理の初歩とバイオリンを教わった。やがて、高校の情報科の教師に合格し、ヒヨドリというよりはツバメのように翻って去っていった。次に大学の学生生活課に募集を出すと京都出身の剣道の心得のある学生が来てくれた。踏み込みや跳躍の力を活かした動的な作品が描けた。彼からはミラーレスのカメラの扱いを教わった。その後は学生課を通さずに、建築意匠の教授の暗黙の了解の下、後輩にバトンを渡す形で繋いでくれた。皆、インターンを経て大手の建築会社に就職が決まり、去って行った。巣に取り残された最後の学生は坐骨神経痛に苦しんでいた。高校時代のスポーツ障害が原因らしい。しばらく、建築事務所の在宅の仕事を請け負いながら、作品の組み立てや搬入を手伝ってくれた。そして、彼が巣立った頃には、自分の息子も去ってしまった。それからは彼のことを忘れる努力と忘れない努力が日々、せめぎ合った。

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