第8話 鳴り止まないベル

 受験予備校の美術研究所でデッサンを叩き込まれていた頃気がついた。形を正確に掴むのに、非常に時間がかかる。当時は講師の指導の下、正確に図るための推しツールとして自転車のスポークを測り棒にしていた。何度も何度も測り直し、修正を経て徐々に全体の形になっていく。測るということなしに形を掴むことは不可能であった。結果、木炭紙の目が潰れ、全体が黒くヘビーなデッサンになった。講師がガンバリズムで描いていると評した。しかし何事もそうであるように努力を重ねていると、ある日突然、階段を2、3段跳びに駆け上がることができた。情報を遮断して見えるがままに認知を漂わせることが出来るようになったときだ。表現にキレがでてダサさから脱皮できることが年に1度位あった。バイトをしながら研究所に通い、2年と半年の後、地元の女子大を中途退学して23歳で東京の美大に進学した。

 その時、同じ干支で年上の男と別れた。彼は邪魔はしたくないと理解を示したが、後日の明け方に電話をしてきた。無視していると5分も10分もベルを鳴らし続けた。家人も察して誰も出ない。意を決して電話にゆるりとでると寝ぼけた声で眠いと言って受話器を無機的に置いた。布団に潜り直すと更に執拗にベルが鳴り続け、耳が麻痺した頃にぷつりときれた。彼が公衆電話で泣いているのがわかった。そのうち刺し殺されるか同じように悲しい目に会うのだろうと直感した。

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