第5話 邪気なき訪問者

 息子は邪気のない子供であった。家族が外出から帰ると留守番していた彼は何故かソファーの上で震えていた。見ると足元に小さな鼠がちょろちょろとリビングのフロアを散策していた。おそらく排水管を逆行して側溝から家の中に入り込んだのだろう。息子の気配などまるで介さず、むしろ人間である息子の方が怯えていた。侵入者は後日ネズミ取りで捕獲され、外のゴミ箱に生きたまま捨てられた。粘着シートに皮膚をとられてピューと泣いたので、助けてあげてと言うと夫は少し剥がしてみたがもう面倒なことになっていた。無邪気に息子と遊んでいたかも知れない。洗浄すれば助けられたかも知れない。その晩、寝ていても鼠のことを思うと苦しかった。しかし、やがて疲れから寝落ちした。

 子どもが小さい頃は家族4人で六畳間いっぱいのクイーンサイズのベッドで一緒に寝ていた。ある週末、疲れきってベットに入ると長女が何かいるよと執拗に天井を指差した。小さい虫でも貼り付いているのだろうと思ったがそれは大きな赤黒いムカデだった。和室の天井の凹みに同化してじっとしている。新築の昼間誰もいない締め切りの寝室にどうやって侵入したのかわからない。夫がゴミバサミで挟んで外に出したが意外と動きは鈍く、紙ごとライターの火で焼き殺した。そんな殺し方しなくてもと言いながらこの家の主だったかもしれないとちらと考えた。娘の勘の鋭さに難を逃れたが、寝ている時に主が落ちてきて刺されたかもしれないことを考えるとゾッとしたので忘れることにした。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る