家隣の陰キャ君を落としたい!

橘ふみの

【完結】家隣の陰キャ君を落としたい!



 “万年初恋拗らせ女代表取締役”を勝手に務めさせてもらっています。高城未琴たかぎみことです。華やかな高校2年生。そんな私には愛してやまない同い年の幼なじみがいる。物心がついた時にはいつも君が隣にいて、気づいた時にはもう君を好きになっていた。


 そんな私の想い人、西宮絢斗にしみやあやとはどれだけアタックしようが一切なびきません。


 え? 毎日どんなアタックしてるかって? 聞いてくれる? 私の努力を!!


 ── 例えばぁ、毎朝勝手に絢斗のベッドの中に潜り込んでムギュッと抱きつく。


「んん、あれ? 私なんで絢斗のベッドにいるんだろう? あ、おはよう絢斗」


 何事も無かったかのように、偶然と平静を装う(ぶっちゃけ無理ありすぎ)。


「未琴、夢遊病じゃない? 病院へ行ったら」


 長い前髪のせいであまり表情が掴めないけど、おそらく絢斗は真顔中の真顔。


 ・・・ねえ、朝目が覚めて隣にそこそこイケてる女(私)がいたら『え、あっ、あのっ! ぼ、僕、ごっ、ごめん!』とか言って、たどたどしく赤面するでしょ普通は。


 ── えっと、それからぁ、一緒に登下校してる時に躓いたフリをして、ムギュッと絢斗の腕にしがみつく。ま、さりげないボディタッチというやつね。


「あっ、ごめん! 躓いちゃったぁ~。私ったらそそっかしいなぁ、もう」

「どんくさいね、未琴」


 長い前髪のせいであまり表情が掴めないけど、おそらく絢斗は真顔中の真顔。


 ・・・ねえ、そこそこな乳が君の腕にブチ当たってるんですけど? 『ちょっ、ちょっ!! 未琴っ、そのっ、あのっ!! だ、大丈夫!?』とか言ってたどたどしく赤面するでしょ普通は。


 ── んーっと、あとはねえ、誰かしらに告白された時それとな~くさりげな~く絢斗にアピったりしようとして。


「今日、隣のクラスの山田君に呼ばれてさっ……」

「へぇー」

「告はっ……」

「ふーん」


 長い前髪のせいであまり表情が掴めないけど、おそらく絢斗は真顔通り越してのっぺらぼう。


 ・・・ねえ、端っから聞く気ないのはやめて? 『そっか。山田君にはなんて返事したの?』とか言って少しくらいは落ち込むでしょ普通は!!


 まあ、そんなこんなでありとあらゆる方法を試しに試して来たわけよ。もう為す術なし、そのくらいまで追い込まれてるの。友達との付き合いも何もかも捨て去って私は絢斗に全てを費やしてきた。


 なーのーにー。


「あ、絢斗~。今日絢斗ん家いってもっ……」

「ごめん。ゲームするから無理」


 おい、ふざけんな。私かゲームどっちが大切なんだよ。そんなの考える必要もなく、ゲームよりこの“私”でしょ。


「てか未琴は友達たくさんいるんだから、たまには友達と遊んだら?」


 おふっ、なんだろう。この圧倒的な“敗 北 感”。てな感じで、家隣の陰キャ君を落としたい! というわけなんです。


 何度も、何度も打ちのめされてきた。


 何度も、何度も諦めようと思った。


 でも、やっぱり君じゃなきゃダメで、君が他の誰かのモノになってしまうのは、地球が破滅するよりも耐え難い。絢斗が他の誰かのモノになってしまうのなら、地球が破滅して塵になったほうが幾分マシだと本気で思えるヤバ女子。そんな私は今日も今日とて、家隣の幼なじみで陰キャな西宮絢斗に猛アタックするのであった。


 ──── 今日は絢斗を無理やり部屋に連れ込んだ。


 いつの日からか私の部屋に入るのを嫌がるようになって、ここ数年は全力で拒否られてる。


「で、なんなの?」


 無理やり連れ込まれて不機嫌そうな絢斗。でもそんなこと気にしてらんないの。


「ねぇ、絢斗」


 名前を呼ぶとズボンのポケットに手を突っ込みながら、私のほうへ少し振り向いた絢斗。


「ん?」


 そして、私は迷うことなく紙袋からオニューの下着を取り出して、堂々と絢斗に見せつけた。そう、これは“最終兵器”。何をしても、どんな手を使っても、私に靡いてくれない陰キャ幼なじみを落とす為の作戦。一歩間違えなくても、これがセクハラなのは重々承知の上。でも、もうこうするしか道がないって思ったの。


『いや、もっと他に道あんだろ』とかのツッコミはやめて。


 ─── ふふふっ、はっはっはっーー! さぁ、絢斗! 私の下着を見て存分に狼狽えなさい! そこそこイケてる幼なじみの女が『こんなセクシーな下着を毎日着けているなんてっ!』とか想像して悶々としなさい!


「ジャジャーン! めっちゃ可愛くな~い? 一目惚れして買っちゃった! どう? 私に似合うかなぁ?」

「未琴」

「ん?」

「それ、未琴には似合わないと思うよ」

「……」


 ── 動揺することもなく、なんなら少し冷たい態度の絢斗に私の心がポキッ、バキッ! パリーンッと音を立てて崩れ落ちていった。


「── って」

「え、なんて?」

「もう帰って!」

「え、ちょっ!?」


 私は絢斗にセクハラをした挙げ句、逆ギレして部屋から追い出してしまう始末。


 ── ハイ、オワタ。


 万年拗らせていた初恋もなにもかも、全て呆気なく終わりを迎えた。


「……っ、こんなの絶対無理じゃんっ」


 叶わない恋だって、そんなの分かってた。絢斗にとって私はただの幼なじみでしかないことも。でも、もしかしたらって、その希望が捨て切れなかった。


「もう、無理だよ……」


 ──── 翌朝。


 毎朝の日課だった絢斗のベッドへ侵入することも、一緒に登校しながら躓いたフリをして腕に胸を押し当てることもしなかった。


「おはよ~うって、ええ!? 西宮君は!?」

「うわっ、珍しいこともあるもんだね~。季節外れの雪でも降るんじゃなぁい?」

「あの未琴が西宮と一緒じゃないなんて、どうしたの?」


 私の親友(中学の時から)達が、目を見開いて驚いている。


「詩織、美里、楓。私もう諦めた」

「「「え?」」」

「降参降参~! もうね、惨っ敗。お手上げ~! これ以上ピッチピチのJK時代を棒に振るとかマジで無理すぎ~」

「本当にそれでいいの?」

「うん!! いいのいいの~!!」

「そっかぁ」

「まぁ、未琴が決めたことなら」


 ── ガラガラ。


 教室の扉が開く音がして、見てもないのに『絢斗が来た』そう思った。ギュッと胸が締め付けられて苦しい。


「ごめん、ちょっとトイレ」


 私は椅子から立ち上がって、絢斗が来たほうとは別の扉から教室を出ていった。今は絢斗の顔も見たくないし、声も聞きたくない。


「未琴」


 後ろから私を呼ぶ声がする、私の大好きな声が。足をとめて立ち止まると、絢斗の足音が徐々に近付いてくる。


「今日はどうして来なかったの? 未琴が来なかったら寝坊した」


 ── なによそれ。私は絢斗の目覚まし時計か何かだったわけ?


「てか何も連絡無かったし。連絡くらいしてよ」


 ・・・は? 自分からすればよくない? なんで私からしないといけないの? いっつもそうじゃん。


「未琴、聞いてる?」


 後ろから私の腕を掴んだ絢斗の手を強く振り払った。


「未琴?」

「触んないで」


 それだけ言って、私は振り向くことなくその場を去った。絢斗が私を追いかけて来るはずもなく。それもそうか、絢斗にとって私はただの目覚まし時計でしかなかったんだから。


 ── それから私達は口を利くことも、一緒に登下校することも、互いの家を行き来することもなくなった。


 詩織達が気を遣って『男を忘れるには男だ!』とか言って合コンへ誘ってくれたり、私は絢斗に費やしていた時間を全て遊びに充てていた。


 ──── ある日の合コン帰り。


「はぁ。今日の合コン相手かなりだるかったな」


 しつこくて、なかなか抜け出せず時刻は21時。ま、うちの親は緩いから遅くなっても問題はないんだけどね。そういえば、近所のコンビニに夜ひとりで行こうとすると、絢斗がなぜか不機嫌になって絶対に付いて来てたなーとか、そんなことを思いながらコンビニを通り過ぎようとした時、ちょうどコンビニから出てきたのは、絢斗だった。


 私と目が合った瞬間、足早に私のもとへ来た絢斗がガシッ! と力強く私の腕を掴んできて、あまりにも突然のことすぎて驚くことしかできない。


「なっ、なに? 急に。痛いんだけど」


「未琴、そんな格好して何処で何をしてたの」

「は? 別に、遊んでただけだし」

「危ないでしょ、こんな時間に」

「なにそれ。絢斗には関係なくない? 離して」


 振り払おうとしてもビクともしない。絢斗ってこんなに力強かったっけ? 離すどころか、ますます力を入れられて痛くなるし。


「はぁ。どうして分かんないかな」

「っ、なんのこと?」

「随分と男遊びしてるみたいだけど、なに? 嫌がらせ?」


 男遊び? そんなのしてないし、どんな誤解してんのよ。それに『嫌がらせ?』ってどういう意味? 意味分かんないんだけど。


「別にそんなんじゃなっ……」

「男なんてさ、ヤりたいとしか思ってないよ。だから危ないって言ってるんだけど、分かんない?」


 相変わらず長い前髪のせいで表情は掴めないけど、過去イチ不機嫌なのは伝わってくる。


「私、そんな軽い女じゃないし。誰とでもっ……」

「分かってるよ、そういうことじゃない。もっと自覚しなよ、自分が女の子だってこと。無防備にもほどがあるし、そもそも危機管理がまるでなってない」


 そんなこと言われる筋合いないし、別に無防備でもなければ危機管理がなってないわけでもない。私が気を許す男は絢斗、あんただけだよ。


「は? なんで絢斗にそんなこと言われなくちゃいけないわけ? だいたい、男くらいどうってことないしっ……」

「あっそ」


 素っ気なくそう言い放った絢斗は私の腕を掴んだまま引っ張って、どんどん先へ進んでいく。この状況がなんなのか情報が一切完結しないまま、ほぼ拉致状態。


「ちょっ、絢斗。ねえ、なんなの!?」


 そのまま私ん家を通り過ぎて、絢斗ん家へ向かう。そう言えば絢斗のお父さんとお母さん、結婚記念日で旅行に行くって言ってたな。そのまま絢斗ん家について少し荒っぽく玄関に連れ込まれ、ダンッ! と玄関ドアに押し付けられた。


「ほら、男くらいどうってことないんでしょ? 逃げてみたら」


 冷たくそう言った絢斗から離れようもしても逃げようとしても、絢斗に押し付けられてて全く身動きが取れない。


「ちょっと絢斗、いい加減にして!」

「男はさ、こういうことをするしか脳がないんだって分かんないかな」

「……っ!?」


 私の腰に手を当てて、ゆっくり服の中へ手を入れてきた絢斗。


「ひゃあっ! ま、待って……絢斗っ!」

「ははっ。“待って”なんて言葉が通用するとでも思ってるの? 未琴。男はさ、みんな野獣なんだよ」


 ── いつもの陰キャな絢斗じゃなくて、それこそ“野獣”みたいな、男っ気が強い絢斗にドキドキする反面、少し怖くもあった。


 優しくねっとりと、私のお腹や腰や背中に手を這わせてくる。


「んっ。ちょ、絢斗!」


 私の口を塞ぐように手で押さえ付けられた。絢斗の手って、こんなにも大きかったんだ。ていうか、絢斗はなんで私にこんなことしてくるの? 私に対する嫌がらせ?


「んんっ! んっ!!」

「ほら、早く逃げないと」


 どうやって逃げろっていうの?


「いいの? このままシしちゃっても」


 フッと鼻で笑ってる絢斗にどうしようもなく腹が立って、どうしようもなく……悲しくなった。


「これに懲りたなら合コンだのなんだのへ行くのはやめたらどう?」


 ・・・なによ、どんなにアピールしても、アタックしても、靡かなかったくせに。なにもしてくれなかったくせに。どうして、なんで今なの?


 ジワッと涙が汲み上げてきて、塞き止めれなくなった涙は頬を伝ってポロポロと流れ落ちていく。絢斗は私が泣いていることにすぐ気づいて、バッ! と勢いよく私から離れた。


「み、未琴……ごめっ!?」


 ── バシンッ!!


 私は絢斗の頬に思いっきり平手打ちをして、そのまま絢斗ん家を飛び出した。翌日、学校へ行く気になれなかった私は仮病で学校を休んで、その翌日学校へ行くとプチ騒ぎが起きてて目が点になる私。


「ねぇ! あんなイケメンうちの学校にいたっけ!?」

「いや、いなかったよね!?」

「あのイケメン何者!?」


 なんの騒ぎだろう? サプライズでアイドルでも来てんのかな? とか適当なことを考えながら、重い足取りで教室へ向かう。


「ヤバくない!? あれ、西宮君らしいよ!」

「はあ!? ……って、西宮って誰だっけ」

「ほら、いたじゃん! 陰キャの子! いつも陽キャ女子連れてた!」

「ええ!? あの陰キャがっ!?」


 とか騒いでいる女子達が私の前にいる。なんの話? そう思いつつも教室へ行くと人だかりができていた。


「あー、すみまーん。通してくださーい」


 私は人だかりを掻き分けて教室の中へ入って、ゆっくり顔を上げた。すると、私の視界に入ってきたのは──。


「未琴」


 ・・・いや、誰だオマエ。


「この前はごめん」


 ・・・うん、だから誰だオマエは。


「あの、誰ですか」

「え?」

「はい?」

「いや、僕だよ僕」

「ボクボク詐欺ですか?」

「はぁぁ、分かるでしょ普通。絢斗だよ」


 ── ん? ん? んん? んんん!?


「うえぇぇ!?」

「未琴、うるさい」

「あ、ごめん」


 私は慌てて自分の口を手で塞いだ。


 いやいや、待って待って。えっとぉ……私が最後に絢斗の全容を目にしたのはいつの頃だったかしら。多分、小学校低学年の頃が最後かな? その時は可愛らしい顔してたのよ。本当に羨ましいくらい可愛らしい顔をしてたのよ、うん。なのに、なぜか目を隠すようになって、年々陰キャを極めることになった絢斗。まあ私は、絢斗が可愛かろうが陰キャだろうが関係なかったけど。


 だって、絢斗自身のことが好きだったから。


 ── で、今私の目の前にいるのは、昔の面影なんて一切合切ない超絶イケメンの“西宮絢斗”。なにがどうなってこうなった?


「今日、一緒に帰りたいんだけどいいかな」

「ほえ? あ、う……うん」

「ありがとう」

「あ、どうも、こちらこそありがとう……?」


 それから騒ぎが落ち着く、なんてことはあるはずもなくあっという間に下校時間。絢斗は女子に囲まれて揉みクシャにされている。それを救ったのは私の親友達だった。


「こらこら~、これを誰のもんだと思ってんの~?」

「さっさと散りな~」

「このイケメンは未琴のだぞ~」 


 絢斗を囲っている女子達を蹴散らす勢いの詩織、美里、楓。マジで本当にありがとう。


「未琴ごめん。行こ」

「うん。詩織! 美里! 楓! ありがとうっ!!」

「「「グッドラック」」」


 ── 久しぶりに絢斗が私の隣にいる。それが当たり前だったのに、あの日から当たり前じゃなくなった。空回りして、自分で自分の大切な居場所を失くした。


 もう絢斗の隣は歩けないってヤケクソになって、絢斗のこと忘れたくて、ぽっかり空いたその穴を埋めたくって、でもそんなのは当然無理で、絢斗で空いた穴は絢斗でしか埋めれなくて──。


 私、やっぱり絢斗じゃなきゃ嫌。絢斗がいいの。絢斗じゃないと意味ないの。私の隣にいてほしいのは……絢斗だけ。


「絢斗、私っ……」

「未琴、ごめんね。あの時、泣かせるつもりはなかったんだ。……僕さ、自分に自信が無くて逃げてばっかだった」

「……自信?」


 チラッと絢斗を見上げると、真っ直ぐ前を向いて歩いていた。


「未琴に『可愛いね』って言われてから、この顔が憎いほど嫌いになった」

「そっか……って、え……?」


 私は絢斗を二度見して、ポッカーンッと口を開けている。開いた口が塞がらないとはまさにコレ。


「未琴が悪いわけじゃないよ。僕の問題っていうか……ほら、未琴って昔『イケメンすきー!』とか騒いでたじゃん」


 ・・・えーーっと、そうだったっけ……? ははっ、昔の記憶は曖昧ミーマイ。


「ハハハ……マジか私」

「マジ。だから嫌いになったんだよね、未琴の好みになれない自分の顔が」


「へ、へえ……」


 ・・・いや、ちょいと待たれよ。ん? え? 待って。それってどういう意味なんだい……?


「もう二度、こんな顔未琴に見せないって誓った」


 ひえっ!? 誓うな誓うなそんなこと!


「いや、そんなの勝手に誓わないでよ。びっくりするわ」

「ははっ」


 ・・・こらっ! 笑って誤魔化すなぁぁ!!


「未琴は昔から可愛くて、元気いっぱいで、友達も多くてさ。小さい頃からモテてたし、年々綺麗になっていく未琴を隣で見てたら僕なんかじゃ無理だって、僕なんかが釣り合うはずがないって諦めて、そう自分に言い聞かせてきた。本来、未琴に近付く男は全員もれなく蹴散らしたかったし、邪魔してやりたかったし、二度と未琴に話しかけようなんて気を起こさないに吊し上げっ……」

「ちょ、ちょ、待って、待って……!!」

「ん? なに」


 なんか物騒な話になってるし、顔っ!! 怖いっ!! 漆黒の闇に包まれたような瞳をするのはヤメろ!!


「あの、ごめん。情報量が色々多すぎちゃって絢斗が何を言いたいのか、ちょっとよく分かんないんだけどぉ……?」

「ああ、ごめん。遠回しな言い方はもうやめるね……好き」

「そっか……ん? ハイ?」


 真っ直ぐ私の目を見て『すき』と言った絢斗。すき……すき……すき……? すき……やき……すき焼食べたいって? いや、スキーでもしに行くかって?


「未琴のことが好き。昔からずっと、物心ついた時から未琴のことが好きで好きでたまらなかった」


 私の頬を両手でそっと優しく包み込む絢斗。その手が少しだけ震えていた。


「絢斗」

「ごめん、緊張して。かっこ悪いね」


 かっこ悪くなんてない。私の中ではいつだって絢斗が一番かっこよかった。昔も、今も、そしてこれからも、それは絶対に揺るがない。


「絢斗がこの世界の中で一番かっこいいよ」

「未琴、それは眼科に行ったほうがいいかもしれない」

「もうっ! なんで今そういうこと言うの!?」

「ククッ、ごめんごめん」

「だいたい絢斗はっ……!?」


 絢斗の顔がおもむろに近付いてきて控えめに重なった唇。そして、少し離れてた絢斗。


「怒った未琴ってめちゃくちゃ可愛いって知ってた?」

「ふぇ?」


 相当マヌケな返事をした私にクスッと笑う絢斗は色っぽいというか、飢えた獣のようなギラギラした瞳で私の瞳の奥底を捉えて離さない。


「ねえ、未琴」

「は、はい……」

「すべて喰らい尽くしたくなるくらい君が愛おしい」

「うん……んん?」

「もう、我慢なんてしない」

「……え?」

「ごめん。もう逃がさないから」


 再びキスしてこようとする絢斗の顔面を咄嗟に鷲掴みした。


「なに。もう待てないんだけど」

「いやいや、ここ! 道端! ていうか、いきなりキスとかありえなくない!?」

「未琴は僕のこと好きじゃないの」


 ・・・ちょちょちょっ! その顔やめてって! 闇落ち寸前てきな顔しないでよ!!


「す、好き。そりゃ好きだよ!」

「僕も好き」

「あ、ありがとう?」

「だからいいでしょ?」


 イコールにならないでしょうが!


「よくない! 場所の問題っ! それと! ちゃんと告白くらいしてくんない!?」


 だって、だってさ? 今の段階だとお互いが“好き”を確め合っただけじゃん? なーなーにしたくない、絢斗との関係は。こんなチャンス二度とないもん。どうせなら絢斗から『付き合ってください』って告白されたいという何よりも深ぁぁ~い、私の願望と欲求が抑えきれない!!


 ── すると、私の視界から突然姿を消した絢斗。ゆっく~り顔を少しだけ下げてみると、片膝を地面につけている絢斗が視界に入った。 


 ・・・えーーっと、君は何をしているのかな?


 絢斗は私の左手を優しく丁寧にそっと掬った。そして、薬指にチュッと口づけをする。


「一生幸せにする。僕を選んだこと、絶対に後悔なんてさせない。何があっても離れないし、離さない。死んでも離さない、死んでからも離してやんない。絶対に」

 

 ・・・お、おう。サンキューな?


「だから、未琴好みの男じゃないかもしれないけど……僕と結婚してください」

「うん……って、結婚っっ!?」

「当たり前でしょ」


 ムクッと立ち上がった絢斗が少し屈んで私の顔をジーッと見つめてくる。


「僕は未琴と結婚しない……なんて選択肢は無いよ」

「え、あ、あの、ちょっと気が早っ……」

「僕はもう、とっくの昔から心に誓ってるよ」

「へえー。そ、そっか」


 なんか絢斗って、クソデカ感情拗らせ野郎になってないか……!?


「今まで我慢してきた分、これから未琴に全部ぶつけるから。覚悟しておいてね」

「あ、あの、えーっと、程々でお願いしまっ……」

「なに言ってるの、未琴。今まで散々、僕に色々と仕掛けてきたくせに。僕がどれだけ我慢してたか知ってる? 今さら怖じ気づくなんてそんなの……許さないから」

「ご、ごめん! それは本当にごめっ……」

「いいよ。謝罪も言い訳も全部ベッドの上で聞いてあげるから」

「え、あ、え……ま、待って……待ってぇぇ!!」


 ── こうして長年拗らせてきた幼なじみの陰キャ君と私は、めでたく無事に結ばれましたとさ。 


「……いや、ちょっと待って! 全っっ然無事ではないけどね!?」

「ん? 何を言ってるの? あ、待って未琴……まだ足んない」

「え、ちょっ……もう無理っ!」

「大丈夫だよ。次は激しくしないから」

「そういう問題じゃないっ!!」

「そっか。なら、遠慮なく激しくさせてもらうね」

「違う違う違う違う!! そうじゃなぁぁい!!」

「もぉ、我儘だなぁ。可愛いね、未琴は」


 私は必死にベッドから逃げ出そうとした。でも、ひょいっと元に戻される。


「そんだけ動ける元気があれば、まだまだイけそうだね」

「やめろ!! その言い方!! あの、絢斗? ほんと腰砕けちゃうって……」

「そっか。じゃあ一緒に砕けよ? 僕も張り切って頑張るから」


 ・・・ちっっがぁぁうっっ!!!!


 そして、絢斗の溜まりに溜まったクソデカ感情をぶつけられまくったとさ。

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