第3話 開放


 訓練校の扉がゆっくりと開かれ、アルティは堅固な金属製の扉を押し開けて中に入った。中庭の入り口には、騎士が迎え入れた。騎士の指示に従い、アルティは一番大きな扉へと向かって歩いていく。


 校舎の中は静寂に包まれ、生徒たちの姿は見当たらない。赤い髪の少女とすれ違った。


 その少女はアルティを見て少し睨む様な目付きをしていたが目が合った瞬間に挨拶の言葉も交わさず、それぞれが足早に去っていった。


 校舎の内外は堅牢といった面持ちであり、まるで要塞のような印象を受ける。訓練の響きが壁を震わせ、空気にはエイネンの力を感じさせる。


 広大な廊下を進むアルティの足音が響く中、彼女は訓練校長との待ち合わせに心を奮い立たせていた。廊下にはほとんど人影がなく、騎士団の訓練校らしい活気のなさが漂っていた。しかし、その静けさがかえってアルティの緊張を和らげるような気がした。


 説明された扉の前に立ったアルティは深呼吸をしてから手を伸ばし、ゆっくりと扉を押し開けた。


 扉の向こうには訓練校長の待つ部屋が広がっていた。部屋の中は広々としており、大きな机や書棚が配置されていた。


 その中でも一際目を引くのは、机の後ろに座る堂々とした姿の男性とその横に毅然とした様子で控えている騎士の男性だ。


 そして、白ひげを蓄えたあごを撫でつつ椅子に座る男性が口を開く。


「ようこそ、アルティ君。私はロウ・ミレニア。この訓練校の校長だよ。なに、緊張する必要は無い。ゆっくりと座って、話をしようじゃないか」


 アルティは訓練校長の言葉に安心感を覚え、ゆったりと椅子に座った。校長は優しい表情で彼女を見つめ、こう続けた。


「さて、アルティ君。ワシたちは君がドラゴンを召喚したと聞いておるが間違いないかね?」


「はい、間違いありません。ドラゴンさん、出てきてくれる?」


 アルティがそう言うと、彼女のカバンから小さなぬいぐるみのようなドラゴンが顔を出した。


「ふぅ、このワシを玩具のように扱うとは……。まあ、この姿じゃし気にしてなどおらぬが」


 そう言ってドラゴンはふよふよと宙にでる。


 それを見た校長は隣の騎士と目を合わせ、そしてこう続けた。


「なるほどのぅ。確かにドラゴンを召喚しておる。して、アルティ君。協力者サポーターを召喚することは存じておるな?」


「はい、知っています」


「んむ、なら話は早い。君の協力者はそのドラゴンで間違いないだろう」


 そうミレニア校長が言うと、それに続けてドラゴンが声を出す。


「ドラゴン、ドラゴンと言っておるがワシにはグラナンテという誇り高き名前があるのじゃ。しかと覚えておくように」


 ふんっと鼻息を鳴らしながらグラナンテと名乗るドラゴンは先程より少し早く羽を羽ばたかせる。


「グラナンテ……それならグラちゃんだね!」


 それを聞いたアルティはハツラツとそう言う。


「グ、グラちゃん!?」


 グラナンテはそれを聞き驚嘆の声を漏らす。しかし、自分の姿見を鑑みたのか「仕方ないのぅ」とボヤいている。


「ほっほっほ、これは大物の予感がするのぅ。そう思わぬか、ロレスよ」


 ミレニア校長は笑みを浮かべながら隣の騎士に話しかけた。


 ロレス・ミレニア、騎士団長であり校長の息子でもある彼は、静かに頷いた。


「ええ、確かに。では、アルティ。君のエイネンの属性と傾向ををしっかりと把握するために、これから能力判定を行う。準備はいいか?」


 アルティは緊張しながらも頷いた。


「はい、準備はできています」


「うむ。では始めよう。君のエイネンの属性と傾向を調べるだけだ。適性検査とは違うから安心して臨んでくれ」


 ミレニア校長は柔らかな口調でアルティを励ました。


 そうして、部屋の中央に設置された大きな水晶が淡く光を放ち始めた。


 アルティはその前に立ち、手をかざした。水晶は彼女のエイネンの力を感知し、色と輝きで反応を示す。


「アルティ君、ゆっくりと集中してエイネンを解放してごらん」


 校長の指示に従い、アルティは目を閉じて心を落ち着けた。静かな空間に彼女の呼吸だけが響き渡る。


 数秒の後、水晶が眩い光を放ち始めた。


 その光は様々な色に変化し、部屋全体を包み込んでいく。ミレニア校長とロレスはその光景を見守り、アルティのエイネンの力がどのように現れるかを注視していた。


 やがて、水晶は一つの色に落ち着いた。純白の光が部屋を照らし、アルティのエイネンの属性を示していた。


「これは……」


 ロレスが驚きの声を上げる。


「君のエイネンの属性は『開放』だ。そして傾向は『具現』だろうか。いや、しかしこれは……」


 ロレスはアルティのエイネン傾向が測れないと唸っている。それを見たミレニア校長が口を開き、


「ふむ、不思議なこともあるものだ。アルティ君、君のエイネンの傾向をさらに詳しく調べる必要があるが、まずはその力を誇りに思いなさい。君は特別な存在だ。開放のエイネリアが生まれるのは長いエトル歴の中でも極めて少ないのだからね」


 ミレニア校長は微笑みながらアルティに言った。


アルティはその言葉に感謝の意を込めて頭を下げた。


「ありがとうございます。私、頑張ります!」


「うむ、その意気だ。これからの訓練で君のエイネンの力をさらに引き出すことができるだろう。ロレス、アルティ君の指導を頼んだぞ」


 そう言って、校長は息子に目を向けた。


「もちろんです、父上。アルティ君、これから共に頑張ろう」


 ロレスは頼もしい笑顔を見せた。


 アルティは新たな決意を胸に、訓練校での第一歩を踏み出した。


 彼女のエイネンの力が開花し、仲間たちと共に未来を切り拓く日々が始まるのだった。



――アルティが校長室を後にして数分後


「親父、これは前代未聞だぞ。『開放』のエイネンは始祖の……」


 ロレスがそう呟くと、ロウはそれ以上はと手を上げる。


「うむ……分かっておる。だがワシらは確かにこの目で見た。国王陛下へ書状の準備を」


「了解した」


 そうして、ロレスも部屋を出る。


 1人残った校長は頭を抱えた。


「よもやこの様なことが起こるとはな。アイリーン様よ……」


 その声は誰にも届くことはなく、広い部屋に吸い込まれていくのだった。

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