追放騎士団長は惜しまれない!


「OAA!!」


「遅い!!」


「GUAAAA!!」


「甘い!!」


「GYAAAAAA!!」


「煩い!!」


 右手に合わせて、左肘を叩きこむ。

 左手をいなして、頭突きを当てる。

 挙句に掴みかかろうとしてきたから、足を払って投げ飛ばしてやった。


「GI……UGAAAAAAA!」


「ったく……!」


 が、とんだタフネスっぷりだった。

 薬で痛みそのものを感じていないのか、何度やっても立ち上がってくる。そのしぶとさと来たら、入団当初のハルナを思わせるくらいだ。


「見え見えだっつーの!!」


「GYA!?」


 まぁもっとも技術面ではあいつらの足元にも及ばず、何百回やられようと当たる気なんてしない。

 今の俺は全盛期までとは言わないが、戦えるだけのオドを取り戻していた。思うように身体が動いてくれて、相手の動きもハッキリと読み取れる。


 ほんっと……皮肉なもんだ。かつて守っていた市民は俺のことを忘れてるのに、犯罪者だけが俺のことを覚えていて、犯罪者が作ったもんで窮地を脱して、その力で犯罪者を追い詰めてるとくるもんだから、一周回って笑えてきそうだった。


「ええい殺せ!! とっととそいつを殺すんだジャガーノート!!」


「必死なこった!」


 けれど本当に笑うのはまだ先だ。

 俺は人狼の顔面にラッシュを叩きこみながら、奥で激昂するハイデンに向かって叫ぶ。


「大人しく年金暮らしをしてればいいものを!? 余生豊かな自分の城まで持っておいて!!」


「城!? このハリボテが私の城だと!?」


 天井からパラパラと零れるチリを浴びながら、ハイデンが怒鳴り返す。


「こんな場所など棺桶に等しい!! 魔術の何たるかをてんで理解出来ぬ、薄汚い亜人のガキどもに教えて終わる余生などごめんだ!! 私にはもっといるべき場所があるのだ!! 私の積み重ねた来た功績と栄光に相応しい場所がな!!」


「そこを追い出されたのはアンタだろう!? 誰の所為でもない、アンタ自身の衰えによってだ!! それが分かってるなら田舎にでも引きこもれば良かったんだ!! 少なくとも赤の他人を巻き添えにしていい理由になってないぞ!?」


「貴様がそれを抜かすか!!」


 吠えるハイデンに応じるかのように、人狼は狂ったように爪を振り回す。

 とことん痛みに鈍感になってるらしく、殴られようとお構いなしだった。


「そういう貴様は――どうなのだ?」


 一歩下がってやり過ごす俺に、ハイデンは続けて言った。

 怒りが一周回ったのか、その目は声に負けず劣らず冷え切っていた。


「私の邪魔をするのは犯罪を止める為か? 違うだろう? 貴様は私と同じだ。自らの価値を証明する為に、私を捕まえようとしているに過ぎない」


「…………」


「貴様はただ目を逸らしているだけだ。オドが枯渇し、力を失い、無価値となった自分に対してな」


「それは……」


「違うとでも!? ならばどうして死にもの狂いで私を追いかける!? 今更放っておいても無関係な事件に顔を突っ込もうとする!? 殴られ傷つけられようと、どうして貴様はこの場に立っている!?」


 俺は一瞬、答えるのを躊躇ってしまった。


「その答えを教えてやろうか?」


 そんな隙をついて、ハイデンがニタリと笑った。


「お前は私と同じだ。理不尽に居場所を失い、それを取り返そうとしてるんだ」


「老いを直面させられるのは惨めだろう? 自分がいるべき場所に他者が居座っているのは妬ましいだろう? 本当の自分であればこうではない筈なのに、自分よりも劣る誰かに居場所を奪われるのは、死より耐えがたいことであろう?」


「しかし……だがしかしだ! この薬が完成すれば全てが解決する。今からでも遅くはない」


 だからと言わんばかりに、人狼が攻撃を止めた。

 それは均衡状態からの交渉か、或いは最終通告なのかもしれない。こいつの手を取って、復権とやらを試みる最後の機会だ。


 ……オーケー、スタンレー。お前はどう思ってる?

 悔しいけどこいつの言う通り、寂しい気持ちになったのは本当だ。俺がいなくなった騎士団でも上手く回ってるって知って、侘しさを感じちまったことは誤魔化せない。


 それを踏まえた上でスタンレー。ほんとにあいつらを見返したいって思ってるか?

 ハルナが望んでるみたいに、もう一度あいつらの上に立つことを望んでいるか?


 そんなこと――考えるまでもなかった。


「ふざけんなカス。お前は自分のことばっかだ」


 だから堂々と言い返してやる。


「お前ら魔術委員会のことは知らねえけど、お前と俺を一緒にすんな。俺は自分の意思で追放されたんだよ」


 そこを一緒にしないで欲しかった。

 俺は自分の衰えを知って、自ら立場を下りることを選んだのだ。


 ハルナはともかく、シヴィルはきっと気付いていた筈だ。

 何せあいつは副官としてずっと俺の傍にいたんだ。だから俺の葛藤を察して、何も言わずに決闘の儀を受け入れてくれた。


「その結果がどうだ? あいつ等は以前と変わらず……いや、ずっと明るい未来を築こうとしてくれている。俺の教えを忠実に守って、進化させてるんだ」


 事件がずっと少なくなった王都。

 融和しつつある亜人問題。

 対立している魔術委員会への歩み寄り。


 それらは全部が全部――俺の先を行こうとしてくれた結果だ。


「だったら惜しまれない方が、ずっといいに決まってる」


 それは俺自身が正しく生きられた証明だから。

 団長として、正しい足跡を残せた結果だから。



「追放騎士団長ってのはなぁ――惜しまれないでなんぼなんだよ!!」


「GUI!?」



 だからお誘いへの答えは拳で答えてやった。

 大きく前に踏み込んだみぞ打ちで体幹を崩す。それから脛を蹴って膝を付かせて、真正面にまで下がった目を平手で叩く。


「UGAAAAAAAAA!!」


 痛みは乏しくとも本能的なものか、人狼は両手で目を押さえながら悲鳴を上げた。

 すなわち全部がら空きである。俺は腰を捻って、渾身のアッパーカットを顎に叩きこんでやる。


 ――ズン!! ガラガラガラガラ!!


「な……ば、馬鹿な……!」 


 天井を突き破り、上階へと消える人狼にハイデンは絶句する。

 これで仕留められたどうかは定かじゃないが、少なくとも回復するまでに時間はかかるだろう。


 ならばその使役者を仕留めるには十分。

 俺はハイデンに向き合い、指を突き立てる。


「俺が今ここにいるのは、ツケを払う為だけだ」


「ツ、ツケだと?」


「ああ。俺が不甲斐ない所為で色んな奴に迷惑をかけちまった。だから出来るなら、この事件だけは自分の手で終わらせたい」


 全ては俺の優柔不断が招いたことだ。

 三年前のあの日。無意味なプライドで黙って姿を眩ますことなく、ちゃんと説明してればよかったんだ。

 俺はもう戦えない。衰えちまったから無理だって、正直に言ってればって今は後悔してる。


 そうであればハルナは俺を探そうとはしなかった。

 そうであればシヴィルは目元にクマを作る必要はなかった。

 そうであればハルナも傷つくことはなかった。ハルナとシヴィルの二人三脚で、もっと良い世界になってたんじゃないかって。


「だから――」


 年寄りが始めたことは、年寄りの手で終わらせよう。

 俺は地面を蹴って、ハイデンの胸倉へと手を伸ばす。


「これで――!」


 掴んで、投げ飛ばして、取り押さえる。

 そうしようとした。これで事件は解決だと、そうしたかった。

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