お別れ


「あ、スタンレーさん!」


 居留地北東部の空き地。

 即席でこしらえた訓練場で、今日もルシアは俺を待ってくれていた。


「え、この只人が?」


「ルシアの先生かよ」


「なんか見るからに弱っちそうなんだけど……」


 が、今日は一人じゃなかった。

 亜人の子供達が一緒にいて、俺を訝しそうに見上げてる。


 ははは、こやつめ。

 弱っちそうは余計だっつーの。否定はしないけど。


「馬鹿っ! スタンレー師匠は凄いんだからっ!!」


「あいてっ!?」


 そこに食ってかかったルシアが、弱そうと言った少年の頭にゲンコツを浴びせる。


「謝りなさい! 師匠に謝れ!!」


「ちょ、やめっ!」


「っておいルシア!?」


 やめてくれと両手を上げる少年に、すかさず二発目を叩きこもうとする腕を俺は掴む。

 それでもルシアはもう片方の手をぶんぶんと振り回し、フーッと威嚇するように牙を剥いた。


「いい!? 師匠が本気を出したら、君達なんて指先一つで!!」


「ゆ、指先一つで?」


「ボンッだよ! 爆ぜて消し飛んじゃうんだから!!」


「うひぃ!? マジかよ!!」


 わっとガキ共に距離を取られる。

 しかし、いやいや……俺を何だと思ってるんだ?

 そんな不思議パワーなんて、今も昔も持ち合わせちゃいない。


「あんまり適当なことを言うな、ルシア」


「で、でも師匠!!」


「お前の気持ちは有難いけど、友達をあんまり怖がらせるんじゃない」


 言いつつ、頭を撫でてやる。

 ルシアは「むぅ」と膨れっ面であったが、それを振り払おうとはせず、また友達という単語そのものも否定しない。

 だったら彼等はそういうことなんだろう。仮定が少々暴力的ではあったものの、彼女にもようやく家以外の居場所が出来たと言える。


「それより訓練の時間ですか?」


 それから頬の空気を吐き出したルシアが言う。


「師匠! もしよければ、なんですけど……」


 キラキラとした視線は彼女一人ではなく、一緒にいる新しい友達からもだった。 

 先日の孤軍奮闘っぷりから、意図せず弟子候補が増えてしまったようだ。


「悪いけど」


 が、それは俺の指導の成果じゃない。ルシアが特別だっただけだ。

 自分にそう言い聞かせながら、俺は冷静に答えた。


「授業はもう終わりだ。今日は別れを告げに来た」


「え?」


「村に帰ることにしたんだ。いい加減にな」


 するとこの世の終わりのような顔をされてしまう。

 俺は撫でていた手を引き、膝を曲げて視線を合わせる。


「そろそろ俺も帰らなくちゃいけない。それにお前に教えることだって、もうないと思う」


「そ、そんなこと!」


「あるんだよ。悪いけどな」


「ないです! だって師匠は―――」


 ルシアは納得がいかないのか、矢継ぎ早に引き留めようとしてくる。

 自分はまだ未熟だの、まだまだ教えてもらうことがあるだの、俺への美辞麗句を織り交ぜながら……あれこれと。


「師匠は……師匠は……!」


 が、それも何時までも続きはしない。

 どれだけ才があっても子供だ。言葉の駆け引きには限界がある。


「ま、そういうわけだから」


 それでも悲壮感は感じさせないようにと、俺は努めて明るく返して見せた。


「しばしのお別れだ。また何時かってな」


「また、何時か?」


「ああ」


 と、涙ぐんでくれるルシアに頷き返す。


「別に今生の別れじゃない。会おうと思えば何時だって会えるんだ」


「ほんと……ですか?」


「ああ。だからまた会おう。約束だ」


 俺は小指を突き出して、彼女のものと組み合わせる。

 我ながら安っぽい約束だと思った。行為そのものじゃなくて、ハナからそうするつもりがないって意味で。


「スタンレーさん」


 そんなことを思う最中、男の声が割って入る。

 何時もより早い時間だったが、タイミングはバッチリだった。或いは窺っていたと言うべきか、視界の端でウィスプが通り過ぎる。


「――ハイデンさん」


 振り返った俺がそう言うと、彼はにこやかに微笑んだ。


「ルシアさん」


「はい」


 そこからは何時も通りだった。

 俺への挨拶はほどほどに、ハイデンがルシアに向かって水筒を差し出す。それをルシアが飲み干して、空き瓶を返すと言った流れだ。


「ルシア」


「ひゃっ!?」


 その隙間を縫うように、俺は彼女を引き寄せ、ハグをした。

 びくりと強張る背中。子供特有の暖かい体温。動揺に乱れる吐息。

 五感を集中させて、それらを余すところなく感じ取る。


「元気でな、ルシア。お前ならきっと夢を叶えられるから」


「ひゃ、ひゃい……」


 耳元でそう伝えて離れると、彼女は顔を真っ赤にしていた。ぱくぱくと魚のように口を開け閉めして、それ以外は全身が凍り付いたかのよう。

 クスっと笑いそうになる気持ちを堪えて、俺は踵を返す。


「ではハイデンさんも」


「はい。どうかシアトラ村でもご達者で」


「……ええ。それでは」


 ハイデンは深々と頭を下げ、俺もそれに合わせる。

 たぶんこれが最後になるだろうから、念入りに敬意を払いながら。

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