挨拶回り

 

 総合学区前の道路は、先日と何一つ変わっていなかった。

 見るからに野暮ったい制服を身に纏った学生。質よりコスパを謳っているであろう飲食店。怪しげな宝石を店頭に並べる文具店などなどと、俗世を離れがちな魔術師が好むもので満たされている。


「シヴィル」


 そして彼女も同じだった。

 今日も今日とて――不満や疲労はあるだろうに――馬鹿馬鹿しい仕事を真面目に取り組んでいる。


「だ……スタンレ―さんですか。今日はどういったご用件で?」


 相変わらず眠れてないんだろうか? 瞬きをぱちぱちと繰り返し、あとモノクルの位置も気になるのか、前髪を指でつまむような仕草を見せつつ俺に向き直った。


「謝罪と……あとは通報かな?」


「ああ――」


 が、それでもシヴィルの頭はよく動く。

 俺が口にした、まるで噛み合わぬ二つの要件を即座に察してみせた。


「ハルナを襲撃した男のことですね? 昨晩から居留区に隊を送り、捜索を行わせています」


「大々的に、虱潰しにか?」


「まさか。居留区でそんなことをすれば目立ってしかたがありません。七番隊を向かわせていますよ」


「流石だな。迅速で適切な判断だ」


「…………」


 そういうのは結構だと言わんばかりのジト目をされる。

 別に世辞のつもりはなかったんだけどな。


「それと――」


「スタンレーさんが謝る必要はありません。アレが自分の意思で貴方を引きずり回し、勝手に怪我をしただけのことです。むしろあの程度で済んだのだから、いいお灸になったとさえ思ってます」


「お、おぉ……」


 更にこの優秀な騎士団長は、謝罪すらも先回りで潰してみせる。

 や、せめて詫びる機会くらいは与えてほしいもんだけどなぁ……。


「それだけですか?」


「ん……まぁ後は」


 そんなわけで、あっという間に半分の要件が終わってしまった。

 だから俺は残したもう半分の内の、どうでもいい方を先に切り出す。


「明日の便で帰るから、その挨拶をだな」


「――は?」


「色々と世話になった……というか、結局騎士団に迷惑をかけちまったな? 謝罪っていうのも、その詫びも兼ねてたんだが」


「…………」


「シヴィル?」


 と、そこで何故かシヴィルは押し黙ってしまう。

 時を止められたかのように、眉をぴくりとも動かさず、口だけを半開きにしたまま。


「シヴィル?」


「あ……いえ、何でもありません」


 一瞬でもぼうっとするなんて彼女らしくなかった。

 やっぱり疲れてるんじゃなかろうか?

 

「それで悪いんだけど」


 俺は心配になりつつも――口にすれば、また余計な心配をするなと怒られそうだから――もう一つの本題へと移行する。


「最近の王都の状況とか、そういうのを詳しく聞かせてほしいんだ」


「王都の状況……ですか?」


「ああ。実は村にスタンっていう、聞きたがりの若い奴がいて――」


 それから俺は、ニコに聞かせたものと同じ説明をした。

 土産話として近況を教えざるを得ない。そうじゃないと四六時中付きまとわれて解放してくれないと、スタンという人物像をかなり大袈裟にしながら。


「なるほど……ですが」


 俺が話し終えた後、シヴィルはほんの少し眉尻を下げて、困ったように言う。


「特段変わったことなどありません。少なくとも若者が喜ぶような、大事件というものは」


「構わない。状況だけでいいんだ。たとえばほら、今のお前の仕事とかさ」


「私の仕事?」


「ボヤ騒ぎが幾つかあったんだろ? 差し支えがないなら、どんなことがあったのか教えてほしいんだ――この総合学区内で」


「…………」


 そこでシヴィルはまたしても沈黙する。

 しかしさっきとは毛色が違う。俺の目をじっと捉えて離そうとしない。


「どうした?」


「…………」


「無理にとは言わないけど」


「……………………」


 俺も逸らさず、柔らかく見つめ返す。

 何も怪しいことなんて企んでいませんと、余計な疑いを晴らすつもりで。


「まぁ……それくらいなら構いません」


 やがて折れたのはシヴィルの方だった。目線を外し、頬を擦りながら語り始める。

 俺のいない王都で起こったことを。学区内で発生した幾つかの事件簿を。

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