嘘
「折れた肋骨が肺に刺さりそうになっていました」
「…………」
「しかしなりそうになっていただけです。流石は騎士団副団長様と言ったところです。寸前で身体を逸らすことによって、かろうじて致命傷を避けていた。見た目は痛々しいですが、すぐに良くなることでしょう」
「 ……………………」
「これで満足ですか、スタンレーさん?」
それは診療所に預けて、処置が終わった後のこと。
結果を伝えるコレア先生は、感情のない目で俺を見下ろしていた。
「すいません……今回のことは完全に俺のミスです」
しかしそうするのも当然で、弁解の余地もない
俺は病室手前の椅子に腰かけて項垂れる。
「幾らなんでも無警戒過ぎた。事件なんて起こるわけないってタカをくくってて、俺が無防備に近づいてしまったから――」
「そうではないでしょう?」
と、彼は表情を変えぬまま、俺の懺悔を切って捨てる。
「これで満足ですかと、私は聞いているのです」
「…………」
「あれほど口を酸っぱくして言ったにも関わらず、結局貴方は首を突っ込んでいる。自身を顧みることを避け、今でも傍観者であろうとしない」
「……それは、ハルナが」
口にして、すぐに下手な言い訳だと思った。
自分自身でさえ騙せていないのだから、先生からすれば尚のことだ。
「副団長様が強請ったからそうしたと? 本当に突き放そうと思えば突き放せたのでは?」
「…………」
「スタンレーさん、貴方はもう騎士ではないのですよ?」
「っ……」
時に言葉は自分でも分かっている以上に、鋭利に突き立さる。
ましてやそれが自分の身体のことを、自分のこと以上に分かっている相手から告げられたものであるならば。
あぁ……そうだ。コレア先生の言うとおりだ。
今の俺に出来るのは騎士団ごっこくらいのもんで、これは意図せずその範疇を超えてしまったからこそのシッペ返しである。
「……仰る通りです」
だから俺は頷き返す。
「今回のことは全部俺の責任だ。俺の弱さが原因でハルナを傷つけてしまった。だからもう金輪際、騎士団の真似事はしません」
「では?」
「明後日の便に乗って村に帰ります。先生にも色々とご迷惑をおかけしました」
「今度こそ、本当ですね?」
「はい。それでなんですけど――」
俺は懐から硬貨の入った財布を取り出し、それを袋ごと先生に手渡す。
「ハルナが目を覚ましたら、お願いします」
「これは……」
「完治にどれくらいかかるか分かりませんから。俺の分も含めて、ここから治療費を払うよう言っておいてください」
「…………」
「まぁたぶん、足りないと思いますけど……その分は今度お返しします」
キャンプ生活で得た賃金は僅かなものだ。
散々世話になったんだから『釣りはいらない』とでも言えればいいものだが、たぶん薬代にもならないと思う。
「それで、貴方はどうするのです?」
が、そんなことは二の次三の次だと言わんばかりに、コレア先生は怪訝な目を向けてくる。
「誤解しないでくださいよ? ちゃんと運賃は別に取ってますから」
すかさず俺は挑発気味に、首を傾げて返す。
「先生に言われてよく分かりました。この歳になって切った張っただなんて馬鹿げてる。あんな恐ろしい思いは、もう懲り懲りだってことに」
「…………」
「じゃあハルナが起きたらうるさいんで、俺はこの辺で」
自分でも驚くくらいに、すんなりと言葉が出た。
何せこれまでも思っていたことではある。少なくとも頭んの中の、表面上では。
「お達者で、スタンレーさん」
「はい。先生もどうか息災で」
だから先生も深くは問わない。最期に一つ挨拶を交わし合い、俺は診療所を後にする。
それから幾ばくか歩いて、周囲に気配がないことを察すると、俺は間もなく沈もうとする夕日を見上げながら大きく息を吐く。
――ごめんなさい先生。
呟きはせず、ただ心の中で謝った。
「と、このあたりでいいですか?」
資料室の長机の上にドサリと、端のすす切れた本が重ねられる。
きっちり日付順に並べられていて、相変わらず几帳面な性格が窺えた。
「すまないなニコ」
「いいえ。どうせ暇ですし、スタンレー団長の頼みですから」
と、ニコは笑って返す。
彼は騎士団本部の離れにある、古い資料室の管理を任されている。
そこそこ年季の入った寂しげな木造小屋には人の出入りが少なく、やれ幽霊が出そうだの、やれ退屈過ぎるだのと、団員内でも当番を嫌がる傾向にあったが、彼は自ら好んでそこの選任を買って出ている。
『有事でもなければ文字を見てる方が落ち着く』とのことだ。
もっとも俺が訪ねた時には髪がボサボサで、半目で迎えていたことから、本当に文字を見ていたのかどうか怪しいものであるが。
「にしても団長」
「俺はもう団長じゃない」
「ふぁ……失礼、元団長」
欠伸を噛み殺しながらニコが続ける。
「突然どうしたんですか? 『土産話が欲しいからちょっと入らせてくれ』だなんて」
「ああ――」
俺はそれに頷き、さっき自分で言ったことを補足する。
「村で都会に憧れてる、好奇心旺盛なスタンっていう若い奴がいてな」
「へ? 団長が?」
「スタンレーじゃなくてスタンだ。もし俺が元騎士団の人間だってバレてたら、その頃のことを聞かせろって、絶対にうるさいからな」
というかほぼ百パーばれてると思う。
あの時俺は意識を失ってたけれど、ハルナのことだから自慢げに団長団長って、村のみんなに吹聴していたに違いない。
「だから丁度いいと思った。現在進行形の事件は守秘義務があるんだろ? だったら俺が昔に関わった、埃の被った事件簿でも語ってやろうってな」
「はぁ」
「話しちゃ不味いもんがあるなら、一応は確認を取っておくが?」
「や……別にそれ自体は構いませんけど……どうせ終わった事件ばかりですし」
ニコは口をもごもごと、頭をがりがりとしながら、目をしょぼくれさせる。
「それよりも元団長、ほんとに帰るんですか? 俺はもっと滞在するもんだと思ってたのに」
「ああ、村の収穫時期も近いしな。何時までも王都旅行とはいかない」
「でも、まだ何にもしてませんよ?」
「? なにもしてないって、なにがだ?」
「いやいや、なにってあんた……」
聞き返すと、ぽかんと口を開かれる。
言ってる意味は分からないが、なんとなく呆れられてるような気がした。
「まぁ……団長がアレなのは、今に始まったことじゃないか……」
「おい。アレってなんだアレって。ぶつくさ言ってるけど聞こえてるからな?」
「なんでも。それよか読んだ後に片すのはお願いしますね? 俺はちょっと見回りに行ってきますんで」
「おいコラ」
俺のツッコミを無視して、ニコはひらひらと手を振りながら部屋を出ていってしまう。
まったく。訳も分からずディスられたのは気にくわないが…………まぁ……この場から離れてくれたことは好都合だ。
だったら周りを気にせず、存分に読みふけってやろうと、俺は三年前からの記録に手を伸ばした。
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