誰もが前に進んでいる
「ぐぬぬ……次こそは、次こそは……」
その翌日。
もう何度目になるのか分からない空振りだった。
なお今回は『居留区の神隠し』という噂である。明確な捜索願があったわけではなく、飽くまで噂に留まっている点がミソだ。
故にオチもそれ相応。ハルナと現場を探ってはみたものの、たむろしてるガキンチョ共がいるだけだった。
反抗期というか、非行がしたい年頃ってやつなんだろう。見るからに不釣合いな酒やら煙草やらは不問にしておいた。
「まぁ……分かってたけどな」
そうして俺はここに来てから、何度目になるかも分からぬ台詞を吐く。
「どうせこんなことだろうって」
「ぐぬぬ……!」
「ぐぬぬ、じゃねーよ。お前ももうちょっと、ちゃんとした事件を探してこいっつーの」
「ぐぎぎ……!」
「言い方を変えろって話でもねえっつーの…………はぁ」
俺は溜息一つを挟んで、しっしっと彼女は振り払いつつ、
「解散だ」
と言った。
「え?」
「今日はもう解散。話があるから、お前は野営地に戻ってろ」
「は、はい」
心なしハルナは嬉しそうに、反論することなく去ってくれる。
実際に嬉しいんだと思う。なにせ俺はこれまで彼女を撒こうと、度々野営地を変えてきた。
故におかえりただいまなんて言葉を吐いたこともなく、先に帰ってろなんて台詞は尚更だ。
彼女からすると、ようやく同行を認められたんだと思っているのかもしれない。
「…………」
もっとも事実はまったく逆なんだけど。
これから待っているであろう気まずさを考えないようにしながら、俺は居留区北東部へと歩を進める。
ルシアの授業の為だ。
近い内に最後になるだろうから、心残りがないようにと。
「むうぅぅ!!」
「ぐえっ!!」
「てりゃあ!!」
「うごっ!!」
「ほあああああああああ!!」
「ひえええええええ!?」
そんなことを思っていた矢先だった。
居留区の道端で小競り合いが発生している。
乱闘……ではない。そう呼ぶにしては圧倒的過ぎる。
数では圧倒的に勝っている筈のガキンチョ連中が、たった一人の少女に抑え込まれていたのだ。
「あ、あ!」
「ひ、ひぃっ!」
「はぁ……! はぁ……!!」
やがて彼女以外の誰もが地に伏せる。尻餅をつき、後ずさり、怯えきった目で彼女を見ていた。
対する当人は荒い息を吐き、目をうるうるとさせながら、それでも強い意志を持って睨みつけていた。
「もう虐めないで!!」
そして少女は――ルシアは――悲鳴のように訴えかけた。
「私が何をしたの!? 私は何もしてないのに、どうして意地悪するの!?」
小さな体に秘めた鬱憤の爆発である。
ビリビリと空気を、鼓膜を、脳を揺らす一声に、ガキンチョ共は気まずそうに互いの顔を見合わせる。
「そ、その、お、お前が……」
やがてリーダー格と思しき虎人の子供が、伏し目がちに答えた。
「この街で……魔術なんか勉強してる、から」
「それの、何がいけないの?」
「そ、そこの先生に一目置かれてて、将来は学院に行けるに違いないって話を聞いて……だ、だから……」
要するに……嫉妬していたということだろう。
あまりにくだらないことではあるが、子供の世界ではままあることだ。
人より抜きん出てしまった結果、仲間外れにされた経験は俺にもある。
「いや――違うか」
しかし俺は呟き、すぐに思い直す。
子供だけに限った話じゃない。そして他人事だと避けていいことでもない。
妬み辛みの類は何処にでも、誰にでもあるのだ。
なんなら大人になればなるほど雁字搦めになって、厄介さを増していくと言っても過言ではない。
「それ、だけ?」
「…………うぅ」
もっともされた側すると溜まったもんじゃない。
これまで意地悪をされ続けてきたルシアが、低い声で問いたくなるのも当然だ。
「それだけで、私を虐めてたの?」
「ご、ごめんよ! おいら達が悪かった!! も、もうお前にちょっかいなんてかけないし、近づくこともしないから!」
「いや……そうじゃないでしょ?」
「ひっ!?」
憤怒の形相で前進するルシアに、虎人の少年は後ずさる。
そんな様子に俺は冷や汗を感じる。マズイと頭が警鐘を鳴らし始める。
仕打ちを許せなくても当然だが、既に勝敗は決していた。
確かにこの悪ガキ共は間違ったことをしたけれど、自分の非を認めて謝ってるんだ。
だからそれ以上の暴力はもう――
「そんな自分勝手、ありえないから」
「や、やめて! もう殴らないで!!」
カメのように頭を抱える少年に、ルシアの手が伸びる。
俺が「よせ!!」と叫ぼうとした――次の瞬間だった。
「だったら――仲良くしようよ」
「……………………へ?」
彼女の掌は頬を叩くでも、胸倉を掴むでもなく、取ってくれと言わんばかりに差し伸べていた。
向かい合ったガキンチョ共は当然のこと、それを見ていた俺でさえも呆気に取られてしまった。
「友達、多いんだよね? 私もずっと羨ましかった」
「――――」
「私、こんな性格だから、本を読んでばかりで、友達がいなくって」
「――――」
「羨ましいだけで嫌いじゃないなら、友達の作り方を、教えてほしいの。代わりに魔法が使いたいなら、私がその、教えてあげるから……」
さっきまでの勢いが嘘のよう。
もごもごと、もじもじと照れ臭そうにルシアは言った。
「だめ、かな?」
「だ、だめって、お前……」
ようやく言葉を取り戻したガキンチョが、ぶるぶると震えた手を伸ばし返す。
「おいらのこと、恨んでないのか? 腹が立たないのか?」
「……虐められたことは恨むし、腹だって立ってる」
「だ、だったら」
「でも謝った。ごめんなさいしてくれた」
言って、ルシアはにこりと笑い返す。
「だからこれでおしまい。降参してる人を虐めることは、普通に虐めるよりも格好悪いことだから」
「――――」
…………プライドを捨てるのは難しいって、歳を重ねるほどに思う。
許し合うということは、言葉よりも遥かに困難なことなんだ。
だからこそ、あぁ――ルシア。
一時は心配したけど、お前に戦い方を教えて良かったよ。
お前は俺と違って、力を正しい方向に導ける人間なんだな?
「う、うん……うん……!」
泣きじゃくる少年を尻目に、俺は黙ってその場を後にする。
最期の思い残しがなくなったような気がした。これ以上喧嘩の授業は必要ないだろう。
だったら後に残っているのは何か?
そう――今度こそ騎士団ごっこを終わらせることにしよう。
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