酔いも醒まされる思いで


 訓練地として利用している空き地は居留区北東部に位置しており、立地的には中心街に近い。

 だから今の野営地まで行くには更に東へと向かって、総合学区前の大通りに沿って街道へ出るのが早い。


「店主、これを貰えるか?」


「へい」


 それなりにかかる道中を、俺は買った酒で喉を潤しながら歩く。

 かれこれ二週間以上となったキャンプ生活だ。今では余った獣の肉や皮を売って、小遣い程度の路銀が確保出来るようになった。


 そうやってアルコールがほどよく回ると気分も良くなる。慌ただしい日々ではあるし、ほぼほぼ路上生活者ではあるが、まぁやってみると存外に悪くはない。騎士団ごっこも、指導ごっこも、最近は程よい退屈凌ぎと感じつつある。


 どうだろうか? このままいっそのこと、そういう余生を過ごしてみるというのも。

 どうせハルナの追跡からは逃げられないんだし。畑仕事のスローライフも良いが、刺激という意味では中々どうして心地良い。


 もともと俺は喧嘩っ早いガキンチョであったから、どれだけ理性で抑えていても、トラブル好きな一面は残ってるんだと思う。

 そう言う意味では、連れてきてくれたハルナにも感謝すべきことがあるんじゃないかって――


「そうですか――ご協力ありがとうございます」


 と、そんな風に思っていた矢先であった。

 覚えのある声が聞こえてきたのは。


「失礼。ちょっとお話をよろしいでしょうか?」


 女は行き交う通行人――の中から魔術学校の生徒と思しき、ローブ姿の人物に聞き込みをしている。


「なるほど、お時間を取らせて申し訳ありません」


 どれだけそれを繰り返していたのだろう?

 一休みのつもりなのか、ふぅと息を吐いて壁にもたれかかったところで、俺は声をかけることにする。


「シヴィルか?」


「っ! スタンレーだ……スタンレーさん」


 この距離まで気づかないなんて、らしくもない。

 彼女はほんの一瞬ビクリと肩を弾ませると、それから気まずそうに目を逸らした。


「どうしたのですか? こんなところで」


「それはこっちのセリフだ。なんだってお前がこんな場所で聞き込みをしてるんだ」


「部外者には関係ない話で――」


「何か事件があったのか? お前が現場に出なきゃいけないほどの厄介事か?」


 団長が現場に出るなんてよっぽどのことであり、つい心配になって問い詰めてしまう。

 するとシヴィルはもう一度、さっきよりも重い息を吐いて、観念したかのように俺へ向き直った。 


「事件ではありませんよ。魔術委員会からの依頼です」


「委員会から騎士団に? 一体どんな事件が」


「ですから事件ではありません。保守的で神経質な委員会のことは、スタンレーさんも十分にご存じでしょう?」


「まぁ……それは」


 ベルネルト王国の叡智が集った総合学区。それを牛耳る魔術委員会。

 委ねられた権威相応の態度であった彼等のことは、俺もよく覚えている。


「でも、だからこそだろ?」


 が、それは同時に部外者の介入を嫌うことも意味する。


「どうして委員会が騎士団に頼み事なんかするんだ? よりにもよってあいつらが」 


「匿名の脅迫状が届いたそうなのですよ」


 と、俺の疑問に彼女は淡々と答える。


「長々と組織や体制への不平不満を並べていましたが、要するに『驕りと傲慢に対する裁きを下すぞ』と。具体的な日時や目標も定めずに」


「……それだけか? いたずらじゃないのか?」


「ええそれだけです。なのに委員会の上層部は顔を青くさせて……まったく、どれだけの恨みを買っているのやら。大方プライドを捨てて私達を頼ったのも、容疑者が多過ぎて、自分達の手では負えなくなったからでしょう」


 シヴィルの呆れる気持ちが手に取るよう分かってしまった。保守的かつ強権的なのに、神経質の怖がりと来たもんだ。

 それに確かに脅迫文句ではあるが、具体性もなければ悪戯の範疇も超えちゃいない。


「無論、まったくの事件性がないわけではありません。ここ何年かでも総合学区内では数件のボヤ騒ぎがありました。良くも悪くも実力至上主義なところがありますからね、ここは。追い出された者が逆恨みに転じることも、まぁそれなりと言ったところでしょう」


「それで聞き込み調査か?」


「聞き込み兼、護衛です。何かあればすぐに対応出来るよう、三人チームの交代制で行っております」


 と、シヴィルは視線を道の反対側に寄せる。

 するとそこには名前も知らない団員達が、緊張気味に右往左往していた。

 警備にしては最高戦力というか、過剰戦力の騎士団団長と組まされてるんだ。初日に見かけた二人とも違って、たぶんここ最近の新人なんだろうと思う。


 故に――


「だからって、どうしてシヴィルが?」


 杞憂に終わる可能性が高い案件に、連れの新人はともかくとして、彼女が直々に関わることが不思議だった。


「貸しを作るためですよ」


「貸し?」


「委員会と騎士団の溝は歴史的に深い。腹黒い連中だと突き放すのは簡単ですが、そのままではいがみ合うことしか出来ません」


「――――」


 俺は絶句した。

 何でもないようでいて、そこには大層なスケールが秘められていた。

 居留区だけじゃない。かつて俺には出来なかったことを、彼女は果たそうとしているのだと。


「シヴィル、最近眠れてないのか?」


 そして同時に気付いたのはその目だ。

 化粧で誤魔化してはいるが、目元に薄っすらと影が差している。


「三日ほどです。大したことではありません」


 が、それさえも彼女はあっさりと返した。


「……騎士団は楽になったんじゃなかったのか? 昔より事件も少なくなったって」


「えぇ。ですからこれはしわ寄せみたいなものです。市井に安心安全を保障する分、部下にゆとりを与える分の」


「それは……」


 根本的な解決になってるんだろうか?

 シヴィル一人に負担を押し付けてるだけなんじゃないか?


「勘違いしないでください」


 が、そんな俺の思考を読み取ったかのように、彼女はバッサリ切り捨てる。


「どうせ貴方は『自分が後釜に据えた所為で』なんてことを思っているのでしょう?」


「それは……」


「ハッキリ言いましょう。思い上がりです。これは誰かから強制されたわけではなく、義務感に突き動かされた結果でもない。私自身がそうしたいから、そうしているだけなのです」


 シヴィルはクマの浮かぶ目で、それでも強い意志を込めながら続ける。



「私はこの国をより良くしたいと願っている。今日よりも明日。明日よりも明後日はと」


「そうしてきて三年。まだまだ道半ばです。古くから続く魔術委員会との軋轢。王室官僚の腐敗更生。居留区との融和も進みつつはありますが、まだまだ完璧とは言い難い」


「それを少しでも良くして後世に託せるのならば――この程度の鞭はかすり傷にもなりません」



 俺は言葉が出なかった。

 陳腐な言い方だけど、後光が差しているように思えたのだ。


 あぁ……最初から疑っちゃいなかったけど、もう疑う余地もなかった。

 彼女は立派な騎士団長なのだ。俺よりも遥かな高みへと至った、この国の真の守護者であると。


「ですが……まぁ、その」


 が、次の瞬間である。

 さっきまでの堂々たる口ぶりとは違って、突然もごもごとした口調へと変わる。


「それでも、私はちっぽけな一個人ですから、どうしても限界はあります。些細なことでも、補佐を買って出る人がいてくれれば、有難いのですが……?」


「…………」


「無理にとは、言いませんけど……」


「……………………だよな」


 俺は彼女の言いたいことを察する。皆まで言わずともって話だ。

 本来補佐をすべき『アイツ』がシヴィルの傍におらず、あろうことかロートルに躍起になっているのだとすれば。


「大丈夫だシヴィル。すぐにお前はよくなる」


「え?」


「ずるずるやっちまったことが良くなかったんだ……反省するよ、まったく」


「だ、団長?」


「反省するよ、まったく」


 申し訳なさに急き立てられた俺は踵を返し、スタスタとその場を後にする。

 半分以上残していた酒も逆さに向けて捨ててしまった。身の程も知らず、浮かれていた自分を恥ずかしく思いながら。

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