事件探しと訓練


 それからも度々『事件探し』は続いた。

 ハルナの事件簿は膨大で、個人で調べ上げたにしては驚嘆に値する。


「居留区には詐欺師が現れるそうです。伝説の聖剣エクスキャリバーとやらを携えながら民家に押し入っては、軍資金の為だからとタンスや壺を漁っていく――いわゆる『魔王討伐の為だし仕方ない詐欺』が」


「誰が引っかかるんだその詐欺」


 が、そんな努力とは裏腹に、そのどれもがゴシップの粋を出ていない。

 ある時は手口が直球過ぎる架空の詐欺師のこととか――



「爆弾魔がいるという情報がありました」


「ほう。爆弾魔」


「なんでも一兆万トンの火薬を保有しているそうです」


「一兆万トン」


「被疑者はこう要求しているそうです。『王宮を爆破してほしくなければ、この街のありったけのお菓子を三番街の角に集めろ』と」


「ありったけのお菓子」


「なんと卑劣な犯罪者……!! 王宮を盾に自らの欲望を果たそうとは……!!」


「それ絶対近所のガキの悪戯だろ」


 ある時は子供の悪ふざけを真剣に受け止めて――



「連続殺人犯が現れました!!」


「ほう。連続殺人犯」


「奴は夜な夜な現れるそうなのです!! バーフィール通りに入って二つ目の交差点を右に曲がって、三つ目の路地を左に、そこから四つ目の家屋のドアをコンコンと鳴らして『入ってますか?』と伝えると、見上げるほどに大きな河童が尻子玉をぬいてくるという都市伝説が!!」


「解散」


 ある時は――というかしまいには都市伝説と言い切りやがった。

 もはやソースもクソもあったもんじゃない。そんなアホらしい犯罪者がほんとにいるもんなら、鼻からスパゲティを食ってやるレベルだ。


 故に空振りは続く。

 一日二日――三日四日と――。



「ちゃんと前を見ろ。俯いたままじゃあ当たるもんも当たらない」


「は、はひっ!!」


 そうする傍ら、ルシアへの喧嘩指導も続いた。

 とは言っても本当に喧嘩させたいわけじゃない。平和的に解決するならそれが一番ではある。


「こ、こうですか!?」


「もっと脇を締めろ!!」


「こうですか!?」


「重心がブレてる!! もう一回だ!!」


 しかし不謹慎ながら、楽しいと思う気持ちもあった。

 才があることもそうだが、やはり真剣な子供は飲み込みが早い。かつてのハルナやシヴィルに指導していた時のように、『こいつは何処まで行くんだろう?』というワクワク感を思い出してしまったくらいだ。

 だからメキメキと実力を伸ばす様に、つい興が乗ってしまい――


「はぁ!!」


「おあっ!」


 かように討ち取られてしまった。

 試しに突いてみろと、剥き出しに晒した俺のボディが。


「い、いいパンチ……するように、なったじゃないか……」


「ス、スタンレー師匠!? お師匠!?」


 子供と思って侮るべきではなかった。まさかみぞおちを的確に突かれて、ノックアウトされるだなんて。


 …………

 ……………………

 …………………………………………


「そ、その……スタンレー師匠?」


「ああ、もう大分良くなった」


 おずおずとルシアから差し出される水を飲みながら思う。

 いくら老いたとは言え、こんな小さな子供にやられるだなんて。我ながら情けないもんだ。


「しかし良いセンスだ」


 俺は腹を擦りながら言う。


「正しい場所に正しく突けてた。この調子なら大人顔負けだろうな」


「す、すいません!」


「おいおい。責めちゃいないさ」


 真っ青な顔で謝ろうとする彼女に言う。

 ダウンしちまったのは俺が不甲斐ないからだ。後ろめたさなんて感じる必要はない。


「近い内にこうなるだろうって分かってたしな」


「分かってた?」


「ああ」


 俺は頷きつつ、周囲を軽く見回す。

 今朝方のゴシップ騒ぎで散々叱ってやったから、今ハルナはここにいない。


「ルシア。お前は自分で気づいてないだけで素質があるんだ」


「素質?」


「オドのこと、お前も学校で聞いたことがあるだろ?」


「ええと……この世のありとあらゆる生物の力の源で、大気中に存在するのがマナで、個人に宿るのがオド……でしたっけ?」


 テキストをそのまま復唱したかのような物言いに、俺は相槌を打って返す。


「魔術師も騎士もその利用法は違うが、根本的には同じもんで動いてる。それは誰にでもあって、たとえるなら骨や筋肉みたいなもんだと言っても過言じゃない」


 故に大人になるにつれ、オドの含有量は見違えるほどになる。訓練をしていればさらに伸びるという点も。


「でも中には生まれつき身体のデカいやつがいるように、小さい頃からオドをたくさん持ってるやつがいる」


「そ、それが私、なんですか?」


「魔術の勉強をしてるからってのも関係あるだろうけどな」


 本当に気づいてなかったんだろう。

 他に誰もいないのにキョロキョロと別人を探すようにして、やがて遠慮がちに自分を指差すルシアに、俺は吹きだしそうになってしまう。


「とは言っても素質はただの素質でしかない。慢心は禁物だ。大成するのは真面目にやってる奴に限る」


「は、はい」


「俺の教えたこと、ちゃんと覚えてるな?」


「うらまない、ごまかさない、くさらない、いばらない、ねたまない」


 そうだ。かつて俺はそう教えられ、そう教えてきた。

 言葉として分かっていても実践し続けるのは難しい。ましてや下手に人よりも力をつけてしまったら。


「飽くまで今教えてるのは護身。集中を妨げる目先の問題を解決する為だけで、お前の目標は別にある。それは何だ?」


「いっぱい勉強して学院に入って、立派な魔術師になって、お母さん達に楽をさせてあげたい!」


 彼女の言う『お母さん達』というのは、レイレナッド教会が運営する孤児院のシスター達だ。

 ただでさえ気苦労をかけているのに、自分のいじめが原因でこれ以上悩ませたくないと、訓練の後に教えてくれたことがあった。


「ならその原点を忘れるなよルシア? 人生ってのは長いんだ。目的と手段を履き違えるな」


「はい!!」 


 と、元気な声を返したくれたところで、そろそろ切り上げ時だと思った。

 間もなく日が落ちる頃だし、そろそろなのだ。何時ものように迎えが来るのは。


「ルシアさん」


「あ、先生」


 思った矢先だ。

 ハイデンさんが空き地に姿を現した。


「これを」


「はい」


 ここ数日間で全てが一連の流れのようだった。

 学校の授業を終えたルシアと空き地で訓練をして、それが終わるとハイデンさんが迎えにきて、まずはルシアに水分補給をさせる。


「んん! けほっ! こほっ!!」


「おいおい慌てて飲むなよ」


 しかし今日は少々興奮していたのか、彼女はむせてしまう。

 俺はハンカチを差し出し、口端から零れた液体を拭いてやる。

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