予想外の一言
――失礼します……すぐに、元に戻りますので……。
賭場を出て、間もなくのことだった。
そう言い残して、ハルナはふらふらと何処かへと去ってしまった。
自信満々でありながら空振ったことが余程ショックだったんだろうか? にしたって今更なような気がするもんだが。
「まぁ……好都合ではあるけど」
一人残された俺はそう呟く。彼女が騎士団ごっこの壁にぶち当たってくれることは、いい経過だと思ったのだ。
ハルナがこうも躍起になってるのは――俺の手柄を立てようとしてるからだ。
顔を隠し、身分を伏せていることもそう。俺の必要性を騎士団に証明するために、俺の手で事件を解決させようとしている。
元々嘘が下手くそな彼女である。そんな魂胆には最初から気付いていた。
だからこうして穏便に、自ら諦めてくれることが何よりなんだが――
「どうして、だろうな?」
それでも俺はもう一度、返ることのない独白を口にしてしまう。
世迷言だと理性が訴える。実際にそうだと思う。
俺はもう騎士なんてやれないって……自分でも十二分に理解してるのに。
「やめだやめ」
しかしそれを深くは考えない。
考えたらドツボだ。それよりも折角手に入れた、束の間の自由を謳歌しようじゃないか。
もっとも金もなければ目的もない。出来ることと言えば散策する他なく、無意識の内に見知ったルートを辿ってしまう。
中央街から総合学区へ。総合学区から商業特区へ。商業特区から……などなど。
公園、大橋、見張り塔、水路、屋台と……見知ったものである筈なのに、道中で何度も迷いそうになってしまった。
「ふぅ……」
そうして最後に居留区へとトンボ帰りする頃には、日が暮れつつあった。
また今晩の野営地を探さなければならないと、そんなことを考えて始めた折だった。
「あっ!!」
悲鳴のような甲高い声が上がる。
見れば明らかにサイズの合っていない、大きな丸眼鏡をかけた少女が、俺を指差しているではないか。
「お前は……」
見覚えのある兎人の子供だった。
白い体毛に赤い瞳。それにピンと細長く伸びた耳が記憶に残っている。
「せ、先日はどうもっ! あ、あ、ありがとおございました!!」
「えぇと……?」
「あ、あの、その! わ、私はこの間、こ、こ、この辺りで意地悪されてて、そ、それで、助けてもらって、そ、それからあなたを、探してて!!」
よほどテンパってるのか、主張は支離滅裂の極みであった。
自分から話しかけてきたというのに、目をぐるぐると回している。
「ああいや、お前のことはちゃんと覚えてるぞ」
そして俺が返事に躊躇ったのも記憶にないからではない。
どのように呼ぼうか考えてしまっただけだ。
「名前は?」
「ル、ル、ルシア」
「そうか。ルルルシアって言うんだな」
「ルシアでひゅ!!」
よし。冗談にもちゃんとツッコミ返せるなら上出来だ。
テンパってても頭は回ってることだろう。
「で? なんのようだルシア? また悪ガキ共に虐められたか?」
「あ、ああいえ!! そうではないんですけど、そうでもないというか、それも関係あるというか……」
「…………」
相変わらず要領を得ないが、俺は口を挟まずに待つ。
動揺してる被害者ってのは下手に急かすべきじゃない。焦らず十分に時間を与えてやって、確実に聞き取ることが大事だと知っている。
「あの、その!!」
だがしかし。
だがしかしである。
「わ、わたしに――喧嘩の仕方を教えてくださぁい!!」
「…………は?」
そこから出る発言が予想外とくれば、却って俺が混乱することも止む無しなんだが。
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