またしても独自調査2


「何処の回しもんか知らないけれど」


 彼女は変装するハルナの、唯一露わになっている目を見ながら言う。


「只人がズカズカと乗り込んできて、一体どういうつもりだい? あたい等が細々とやってる、こんな善良な酒場を荒そうだなんて」


「……不認可の賭場の間違いであろう」


「馬鹿言っちゃいけないよ。ここは単なる酒場で、意気投合した客同士が勝手にゲームを始めてるだけさ。飲食代と席代を払ってくれんなら、そこで客がどのように過ごそうと、あたいが関与する権利はないからねぇ」


「屁理屈もここまでくると見上げたものだ」


「お褒めに預かり光栄だよ。気に食わないなら騎士団にでも通報すればどうだい? もっとも今の騎士団長さんはあたいら亜人のことを理解してくれてるし、もめるのは本望じゃないけどねぇ」


 のらりくらりと躱すジェイルに、あからさまに声色を低くするハルナ。

 確かに違法は違法だが、彼女のようなタイプを打ち負かすのは相当キツイと思う。


 ましてや――


「ハルナ。それが本題じゃないだろ?」


「は、はい。分かっています」


 俺がこっそり呟いてやると、ハルナは頷き返す。

 ここに来た目的は違法賭博の摘発なんかじゃない。


「こほんっ……この賭場は捨て置いてやる。それよりも貴様に聞きたいことがある」


 もっともこの賭場と狂戦士がどう関係しているかは、俺も資料を流し読みで預かり知らぬことであったが。


「貴様の虎の子は何処にいる?」


「虎の子? なんのことだい?」


「貴様が抱えている用心棒だ。貴様等ロングストーンファミリーの狂戦士と呼ばれる男のな」


 程なくしてそれは明かされる。

 まさかギャングの用心棒だったとは。


「狂戦士?」


 しかし当の本人、ジェイルは素っ頓狂な声を上げる。


「とぼけるな。アルティメットスーパー亜人3を出すのだ」


「ん? アルティメット……スーパー……なんだって?」


「アルティメットスーパー亜人3を出せ。空を飛び、大地を穿ち、海を切り開く無敵の巨人を貴様が抱えていることはまるっとお見通しだ」


「え、えぇと? ねぇお兄さん? この娘ちょっと頭がアレなんじゃない?」


 恥じることなくパワーワードを連呼するハルナに、ジェイルが俺に向かって不安そうに語りかけてくる。

 ギャングの長がこの反応だ。やっぱりそんなもんは存在するわけなかったのだ。


 あぁすまん。頭がおかしいことは認める。

 でも俺の監督不行届にしないでほしい。こいつがこうなのは元々で俺の所為……じゃない筈だから。うん……たぶん……そう思いたい。


「何時まで惚けるつもりだ? 貴様が無敵の用心棒を抱えて、他のファミリーを牽制しているのだろう?」


「他のファミリーを牽制って……あっ! ひょっとして!!」


 それでも食い下がるハルナに、やがてジェイルは何かに気付いたかのように手を叩いた。


「あんたあの与太話を本気にしたのかい!?」


「「は?」」


 与太話? 与太話だって?


「半年くらい前にうちの抗争相手……じゃなくてライバル店で起こったって事件のことさ」


 呆気に取られる俺達を前に、ジェイルは肩を竦めて見せた。


「突然乗り込んできた男が酷く暴れたらしい。なんでもテーブルを紙切れみたいに振り回して、アジトを半壊させちまったんだとさ」


「…………」


「あいつらのやり方は気にくわなかったし、まぁざまあみろって感じだったけど、ホントかどうかはかなり怪しいと思うよ? 十中八九、内部抗争によるもんだろうねえ。組織の脆さを外に知らせたくなかったから、正体不明の狂戦士の所為にしたんだろうって」


「なら、お前がそれを抱えてるって話は?」


 俺がそう聞き返すと、ジェイルは苦笑を浮かべる。


「噂を利用させてもらっただけさ。やったことをやってないように振舞う。やってないことをやったように匂わせる。そうやって連中にありもしない恐怖を抱かせ、警戒させるのがあたしのやり方さ」


 つまりだ。

 そんな男は最初から存在していなくて、牽制の為だけに彼女がそう匂わせていたということで――


「ちなみにあんたの言ってる用心棒とやらはそこで伸びてるよ。一応はうちのファミリーで、一番の腕利きだったんだけどねぇ?」


 当の目標はとっくにノックアウトされていた、とのことだ。

 ジェイルが指さしたのは、さっきハルナが投げ飛ばした蜥蜴人である。アルティメットスーパー亜人3とやらは、開幕数秒でリタイアしていたのだ。


「おいハルナ」


「…………」


「おいコラ」


「……………………」


 またしてもこんなオチだ。

 分かってはいたけど、責め立てられずにいられない。


「はぁ……邪魔したな」


 が、ここで説教に入るわけにもいかない。

 俺はすっかりフリーズしてしまったハルナの手を取り、ジェイル達に軽く頭を下げては、そそくさと退店しようとする。


「ねぇお兄さん」


 と、そんな去り際に声をかけられる。


「その娘のこと、ハルナって呼んだよね? ひょっとして、いやまさか……」


 ジェイルはじっとハルナの背を見つめている。

 顔を隠していても名前一つでこれだ。ギャングの長をやらすには勿体ないくらいに、頭の回転が速いと思う。


「じゃあ俺は?」


 だから俺は振り向いて、ありのままに晒した顔で言う。


「あんたは……いや……ううん?」


「それが答えだ。お前の想像してる人物が、お前が思い当たらない奴と一緒にいるわけがないだろう?」


 思案投げ首の様子から視線を切り、俺は早歩きでその場を後にした。

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