またしても独自調査


「この居留区には狂戦士バーサーカーが現れるそうです」


 明くる早朝。

 俺よりも早くに目を覚ましていて、さも当然のように付いて来るハルナが言った。


「バーサーカー?」


「はい。痛みも疲れも知らず、思うがままに破壊の限りを尽くす亜人です」


 それは言うまでもなく彼女の『独自調査』によるものであるが、昨日に続く二つ目から早速もってゴシップ臭が漂う。

 なんでも見上げる程の大きな岩石を紙切れのように振り回すとか、切られても刺されても即座に傷が塞がるとか、仕留めた人間を丸呑みにしてしまうとか……神話時代の三頭獣のようなとんでもスペックが語られる。


「亜人達は口を揃えて言います。あれはもう単なる亜人ではないと」


 しかしハルナは大真面目に続ける。


「これは最早――アルティメットスーパー亜人3だと!!」


「アルティメットスーパー亜人3」


 なぁ、おい。俺はそのパワーワードに何処から突っ込めばいいんだ?

 なんだネーミングセンスとか、アルティメットなのかスーパーなのかどっちかにしろとか、2のナンバリングは何処にいったんだとかさ。


「で? お前はどうしたいんだ? その……アルティメット? パーフェクト亜人とやらを」


「アルティメットスーパー亜人3です」


「どっちでもいいわ。そんな大怪獣をどうしろと?」


「もちろん検挙するのです。我々の、スタンレー団長の手によって!」


「無茶言うな」


「さぁ行きますよ団長!! アルティメットハイパー亜人は待ってくれませんよ!?」


「聞けよ」


 お前も呼び方変わってんじゃねーかと思いつつも、俺は意気揚々と先導する彼女の後に続く。

 先日とは違って大通りの開けた道を進んで、背丈ばかりが高い建物へと行き着く。造形美はおろか機能美さえも感じられぬ、ベニヤで作った小屋をそのまま大きくしただけのようなものだった。


 ぐわんぐわんと揺れるスイングドアの先には、真っ赤な顔をした亜人で満ち溢れていた。

 日雇い労働者向けの酒場なんだろうか? 夜勤を終えた後と思しき土に汚れた客連中が、朝っぱらから盛大に盃を交わしあっている。


「こちらへ」 


 そんな酔っ払い共を尻目に、ハルナは奥の席へと進んでいく。

 窓からも入口からも見えぬよう仕切りに遮られたそこは、テーブルの上に酒や料理が並んでいない。


 代わりに敷かれているのはコインとカードだった。

 もうその時点で何をしているのかが分かる。彼等はその日の稼ぎを担保にしているのだと。


「あ? んだよテメェら?」


 そんな非公式な賭博故か、入った途端に睨みつけられた。

 筋骨隆々な身体に煙草をふかした蜥蜴人だった。腰に伸ばした手の先には短刀が収まっている。邪魔をするなと、そう言いたいのだろう。


「貴様らに聞きたいことがある。ジェイドはここにいるか?」


 しかしその程度で狼狽えるハルナではない。

 微動だにせずに堂々と問い掛けた。


「はぁ……女かよ」


 顔を隠してはいるが声色で判断したのだろう。

 やれやれと言わんばかりに男は席を立つ。


「帰んな。ここは女子供の来るところじゃない」


「質問が聞こえなかったか? ジェイルを出せと言っている」


「帰れ。二回も言わせんな」


「私にも二度言わせるな。ジェイルは何処だ?」


「ははっ。どうやら痛い目をみねえと……わかんねえようだなぁ!!」


 と、男はハルナの胸倉に手を伸ばす。締め上げて脅そうとでも思ったのかもしれない。

 しかしそれは悪手だ。あまりにも無警戒過ぎる。


「――え!?」


 だから伸ばした手を掴まれ、絡み取られ。

 そうされてなおも呆気に取られることしか出来ない。


「せいっ!!」


「ぐぇ――ぐあああっ!!」


 目にも追えぬ、流れるような一連の動作だった。

 裏拳で顎への当て身。そうして体幹が崩れた瞬間の投げ飛ばし。

 ズシンと巨体を叩きつけられたテーブルは、その天板だけで衝撃を殺しきれず、ぼきりと足をへし折って倒壊した。


「お、おい!! おい!?」


 慌ててテーブルに座っていた一人が歩み寄るが、男は完全に伸びていた。

 ぺちぺちと鱗まみれの頬を叩いたところで、起き上がる様子はない。


「これが最終通告だ。ジェイルを出せ」


「――――」


 そうしてハルナが続けると、酒場はしんと静まり返る。

 野蛮ではあったが、たった一撃で知らしめたのだ。ここにいる誰もが束になってかかっても、彼女に敵いはしないと。


「で? ジェイルってやつはいるのか?」


 俺は舞い上がる煙草の灰をぱたぱたと払いつつ、近くの一人に問いかける。


「は、はいすぐに――」


 するとその男はビクリと肩を跳ねて、脱兎の如く店の奥へと逃げた。

 俺もハルナと同類だと思われたのだろう。

 しかしそれはとんだ誤解だ。気質とかそういうもん以前に――今の俺に同じ芸当は出来ないんだから。


「まったく……騒々しいねえ」


 そうして間もなくのことだ。

 やがて現れたのは緑鬼族のような大男――ではなく、むしろスラリとした四肢に、艶がかった金色の体毛をまとう人狐であった。

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