独自調査2


「ス、スタンレー正義団!?」


「スタンレー団長の名の下に独自の正義を執行する自警団だ。故にスタンレー正義団である。運が悪かったな小悪党。貴様の悪行はスタンレー団長の手によって暴かれる」


「おいコラ」


 ごっこにしても俺の所為にするな俺の名前を出すな。


「あ、悪行って……」


「お前が麻薬をここで売りさばいていることは分かっているのだ」


「そんな!?」


「神妙にお縄につくといい。抵抗すればするほど罪は重くなるからな」


「ち、ち、違いますよ姉さん!! あっしはそういうもんを売りさばいてるんじゃなくて!?」


 が、迫るハルナに魚人は妙に慌てふためく。

 何を企むでもなくわたわたと、まるで予想だにしなかったと言わんばかりの、そういう反応だった。


「あっしが売りさばいてるのは麻薬なんかじゃありません!」


 と、前に広げた手をぶんぶんと振って、水かきから水滴を散らしながら、



「これは単なる――媚薬なんですから!!」


 なんてことを宣った。



「は?」


「は?」


 俺とハルナの絶句が重なる。聞き間違いじゃないかと思えた。

 いやだって……媚薬? 麻薬じゃなくて媚薬だって?


「上の風俗店で売ってるもんより数倍は効くもんでさぁ。ほ、ほら見て下さい」


 言って、男は瓶の中身をたらりと地面に零す。

 するとそこに通りがかったネズミがチューチューと啜って、全身をブルブルと震わせたかと思いきや、眼前の別個体に跨って腰を振り始めた。


「…………」


「…………」


「ね? ね? 見ての通りでしょう?」 


 問いかけに俺は声も出ない。

 何が悲しくてネズミの交尾なんぞ見なければならんのか。

 っていうかツガイもツガイで雌だったんだろうか? もうオスメス関係なしに盛り合ってない?


「これがあれば燃え上がること間違いなし。夫婦円満子孫繁栄間違いなしって評判でして」


 燃え上がるどころか爆破炎上してねーか?


「そ、そりゃあちょっと? 一般のもんより成分はマシマシにしてやすけど? で、でもでも、後に残っちまうような、危ないもんは何一つ入ってないんでさぁ!」


 ある意味で麻薬以上に危ない気がするが?


「だ、だから人を廃人にさせちまうようなもんとか、そういう一切合切はお断りしてやす!! あっしは今の騎士団長さんと同様、昔から争いごとが嫌いな……そう! 言うなれば愛と平和の使者ってやつですから!!」


「…………」


 矢継ぎ早の言い逃れに呆れつつ、どうしたもんかと思う。

 一時はまさかと思ったが、蓋を開ければ案の定であった。違法かどうかすらも曖昧で、目くじらを立てるほどのもんでもない。


「なぁハルナ」


「…………」


「ハルナ?」


「…………」


 が、ハルナの態度は軟化していない。

 むしろさっきよりも圧が強まっていて、睨みつけるような目をしていた。


「お、おいハルナ!!」


 まさか検挙するつもりか? 正規の騎士団活動でもないのに?


「ハルナ!!」


「貴様――」


「よせハルナ!! そんなことしたってシヴィルは納得しないし、むしろ却ってトラブルに――」


「どの程度燃え上がってくれるんだこれは? 何滴垂らせば私を襲ってくれる? それ次第では言い値で買うぞ」


「って興味持ってんじゃねーよ!!」


 いやそっちかよ!?

 何処に真面目くさった顔をしてんだお前は!!


「そ、そりゃもう……? 二、三滴垂らせば、どんなお堅い男でも……」


「そりゃもう?」


「……むふふっでさぁ」


「ほうほう……むふふっ」


「むふふっ、じゃねーよ!! こっち見ながらほくそ笑むな!!」


 そんでもって誰に盛ろうとしてんだ馬鹿ハルナ!?


「そんなことより団長、ちょっと喉が渇きませんかね?」


「話の変え方下手くそか!!」


「ちょうどここによーく冷えたお茶があるのですが、飲みませんかね?」


「この流れで飲む奴いると思う!?」


 それもダバダバとこれ見よがしに瓶の中身を注いでおいて!?

 誰がそんな水筒に口をつけたいと!?


「ええい大人しく飲んでください!! これで既成事実が生まれれば貴方は副団長わたしの夫です!! つまり騎士団に帰ることも止む無しということでですねぇ!!」


「目的と手段が倒錯してんだよ!! 押し付けるな飲まそうとするな!! えぇいこのっ!!」


「あっ!!」


 ハルナから押し付けられる水筒を、俺は隙を見てどうにか弾き飛ばす。

 そうやってくるくると宙を舞い、中身を散らす様にほっとしていると、


 ――バシャアアアアアア!


「うおぉ!?」


「あ」


「あ」


 不幸にもぶちまけてしまった。

 俺でもハルナでもない、魚人の男へと。


「お、おい大丈夫か!?」


 不可抗力でも失態だ。俺はすぐに駆け寄って様子を窺う。

 見る限り怪我は負っておらず、ぬるいお茶がかかっただけみたいだ。


「旦那……♡」


 が、すぐに異変に気付く。

 お茶は温くとも、声色に熱がこもっている様に。


「旦那ぁ!! もう我慢できませんっ!!」


「うお!?」


 そしてすさまじい力で押し倒される。

 鱗塗れの魚人は、青白い皮膚からも分かるほどに上気させて、はぁはぁと荒い息を吐いていた。

 こりゃヤバイと思ったのも束の間。すかさず水かきのついた手が、ごそごそと俺の衣服を脱がし始める。


「旦那ぁ♡」


「ちょ、やめっ!!」


「き、貴様ぁ!! 私の団長に何をする!? よもや私の目の前で私の脳を破壊するつもりかぁ!?」


 いやそう言う問題じゃなくて!? 

 ってかやめろ!! 腰を掴むな尻を撫でるな!! 

 た、助け!! だ、だれかぁぁぁぁぁぁ!! 騎士団呼んできてくれぇぇぇぇ!!

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