独自調査


「違法薬物……ねえ」


 俺はハルナから手渡された『独自調査による調書』……という名の殴り書きを見ながらぼやく。

 他国出身ということもあって彼女の字は昔から汚く、思春期にありがちな妄想集の類に感じられた。


「はい。この居留区を中心に広まっているそうです」


 そんな俺の内心も露知らず、彼女は爛々とした目で続ける。


「噂が流れ始めたのは半年ほど前のことです。ならず共が夜な夜なひっそりと、この街の片隅で薬を取引していると」


「ほう。それはどういう薬だ?」


「そ、それはもちろん、麻薬に違いありません!!」


「どういう種類の麻薬だ? ドレイクの根か? それともヌーベアの木か? 或いはマタンゴの胞子を煎じたもんとか」


「ぜ、全部です!! 有害成分マシマシの、そりゃもうヤベー薬が出回ってるのです!!」


「ヤベー薬とな」


「本当です嘘じゃありません!! だってならず者が人目を避けるようにですよ!? 絶対怪しい薬に違いありませんから!!」


「はぁ……」


 ちょっとつついただけでこの有り様だ。今しがた思いついたかのように捲し立てられる。

 適当に事件をでっちあげるにしても、もう少し詰めてこいと思った。


「で、何処に行けばいい?」


 しかし今の俺でハルナを振り切ることは出来ない。

 振り切れない以上はシアトラ村に帰れず、たとえ帰れたとしても再び連れ戻されかねない。


「調査ならとっとと済ませよう。場所を教えてくれ」


「だ、団長……!」


「どうした? それとも根拠もない真っ赤な嘘だって認めるのか?」


「い、いえ! いえいえいえいえ!!」


 だからこれは騎士団ごっこみたいなもんだと、そう思うことにした。

 何度かやって空振りが重なれば、いずれ彼女も諦めてくれるだろうって。


「場所は既に特定しているのです! どうぞこちらへ!!」


 と、彼女は身に着けたローブを翻す。頭髪の大半はそれによって覆われ、口元も巻き付けた手ぬぐいで隠している。

 彼女が言うには『居留区を調査する上で、余計なトラブルを起こさぬ為の変装』とのことだ。

 居留区には亜人による自警団が存在するから、証拠もないまま騎士団にうろつかれることを彼等は嫌う。それ自体は間違いではなく、先日酒場で顔バレしてしまったことからも、警戒心を強める理由にはなっている。


 が、俺は知っている。 

 ハルナが顔を隠しているのはそれだけじゃない。

 むしろそんなことは建前でしかなく、本当に望んでいるのは……。


「この道を進んで……次は左に……その次は右に」


 と、あれこれ考えている内に入り組んだ細道へと至る。

 建物の間に挟まれた路地裏だ。人一人が通るだけでやっとのスペースであり、その半面ヤケに長く続いていて、右へ左へ曲がる度に暗くなっていくような気がする。


「ここです」


「ここは……一体?」


 やがて辿り着いたのは小さな入口だった

 一見すると単なる行き止まりだが、そこに敷かれた布を引き払うと、地下水路へと繋がる鉄蓋が現れる。


「降りましょう。足元に気をつけて」


 梯子を下りた先は暗闇ではなく、ランタンが等間隔に据え付けられていた。

 まるでこちらへと誘うかのようだ。そんな灯りを目印に進んでいくと――


「へへっ……らっしゃい」


 汚れた通路に腰を下ろした魚人が、俺達に気付いてニタリと口角を歪ませた。

 あまり健康的ではなさそうで、青白い皮膚にはハリがなく、種族特有のギザ歯もその半分が欠けている。 


「あんたベルネルト人かい? わざわざここに来たっつーんなら、おたくも相当好きものだねぇ?」


 語り掛けられる内容なんて右から左だった。

 こんな下水道で露店……という異様さもさることながら、ラインナップがどう見ても普通じゃない。いずれもが見たことのない、毒々しい色をした薬瓶で埋め尽くされている。


「ここにあるのは――」


 俺は問いかけの途中ですっと息を挟み、まさかまさかという気持ちを落ち着かせる。


「ここでしか売れないものなのか? 上で買えたりとかは?」


「ははっ! 馬鹿言っちゃいけねえよ旦那!!」


 質問に魚人は膝を叩いて笑う。


「ここにあるのは劇薬だ。飲みもんに数滴たらすだけで――飛ぶぜ?」


「…………」


 俺はチラリと目配せをした。

 彼女はこくりと頷き、そっと腰に手を当てる。


「よくよく見たらツレは姉ちゃんか? ははっ!! ってことは旦那、要するにアレを楽しもうとして――」


「動くな」


「え――ひ、ひぃっ!?」


 音もなく突き出したハルナの短刀に、魚人は悲鳴を零す。

 分かってはいたけれど、長物は鞘に収まったまま。


「ここで違法薬物を取り扱っているという噂を耳にしたが……どうやら当たりだったようだな」


「あ、あんた達は一体?」


「私達は……その……」


 今度は彼女から俺へと向けられる視線。

 一応俺は首を横に振っておく。正規の調査じゃないんだし、騎士団の名目にすべきではないだろう。


「私達はスタンレー正義団だ」


「おい」


 とか思ってたら、とんでもない名前を出しやがった。

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