野宿の夜にて


「お言葉ですが、スタンレー団長は人が良すぎるのです」


 それは王都から幾ばくか離れた草原の一画――要するに野宿である。

 パチパチと、メラメラと燃える焚火を前にしながら、ハルナの小言が耳を突く。


「寝るところさえ定まっていない状況下で、他者に手を差し伸べる人がいますか? それは人として美徳かもしれませぬが、そういうことはもっと余裕をもってからすべきかと」


 と、近くの川で取れた、こんがりと焼けた魚を手渡しながらだ。

 その点はまったくもってその通りだと思う。そういった苦言の類はシヴィルにもよく浴びせられたものだ。


「ですが――」


 ハルナはにこりと微笑む。


「団長らしくてハルナは嬉しいです。やはり団長は昔と変わらず、誰よりも誰かを想う気持ちに長けている」


「馬鹿言え」


 そんなつもりはないと首を振って、渡された川魚にかぶりつく。

 香辛料に欠けた素朴な味の薄さは、長期遠征の懐かしい味がした。


「どうでしょう? 泊まる場所がなければ騎士団寮に来るというのは?」


「ない。しれっと俺を騎士団に連れ戻そうとするな」


「そんな企みは微塵もありません。私は傷ついた市民を保護したいだけです」


 と、彼女は痣や傷の残る俺の顔を見ながら言った。

 一応は酔って階段で転んだことにしている。本当のことを言ったらコイツは、団長の仇討だの何だのと抜かして、居留区ごと焼き討ちにしかねない。


「自分の不始末だ。こんなもんで転がり込んだら恥ずかしくて死ねる」


 それに正直に言ったら――夢を壊すような気がした。 

 それが誰の夢で、誰の為なのかは考えない。深く考えると余計に惨めになりそうだった。


「遠慮する必要などないのですよ?」


 が、ハルナは優しく俺の手を取って言う。


「騎士団の世話になれば野宿をする必要などありません。三食屋根付きの安心安全な寝床が保証され、おまけに今なら団員を指揮する特典までついてきます」


「いやだから寝床くらいは今みたいにどうにでも――ってやっぱり連れ戻そうとしてんじゃねーか!! なんだよ騎士団を指揮する特典って!? 本題が霞むぐらいにおまけが重すぎるわ!!」


「ちっ、ばれましたか」


「むしろ何でバレないと思った!?」


「ええい大人しく団長は騎士団に帰ればいいのです!! 団長の癖に生意気ですよ!!」


「尊敬したいのか貶したいのかどっちだよ!?」


「神よりも尊敬してるからこそ言うのです。団長ほどの御方が団長の地位に納まっていないなど、それはもう自己矛盾です。団長は生まれた時からのナチュラルボーン団長だというのに、団長が団長でないならそれは何ですか? 団長でない団長を何とお呼びすればよいのですか? 団長は団長であるからして団長であり、団長が団長をやめるということは団長が団長自ら団長を殺すということに他ならず、団長が団長を団長で――」


「団長団長うっせーわ!! 団長の概念をゲシュタルト崩壊させんな!!」


「本当に団長を辞めていいのですか!? 一度団長を辞めれば二度とは団長の道には戻れないのですよ!? 野良団長になっても構わないと!?」


「野良団長ってなに!? お前にとっての団長って何なの!? 新手の種族なの!?」


「団長は団長です。団長は団長の上に人を作りません」


「あああああああああ!! だからもう!! いやもういいわ!!」


 疲れる!! コイツと話してると疲れる!!

 前からそうではあったけど、前よりも思い込み悪化してねーかコイツ!?


「とにかく! 俺は騎士団に帰るつもりはない!!」


「むぅ……」


 俺は突っ込むことを諦めて、ピシャリと話を打ち切った。

 当然飲み込めてはいないのだろう。ハルナは不満たらたらに頬を膨らませる。


「っていうか、そもそもの話だけどな」


 それにそう。

 そもそもの話だ。


「お前さ――なんでここにいんの?」


 俺は焚火を始めてから、ずっと言いたかったことを口にする。

 野宿に誘いなどしていないし、場所すら教えていない。

 なのにハルナは先んじてテントを設置していて、当たり前のように川魚を取って来た。


「それはもちろん」


 ハルナはえへんと誇らしげに胸を張る。


「ひとえに団長への忠誠心。すなわち愛の力です」


「…………」


 俺は無言で自分の衣服を探り始めた。


「私ほどの忠義者となれば感じるのです。団長が何処にいて、何をしているのかを」


 バックポケットの中、ベルトの裏、上着の裾部分。

 一つ一つを念入りに。


「オーラ、とでも言うのでしょうか? 偉大なる団長には隠そうにも隠せぬ大物オーラが漂っており、それを私は何キロ先でも感じ取ることが――」 


「なるほど、これか」


 やがて俺は覚えのない紫の小石を見つけた。

 それは超小型の追跡魔導石であった。


「…………」


「なにか言うことは?」


 それを突き付けてやると、ハルナは目を逸らす。

 おまわりさんこいつですと訴えてやりたいが、残念ながらこいつがおまわりさんだ。


「……団長」


「おう」


「向こうの星空をご覧になってください」


「おう」


「どうですか、あの西の空? 歪に固まった星屑が、まるでゴブリンのケツを描いているような――ってあいだだだだだだだ!!」


「そ れ で ご ま か し て る も り か!?」


 俺は力の限りのアイアンクローで答えた。

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