ちっぽけな戦い


「ほらほら! 悔しかったら取り返してみろ!!」


「やーいやーい!」


「おっ、泣くぞ? そろそろ泣くぞぉ?」


「う、うぅ……」


 それから坂を下って、しばらく後のことだった。

 明らかに只事ではない現場に出くわした。小さな兎人の女の子を、同年代と思しき少年連中が囲って、やいやいと声を上げているではないか。


「おいこら!! 悪ガキ共!!」


「「「うひぃ!?」」」


 反射的に俺が叫ぶと、連中は身を寄せて竦み上がる。

 その隙に一人が掴んでいた本――察するに魔術の教科書――を取り返して、縮こまった少女へと返す。


「恥ずかしくないのか!?」


 お節介なのは百も承知。厄介事に首を突っ込むなと言われたばかりだ。

 けれど目の前でやられて、放って置くことなんて出来なかった。


「寄ってたかって女の子を虐めるなんて!!」


「う、うぅ……」


「な……関係、ないだろ……」


「そ、そうだそうだ!! 只人の分際で!!」


 しかしガキンチョ共が怯むのは一瞬。

 すぐさま言い返してきたかと思えば、くるりと後方に振り返って――


「あ、あんちゃん! こっちだ!! ナマ言ってる只人がいるんだ!!」


「あん? 何処のどいつがこの街で幅を利かせてるって?」


 と、奥からガラの悪そうな人虎が現れた。

 ったく……亜人だろうが只人だろうが、ヤンチャなガキのやることは変わらない。

 なんなら懐かしい気分すら覚えるくらいだ。俺も喧嘩自慢の時分には、こういった自称兄貴分と何度も一戦をやらかしてきたから。


「あ? 何処のイキった野郎が俺達のシマに入ってきたのかと思えば、負け犬面のオッサンじゃねえか」


 誰が負け犬面だ。そりゃボコボコにされたばかりで、顔はパンパンに腫れてるけれど?

 だからって自分より弱そうな奴を虐めてるお前等よりかは負け犬してねーよ。


 ……なんてことを思うけど、相手は若く、身体も大柄だ。

 昨日のこともあって、湧き上がる緊張感までは誤魔化せない。


「覚悟、出来てんだろうなぁ? うちのもんにイキってくれた代償ってやつを」


「…………」


 腕力もオドもそれ相応だと推測出来る。

 スペックだけを語るなら、老いた俺より何段階も上であろう。


「……御託はそれだけか?」


「あ?」


「息がくさいんだ。来るならととっと来い」


「――――っ!!」


 しかし所詮は素人で、俺の挑発にも容易く乗ってくれた。 

 振ってきた拳はテレフォンパンチ。軌道は容易に予測出来る。


「ぐおおおっ!?」


 故に硬い額で受け止められた。頭蓋骨越しにパキリと、拳が砕ける音が聞こえた。

 それから俺は悲鳴を上げる相手の、がら空きの顎に向かって渾身の右を叩きこむ。


「ぐふっ」


「え……あんちゃん!?」


「ぎゃあ! あんちゃんがやられた!!」


「ひぃぃぃぃい!!!!」


 と、そのあんちゃんとやらがKOされるとこのザマだ。 

 蜘蛛の子を散らすかのように、悪ガキ共も四散していった。


「……ふぅ」


 しかしこれは分かっていた結果じゃない。勝算なんてこれっぽっちもなくて、俺は額に滲んでいた汗をさりげなく拭う。

 これが仮に訓練された騎士団連中相手だったら、初撃で俺の額が砕けていたことだろう。そうでなくとも昨日は、たかが酔っ払いにぶちのめされたんだから。


「大丈夫か、お嬢ちゃん?」


 それでも俺は内心の動揺を隠して続ける。被害者の恐怖を和らげてやる為の強がりだ。

 ……いやいやほんと、それ以外はないからな? いい恰好をしたいってわけじゃないからな?


「怪我はないか?」


「…………っ」


「そうか。ならよかった」


 言葉は出ずとも、彼女は首を横に振ってくれる。

 一先ずはこんな俺でも救えたということだろう。


 ならば――


「じゃあ次は大人に相談しろ」


「…………つ!」


 大事なのはこの先だと思った。

 考えるまでもなく虐めの現場だ。その場を蹴散らして、はいそうでしたと流すわけにはいかない。


「今日はたまたま俺が通った。でも次もそうなるとは限らない」


「…………」


「何も暴力でやり返せと言ってるわけじゃない。言い返す文句でも周囲への相談でも、何なら足を使って逃げたっていいんだ」


 俺に詳しい事情は分からない。

 が、さっきの姿を見て、この場限りで終わりにしちゃいけないと思った。


「無抵抗は何も解決しない。じゃないと、あの手の連中は更につけあがるぞ?」


「…………」


 厳しいことを言ってるのは分かってる。けれど何時だって誰かが助けてくれるわけじゃない。

 長い人生において確かにあるんだ。自分自身を変えることでしか、解決しようのないことが。 


「……悪いな、歳の所為か説教臭くなっちまって。でもちょっとは考えてくれ。これからのお前の人生の為にも」


 そう言い残して、俺はその場を後にする。

 どう思ってくれたのか、彼女は何も言い返さなかった。


 しかし願うならば切っ掛けの一つになってほしい。

 変わることを拒んで散々な醜態を晒した男と、同じ轍を踏まぬように。



「…………ないじゃん」


 なお結局財布は見つからなかった模様。

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