パトロール?


 昨日まではお上り気分でも、一日経てば身体が思い出して来る。

 朝日の昇る王都が懐かしく、それでいて地続きのように感じられた。それは飲食店や住宅と言った小粒は変わっていても、根本的な道路が変わっていないからだろう。


 北を見ればそびえる王宮の近くに、騎士団の本部が見える。石で積み上げられた城塞は、急な敵襲に耐えられるように図太く鎮座している。

 見た目が悪いのは昔からのご愛敬だ。全体的にずんぐりむっくりとしていて、亀の甲羅と揶揄されることもある。


 一方で東を見れば華麗な大時計台。魔術委員会のお膝元でもある総合学区のシンボルだ。

 そこには国中の叡智が集っていて、更なる上澄が『宮廷魔術師』として王の側近を担う。


 他にも商業特区、亜人居留区、聖堂司教区……などなど、組合組織連合諸々が坩堝になっているのが、この王都の特徴だ。


「では団長、何処から行きましょうか?」


 と、観光客のようにキョロキョロと目を這わす俺に向かってハルナが言う。


「普段のお前のルートでいい」


「私の?」


「ああ。お前の仕事だからな」


 俺は部外者だから、とまでは言わなかった。

 間違って口にしてしまったら、またどんな爆発をすることか。


「では――こちらから」


 するとハルナは俺の手を引いて、街の中心部へと向かう。

 ふむ。まずはそこからか。昨日のことじゃないけど、人通りの多い分だけ事件の可能性もあるだろうしな。


「平和だな」


「そんなことはありませんよ」


「店の警備も、護衛をつけてる通行人もずっと少ない。安定してる証拠だ」


「……たまたまです」


 だがしかし。

 それからしばらく歩いて、やはり平和な物だと思った。

 道行く誰もの表情が明るい。少なくとも彼等がそう思えるだけ、情勢は落ち着いているのだと感じるものだが、


「これは表面的なものです。たとえばほら、あそことか」


「あそこ?」


「あそこが匂うのです」


 何を納得していないのか、彼女は否定してばかりだった。

 そうして立ち入ったのはメインストリートの……服屋? いや、なんで?


「どうですか!?」


「…………」


「どう思いますか?!」


「…………いや、どうって」


 試着室のカーテンを開いた彼女は、やけに生地の薄い衣服を身に纏っていた。

 シースルーのスカートは敢えて言うなら踊り子のよう。これが場末の酒場なら目のやり場にも困るものだが――


「なんだ、それは?」


「あれ? 他に感想はありませんか? 興奮するとか、ムラムラするとか」


「しない」


 念のため言っておくと俺は不能ではない。

 ないのだが――あからさまにスカートをばっさばっさと捲られて、劣情を頂けという方が無茶なものだ。


「で、これの何処が捜査に関係あるんだ?」


 俺は低い声で問い掛ける。


「えぇと、性犯罪者をあぶり出そうと」


 ハルナは今しがた思いついたかのように、そんなことを言って返す。

 何が性犯罪だ。むしろお前が痴女じゃい。


『ね、ねぇあれ……?』


『見ちゃ駄目だよ。あれヤベー人だから』


 っつーか周りの客を見ろ。

 ほとんど女性客だけど、目のやり場に困ってるだろうが。


「よしハルナ。今すぐやめろ。お前が逮捕されたくなかったらな」


「なっ!? 私が逮捕する側なのですよ!? あたかも私がされる側に言うのはどういう――」


「される側に回ってるからそう言ってんだよ!! いいからとっとと元の服に着替えてこい!!」


 言って、俺はハルナを試着室に押し返した。

 変な噂にならなきゃいいんだけど、難しいだろうなぁ。




 午後。

 何事もない街を歩き回った後、公園へと足を踏み入れる。

 国一番の都会でもそこは違う。石畳は途切れ、土と自然に満ちた空間で溢れている。


 何処かから聞こえる甲高い声、追いかけっこと思しくて、見れば子供達が駆け回っている。

 さらさらと流れる小川。掛かる橋で談笑して男女はカップルだろうか?

 大樹の隙間を縫った木漏れ日。親子が団子のように寄り添って、穏やかな寝息を立てている。


「平和だな」


 そんな光景を見て、俺は素直にそう思う。

 誰も彼もが無防備で警戒心がない。護身用の武器なんてもってのほかで、すなわちそうあれる場所として成り立っているのだ。


「一見はそうかもしれませんね」


 しかしハルナはバッサリ切って捨てる。


「ですが目を凝らせば、事件の種は山ほどあります。奴らは無防備な人間を狙って狩りますが故」


 なんて、すけすけの服を身に纏いながらだ。

 さっきの服屋からずっとそれである。一応は変装のつもりらしいが「お前が一番無防備じゃい」と言いたくなる。


「や、そこまで警戒しなくても。こんなに平和なんだし」


「平和なものですか。団長が去って以降、この街はえらいことでして」


「もうそれはいいっての」


「信じていないのですか!? この私の言葉を!? 最愛の愛弟子の訴えを!?」


「おう。最愛ってことも含めてな」


「なんと!?」


 ガーンと、真っ青な顔を向けられる。

 いやだって……別にお前だけを贔屓した覚えはないし。

 それに最愛の愛弟子って何だよ。どんな二重表現だっての。


「っ! 団長は分かっていないのです!!」


 すると半泣きのハルナが駆け出す。

 一体何処へ向かったのか? それは鬼ごっこに興じるガキンチョ共に向かってだ。


「ほらここに! ここに事件があります!! 寄ってたかってリンチにしているではありませんか!?」


「「「えええっ!?」」」


 ガキンチョ共の悲鳴が重なる。

 そりゃそうだろう。いきなり知らない大人が割り込んできては、鬼側を鷲掴みにしてみせたのだから。


「脅迫です!! ストーカーの現場です!! さぁさぁスタンレー団長!! 今こそ貴方の正義を知らしめる時ではありませんか!?」


 こらこらハルナ。ガキンチョ共が怖がってるでしょうが。

 あと鬼ごっこは脅迫でもストーカーでもないからな?


「すまんね坊ちゃん嬢ちゃん……この馬鹿が迷惑をかけて」


「あだっ! あだだだだだだだ!?」


 だからこそ俺は出来るだけ子供達を怖がらせないよう、にこやかに笑いつつも、怒りを指先に集中させて、ハルナの頭蓋をキリキリと締めた。


「う、うわああああああ!!」


「この人達おかしいよ!!」


「ママー!! ママァァァァァァ!?」


 それでも子供達は賢い。隠した俺の怒気もしっかり感じ取ったらしく、蜘蛛の子を散らすかのようだった。

 おかげでもうここにはいられない。目を回すハルナの手を引いて、一目散に退散せざるを得なかった。

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