出待ち
「おはようございます」
その翌日のことだ。
中心街から外れた安宿で一夜を明かし、くたびれて歪んだ部屋の扉を開けた途端である。
「お迎えに上がりました、スタンレー団長」
「…………」
当たり前のようにハルナが待ち構えていた。
泊まる宿の場所すら教えてなかったのに。
「いや……なんで?」
「なんで、とは?」
目を丸くしたハルナが不思議そうに返す。
「部下が団長をお迎えするのは当然のことでは?」
「…………」
色々と突っ込みどころがあった。
送迎なんて一度も頼んだことはないし、そんな役割を担った団員もいない。そもそも今の俺は団長でもなければ騎士団員ですらない。
「……これから停留所に向かう。見送りはここまででいいから、お前はだな」
と、その傍をすり抜けようとして前を立ち塞がれる。
「…………」
黙って俺は反対側の、右をすり抜けようとする。
すると彼女も右に一歩動いて、またしても俺の前を塞ぐ。
「……………………」
すかさず左をすり抜けようとする。
すぐさま彼女も左に動く。
「……っ! …………っ!!」
俺は右、左、右、左、右、左、右、左。
彼女も右、左、右、左、右、左、右、左――って邪魔だよ!!
「何がしたいんだ!? ふざけてんのかお前は!!」
「ふざけてるのは団長の方でしょう!? 一体何処に行くつもりですか!?」
「帰ろうとしてんだよ!! 俺の家に!!」
「団長の家はここではありませんか!! 民草の、騎士団の、そして私の待つこの街を置いて何処にあると!? この街から離れたら団長は生きていけません! 不安で物も食べられなくなって、夜も眠れなくなってしまう筈です!!」
「なるか!! 初めてのお泊りをするガキか俺は!?」
むしろストレスなくなった分、三食食べてグッスリ寝てたわ!!
騎士団団長ってやつは色々と面倒くさいし、生活も不安定だし、なにかとフリーダムな連中に目を配らなくちゃだし!!
そこにやりがい……までは否定しないけど、それにしたってだな!?
「俺はもう団長でも騎士団でもない!」
俺は反論する。
「街だって平和そのものだ! たまに事件は起こっても、ちゃんと目が行き届いてる!!」
昨日のことを思い出す。
みんな平和ボケなんてしちゃいない。俺達が駆けつけなくとも、どうにか出来ることだった。
「だから俺はもう無用の――」
シヴィルの言葉じゃないけど、俺はもう一般人。
無用の長物でしかないと、そう続けようとした時だった。
「だ……団長」
しかし酷く悲しげな表情が俺の口を縫う。
事実を陳列しているつもりでも、そんな顔をされると、どうしても躊躇ってしまう。
「あぁ、いや」
「…………」
「無用の長物ってのは、ちょっと言い方が悪かったな?」
何をどう思ってそうしたのかはさておいて、彼女はそんな長物を慕ってここまで連れてきたのだ。
それを全否定するということは、彼女の選択を全否定するに等しい。
そもそも……俺もどうしたんだ? ハルナの思い込みの激しさなんて今更だろう?
それをムキになってさ。本当に気にしてないなら、わざわざ怒鳴る必要もないってのに。
「だからその、ハルナ」
「…………」
「役立たずってわけじゃないけど、騎士団に戻るのは無しっつーか……出来ることもない以上は、邪魔にならないようにとっとと帰った方がいいんじゃないかなって」
「じゃ、邪魔…………ぐすっ」
「お、おいおい!! ハルナ!?」
言葉を選んだつもりだったが、ハルナが鼻を啜って目元を覆い始めた!?
また言葉を間違えたか!? ち、ちくしょう! 誰かの泣き声は昔から苦手なんだ!! 聞いてたらこっちまで滅入っちまう!!
えぇと、えぇと!? どうすればいい!? なにを言えば彼女は――あ、そうだ!!
「パトロール!!」
テンパった末に俺は叫んだ。
「今日一日付き合ってやる!! 昔からお前の日課だったろう!? 俺だってもうちょっと観光したかったし、そのついでに付き合ってくれれば――」
「言いましたね?」
「おう! どうせシアトラ村での仕事は手伝いが大半だ!! ちょっとのあいだ留守にしたって、別に村は困らないっていうか」
「良いことを聞きました。つまりあの村は団長がいなくても滞りなく回ると」
「あぁその通り……その、とおり……?」
さっきとは一転して、淀みなく返して来るハルナを見る。
にやーっと満面の笑みを浮かべていた……ってまさか!?
「ならば私達のところへ戻っていただいても、問題ないということですね!? そうでしょうそうでしょう!? そうに違いありません!!」
「お前まさか嘘泣き――」
「さぁさぁまずはブランクを払拭しなくてはなりませんね!? さぁ行きましょうパトロールに行きましょう!! 街の隅々までを回って、共に悪の根を立とうではありませんか!!」
「ちょ、ちょ――!?」
俺はすさまじい力で引っ張られた。騎士団二番手の若く逞しい力だ。
成す術もなく、わんぱくな子供が手にした人形のように、宙を浮く羽目になったのは言うまでもない。
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