シヴィル団長

 

 かつて伸ばしていた銀色の頭髪は、今は短く切り揃えられている。

 それでもガラス細工のように洗練されていて、温度を感じさせぬ顔つきは変わらない。


「ああ……誰かと思えば」


 と、シヴィルは俺の姿を認めると、


「スタンレーさんですか。今日はまたどうして?」


 何も感じていないかのような、酷く平坦な声で言う。

 年単位ぶりだというのに最初に出る言葉がそれなのが、ますますもって彼女らしい。

 

 でもそれは彼女が仕事熱心な証拠でもある。

 俺も余計な挨拶は置いといて、単刀直入に言う。


「成り行きさ。仕事の邪魔をして悪かったな」


「…………」


 するとシヴィルは俺の返答に応えず、隣のハルナに視線をスライドさせる。

 一応は長い付き合いだ。ほんの僅かに眉が曇っているのを察した。


「ハルナ」


「なんだ女狐シヴィル」


「誰が女狐だ阿呆。あと下の示しにもならんから、団長と呼べと言ってるだろうが」


「ふんっ。どうしてお前などを、何が悲しくて団長と呼ばねばならん? 私にとっての団長はただ一人だ。偉大で賢く強くてかっこいい終身名誉スタンレー大団長のことであり、副官という身分をいいことに、その立場を横から掠め取った貴様のような狡賢い女狐を指す言葉ではない」


「……………………」


 ピクリと数ミリ、更にシヴィルの眉尻が釣り上がる。

 その気持ちは聞いてる俺にも分かる。何だよ終身名誉大団長て。そんな肩書き聞いたことねーし。 


「その、すまんシヴィル。ちゃんと後で言って聞かせ――」


「それより仕事はどうした副団長? 『独自調査』とやらの進捗は?」


 が、それでもシヴィルは見上げた態度だった。

 俺のフォローなんて気にも留めず、ハルナに向かって言い放つ。


「独自調査は独自調査だ。プライベートまで貴様に報告する義務はない」


 そしてハルナも強気に言い返す。

 もともと目上以外に対しては、もののふらしい言葉遣いをする彼女だが――


「不定期に姿をくらますことがお前の独自調査か? 給与泥棒も見下げ果てたものだな」


「ちゃんと休暇の申請はしたであろう? よもや『代理団長殿』は団員の正当な権利も認めぬ、ブラック騎士団上等であったか?」


「ブラックなのはお前の勤務態度だ。何の嫌がらせのつもりか、私が就任してから遅刻欠勤常習犯のお前のな。そんなお前に今更休暇など残っていると思うか?」


「お、おいおい……お前等……」


 しかしそれだけではなく、なんだかギスギスとした空気を感じる。

 その点は昔から頭を抱えることで――今でも解決していないらしい。

 ハルナとシヴィルはどうしてなのか、昔から火に油なのだ。そしてそれは今になって悪化しているようにも思える。


「……まぁいい。今日のところはここまでしておいてやる」


 それでもシヴィルは大人だ。激昂することはない。

 未だ片付いていない現場を一瞥して、成すべきことを優先する。


「撤収するぞ。カイルは被害者の容態を確認をしろ。怪我をしていれば医者に連れて行き、そうでなければ家まで丁重にお送りしろ。タルカスは明朝までに調書を取って私の下へと寄越せ」


「「了解です! 団長!!」」


 と、瞬く間のことだった。

 連れていた男二人は初めて見る顔だ。きっと俺が抜けた後に入った団員だろう。

 テキパキとした動きに迷いはなく、よく訓練されていることが見て取れる。


「それとハルナ――お前は本部への報告だ。即座に別動隊を結成して、逃げた連中の行方を追え」


「…………むぅ」


「返事は?」


「分かっておる!! お前に言われずともな!!」


 さっき見逃したのは、現場に被害者が残っていたからに過ぎない。 

 幾ら暴走していてもハルナは副団長だ。渋々と言った様子で、それでもすべき仕事には従ってくれる。


「スタンレー団長!! ちょっと仕事が入ってしまいましたけど、すぐに戻りますから、まだ帰らないで下さいね!? 無断で帰ったら、今度は簀巻きにして連行しますからね!?」


 おまけにしっかり、そんな台詞を残しながらだ。

 恐ろしい話だ。聞くつもりは更々ないけど、せめてもう見つからないようにと願う。


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


 そうして残された――俺とシヴィル。

 ぽつりと二人っきりで、シーンと無言が包み込む。 


 えぇと……どうしようか? なんか俺から聞いた方がいいのかな? 

 でも今更仕事の話とか出来ないし……っつーか、なんでコイツも残ってんの? ひょっとして俺にも調書を取るつもりだったり?


「……前団長」


 と、ああだこうだ迷っている最中である。

 先に口火を切ったのはシヴィルの方だった。


「今はどちらで何を?」


 感情のない瞳が俺を捉える。

 興味本位か、或いは気を遣ってが故か。


「山の麓の小さな村だ。シアトラ村っていう、自給自足で大半を補ってるところでな」


 しかし気まずさを取り払ってくれるのは有難い。

 特に隠してもいなければ、嘘を吐く必要もなかった。


「外との関わりは行商くらいで、こう言っちゃなんだが辺鄙なとこだよ。俺だって騎士団を辞めるまでは、そこに村があることすら知らなかったくらいだ」


「…………」


 もっともその反面、だからこそというか、良いところだって無数に上げられる。

 少なくとも俺はあの村で暮らせて満足してる。


「お陰で今はゆったりとした時間を過ごせてるよ。農作業なんて初めてだったけど、結構充実してるんだ」


「……………………」


 しかしシヴィルの反応は微妙……というかほぼ無言だ。

 心なし上下する眉の動きが、何を意味しているのか分からない。


「お泊りはどちらに?」


 或いはどうでも良かったのかもしれない。

 何せそこから続く発言は、前後にまったく相関性がなかった。


「久方ぶりの王都でしょう。何泊かしていくつもりなのでは?」


「いや、別にそんなつもりは――」


 俺は返す言葉に迷う。

 だって無理やり連れて来られただけだし。なんなら夜の便に乗ってそのまま帰ろうと思ってたし。


 しかし――


「何を気を使っているのです? 既に騎士団は貴方のものではないのですよ?」


「――――」


「今の貴方はただの一般人だ。何処で何をしていようと、誰も気には止めない」


 冷や水を浴びせられたかのようだった。

 今更騎士団のように振舞うなということかもしれない。

 

 ……確かにその通りだと思う。さっき取った行動が動かぬ証拠だ。

 黙って通報すればいいのに、俺は現場に首を突っ込んでしまった。


「あぁ……そうだな」


 だから早く帰ろうとしたのも、ひょっとしたら心の奥底で、妙な後ろめたさがあったのかもしれない。

 本当に気にしてないなら、今は一市民として観光気分になればいいものを。


「宿がお決まりでないならこちらを。しばらくゆっくりなさればよろしいかと」


 そんな俺に向かって、シヴィルは小さな紙を差し出す。

 彼女の名で書かれた紹介状だ。聞いたことのない宿であったが、彼女なりの情けに違いない。きっと宿泊料も請求されないことだろう。 


「ありがとう」


 が、今更これ以上の気を遣わせるのも心苦しい。やってたからこそ分かるが、団長という身分は忙しいのだ。

 それこそ過去の人間に付き合ってる暇なんてないくらいに、だ。


「気を遣わせたなシヴィル」


 だから使うことはないだろうが、一応は受け取るだけ受け取って、俺もその場を後にする。


「いや――シヴィル団長」


「…………」


 そしてすぐに言い直す。

 誓って言うが、皮肉のつもりなんて毛頭ない。

 精一杯の敬意と激励を込めたつもりだったが、彼女は何も返さなかった。

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