居合キックはパンチ力
「あ……んだよ?」
「邪魔すんじゃねえよ。てめぇらもバラされてえか?」
「っ…………っっ!」
ギロリと睨みを利かせる暴漢の奥で、腰を抜かした女性がパクパクと口だけを動かしている。
かわいそうに。声も出せないんだろう。
「そこまでにしておけ」
俺は出来る限り低い声を作って言う。
しかし今や俺は一般人だ。当然のことながら剣なんて持ってないし、そもそも逮捕する権利もない。
故に――
「ハルナ」
「はい、承りました」
鎮圧は現職に任せなければと、俺はハルナに訴える。
みなまで言わずとも分かってくれてよかった。彼女の力を持ってさえすれば、訓練されていない暴漢など、束になったところで相手にならない。
「貴様等、運が悪かったな」
と、威勢よくハルナが前に出る。
うんうんそうだ。こいつらも運が悪過ぎる。
「ここにおわすのが誰だと思っている?」
まったくだ。
お前等がガンをつけている相手は現職騎士団――それもナンバー2の副団長だ。
喧嘩を売るにしたって相手を選ぶべきだったな。
「この御方は偉大なるスタンレー大団長であるのだぞ!!」
そうそう。
お前達が目の当たりにしてるのは…………へ?
「さぁスタンレー団長!! この無法者共を蹴散らしてください!!」
「いや俺ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
まさかのまさか過ぎるわ!?
いや俺がすんの!? お前じゃなくて!? あんだけ大層な前口上吐いておいて!?
本気で言ってんのかコイツは!?
「さぁさぁ団長! 久しぶりの貴方の剣を私にお見せください!!」
「うっ……」
しかし冗談でも何でもなく、ハルナの目はマジだった。
『偉大なるスタンレー団長』とやらが蹴散らしてくれると、本気で信じている。
「あ、なんだよオッサン?」
「っつーかスタンレーって誰だよ? 調子乗ってたらぶっ殺すぞ」
「ぐっ……」
マズイ。これは非常にマズイ。
無論、俺の名誉はどうでもいい。今となってはチリ紙ほどの価値もない。
しかし被害者はどうなる? 彼女は今も恐怖に怯えていて、一刻も早い救済を求めている筈だ。
「あたっ!!」
「だ、団長!?」
「あたっ、あたたたたたたた!!」
だから俺はプライドを売った。
その場で腹を抱えて痛みを訴える。
「すまんハルナ。今の俺はめっちゃお腹が痛いんだ」
「なんと!?」
すまんハルナ。普通に嘘だ。
全然痛くないし、すこぶる健康だ。
「だから申し訳ないが、この場はお前に任せていいか?」
「なるほど……体調不良なら致し方ありませぬ」
と、ハルナは刀に手をかける。俺の大根演技を信じてくれたようだ。
彼女が馬鹿……もとい。純粋な性格で良かったと思う。
「下郎。不幸中の幸いとやらだ。スタンレー団長に代わって、私が相手になってやろう」
「「「っ!?」」」
そして次の瞬間だった。
構えるハルナに暴漢達が一斉に勢いを失う。
それは一目見て分かる洗練さ故か、或いは動物的な本能なのかもしれない。
「何処からでもかかってこい。ただし切って来るからには覚悟をしろ。我が蒼天流の神速の居合――手加減は出来ぬからな」
「な、なにを……」
「こ、このアマ、得物を抜きもしないで!」
「な、舐めやがってぇぇ!!」
彼女は鞘に刃を収めたまま、ぴくりとも動かない。
男達は狼狽えつつも、それを挑発と受け止めたのだろう。そのまま逃げればいいものの、却っていきり立ってしまう。
「死ねやごらあああああああああああ!!」
が、それは大きな間違いだ。
力量差はもちろんのこと――ナイフを手に飛びつく男の視線は、飽くまで抜かぬ刀に集約されている。
「居合――キィィィィック!!」
「あばああああああああ!?!?」
だから腹部にぶっささってしまう。
刀とは無関係に飛び出した――彼女の左足によるトーキックを。
「は!?」
「居合パンチ!!」
「ぐえっ!?」
そして驚き言葉を失う、もう一人の暴漢に向かって右ストレート。
完全に虚を突かれた形で、鼻っ柱を打ちぬかれていた。
「そしてこれが――居合背負い投げだあああああああ!!」
「ぐええええええええ!?!?」
さらにさらに。
唖然としていた最後の一人は胸倉を掴んでぶん投げる。
「ふー……」
かくして、あっという間に三人抜き。
残心の構えを見せつつ、大きく息を吐いたハルナは――
「やはり居合は最強……貴様等程度では相手にならん」
「「「いや何処が居合!? 居合の要素何処にあったの!?!?」」」
と、ボロ雑巾になった暴漢が揃って突っ込んだ。
うん。気持ちは分かるぞお前達。
俺だって昔から突っ込みどころ満載だったし、初見殺し以外のなにものでもねえしな。
「たわけ、貴様等などに刀を抜くものか。この斬妖刀は人を斬る為ではなく、妖魔を斬る為にあるのだから」
そしてそこからの口上も変わらない。ハルナは昔から、帯刀している得物を人に向けることはなかった。
たとえどれだけ作戦が苛烈であろうと、相手が人である限りは主にステゴロでどうにかしていた。なんなら矢の雨砲弾の雨の中でも一人一人KOしていく様に、敵味方問わずにドン引きさせていたこともあった。
「ひぃっ! なんだよコイツ!!」
「頭が、頭がおかしな女に殺される!?」
「あ、おい待てよ!! 置いてくなって!!」
いずれにせよ――実力の差は知らしめたのだろう。
堪らず一人が逃げ出すと、残った二人もほうほうの体で追いかける。
ある意味で貫録勝ちとも言えるのかもしれない。『これ以上関わったらヤバイ』って意味でだが。
「まったく――何処で油を売っているのかと思えば」
と、逃げ足が聞こえなくなって間もなくのことだった。
俺達の背後から新たな足音が数人分。
それらはスタスタと近づいてきて――俺達の傍を通り過ぎると、被害者の女性の前に屈む。
見慣れた紋章だった。そこで俺はようやく肩の力が抜けるのを感じる。
「――シヴィル」
名前を呼ぶと中の一人――モノクルを身に着けた女が振り返った。
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