すごく平和な街並み


「すぐに慣れますよ。ここが団長の守る街なのですから」


 と、そんなお上りっぷりを醸し出している俺に対し、ハルナが豪語する。

 いや俺は永住しないからな? 当たり前のように戻ることを前提にするな。


「ってかハルナ? お前、俺がいなくなった所為で騎士団が荒れてるみたいに言ってたけどさ」


 そしてツッコミどころもあった。

 俺をここまで連行してきた彼女の申し立てだ。


「――普通じゃね? 見渡す限り平和そのものなんだけど?」


 街の様子はどう見ても、彼女の談とは違う。

 荒れ切っているどころか天下泰平。事件の気配すら感じない。


「…………」


「なぜ黙る。お前ひょっとして」


「そんなわけありません。たまたまです」


「ほう。たまたま」


「いつもはもっとヤベーのです。あちこちで火の手が上がり、道行く子供は泣き、血と焼ける肉の匂いで満たされるような、阿鼻叫喚の地獄が」


「阿鼻叫喚」


「ええ。阿鼻叫喚です」


 と、ハルナは俺を見ないまま――それから三歩も歩かぬ内だった。


「あれ? あれれぇ? ひょっとして……ひょっとするとぉ……!?」


 昼間っから真っ赤な顔をした男が話しかけてきた。

 動きやすさ重視のチュニックスタイルで、鎧の類は身に着けていない。得物の収まった鞘は羽織ったマントに隠れてるんだと思う。

 きっと飲んでいたのだろう。お調子者で酒好きな性質は昔から変わらない。


「マーシー、久しいな」


「あぁー! やっぱりスタンレー団長じゃないっすかー!! あ、いや、今は元団長っつった方がいいんですっけ?」


 ゲラゲラと笑いながら、バシバシと肩を叩かれる。

 まったく……お前だってもう責任ある立場なんだから、もうちょっとしゃんとしろ。

 元上司……というか一般人に馴れ馴れしく絡むんじゃない。あと普通に痛いわ。力加減考えろや。


「また勤務中に酒を飲んでるのか? お前の仕事は常在戦場みたいなもんだから油断するなって、昔にあれほど言ったのに」


「い、いやいや! 誤解しないくださいよ!! 今日は非番っすから!! 」


「非番? 七番隊がこの時期に珍しいな」


「最近は平和そのものっすからねー! 下も順調に育ってるし、こうして昼間っから飲みに行けるようになってやす♪ あ、でもこれは家内には秘密にしといてくださいね? またどやされちまうから」


 なるほどなるほど。そうかそうか。

 よく教えてくれたぞマーシー。


「ほう? 平和だって?」


「…………」


「おいハルナ」


「………………………」


 ハルナは目を逸らしたまま、こっちを見ようとしなかった。


「ほいじゃあスタンレー元団長! 折角来たんなら、またみんなで飲み明かしましょうや!! あと何でか一緒にいる副団長も、現団長がそろそろキレそうなんで、いい加減本部に戻った方がいいっすよ!!」


 そんな一方通行の問答の最中、何も知らぬマーシーが去っていく。シヴィルがキレそうとかいう、ますます捨て置けない発言を残しながら。


「おいハルナ。お前やっぱり」


「……何かの間違いです」


「はい?」


「きっとマーシーは酔っぱらってて、よく状況が分かってないんでしょう。この王都はこんなに荒れ果てているというのに」


 いや酔ってるのはお前の頭の方では?

 何度目を凝らしたところで街の様子など変わりようがない。


「いやでも」


「いいえ! これは違うのです!! スタンレー団長がいなくなって、この街も、騎士団もエラいことになってるのです!! シヴィルの裁量ではどうにもならないくらい!!」


「エラいこと」


「ええそうです!! ほうら耳を澄ませてください!! スタンレー団長を求めて、助けを求める泣き声がそこに――」


「あー!! ハルナふくだんちょうだぁー!!」


 と、ハルナが街の不安を訴えようとした、次の瞬間であった。

 幼子がとたとたと、朗らかな声を上げて飛びついてきたのは。


「こ、こら……もうっ! 申し訳ありません、この子が……」


「いえいえ」


 すかさず駆け寄ってきたのは母親と思しき婦人で、その長耳から亜人だと分かる。

 珍しい光景だと思った。この王都の中心街にというか、居留区の外に姿を見せることが。


「えぇと、貴方も……?」


「いいえ、俺は騎士団の人間ではありません。単なる旅の者でして」


 俺はかしこまろうとする彼女を押しとどめて、


「それはそうと、この国は素晴らしいですね。長耳族も地底人も等しく暮らしているように思える」


 と、続けた。


「は、はい。私も最近越して来たばかりなのですが、本当に住みやすいと思います。特に騎士団の方々にはよくしていただいていて」


「ねぇねぇ遊んで! ハルナふくだんちょー! そこのおじさんでもいいからー!」


「も、もうっ……! ご迷惑になるからやめなさい!」


 彼女は俺やハルナの手を引っ張ろうとする娘を引き剥がす。

 微笑ましい光景に俺がくすくすと笑みをこぼすと、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「でも、この子も随分と明るくなりました。前に住んでいた場所では、ずっと塞ぎ込んでいたのに」


「……そうですか」


 それもそうだろうと思う。

 前大戦以降、亜人に対する差別や偏見意識は国中に蔓延している。

 俺も在籍期間中はその壁を取り払おうと努力していたつもりだったが、今のような光景を生み出すことはついぞ叶わなかった。


「旅の御方もハルナ様にお伺いしているのですよね? この街の騎士団は団長様をはじめとして、皆さま親切な御方ばかりですので、きっとお力になってくれると思います」


「はい。そうさせていただきます」


「それでは私達は失礼します」


 彼女は深々と頭を下げ、子供の手を引いて去っていく。

 そしてその背が人混みに見えなくなってから振り返ると、案の定ハルナは目を逸らしていた。


「で? 何処に泣き声があるって?」


「…………」


「街も騎士団もちゃんとしてるじゃないか? むしろ俺がいた時よりも良くなってると思うが?」


「……………………」


 返事はない。代わりに「ふひゅー、ふひゅー」と妙ちくりんな風音が聞こえる。

 引きつった横顔によるヘッタクソな口笛だった。それで誤魔化したつもりかお前は。


「はぁ……ったく。まぁ、分かってはいたけどな」


 俺は溜息一つ吐いて思う。どうやら数年ぶりに帰った王都は、前よりも明るい社会を作れているらしい。

 ハルナの語っていたことは単なる思い込みでしかなく、俺が介入する余地は何一つない。


「ハルナ、俺は夜の便に乗って村に帰る。それまでに挨拶くらいはしておこうと思うから――」


 あいつらの手土産に良さそうな店を教えてくれと、そう続けようとした時だった。


『キャアアアアアアアアアアア!?』


 絹を裂くような悲鳴だった。

 それは雑踏の中でもハッキリと聞こえて、時が止まったかのように周囲が静まり返る。


「っ!!」


「スタンレー団長!!」


 考えるよりも早く、俺の足は現場に向かって駆け出し始めた。

 あらゆるものが劣化する中で、警鐘だけは錆びついてなかったらしい。


 そうして路地の奥深く、暗がりに足を踏み入れると――案の定だった。

 刃物を持った数人の男が若い女性を取り囲んでいる。


「ほーら出た!! ほーら出ましたよならず者が!!」


 と、すぐに追いついたハルナが嬉しそうに言う。

 なに嬉しそうにしとんねん。

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