拉致、そして三年ぶりの王都

 

 ハルナ・ホールデン。

 東国アズマ出身の彼女は、曲者揃いの騎士団の中でも一際目立っていた。

 腰に下げた物差しのように細長い長剣も、吸い込まれそうな程に真っ黒な頭髪も、いずれもがベルネルト王国では珍しい。


 が、彼女が注目を集めていたのはそれだけではない。

 俺の知る限りで三つ理由があった。


 まずはその類稀なる剣の才。

 入団テストをトップタイで通るだけに飽き足らず――半ば初見殺しのようなものであったとは言え――当時の隊長格であった指南役までも打ち負かしてしまった。その晩、落ち込む彼の酒に付き合ったことは今でも覚えている。


 次に勤勉実直な態度。

 それだけの実力を備えていながら彼女は決して驕ることなく、誰よりも鍛錬を積み重ねた。有事の際には切り込み役を自ら買って出て、悪漢共へ果敢に立ち向かいつつ、守るべき市民や仲間達の盾となった。

 当初は外国人という色眼鏡で見ていた団員達も、次第にそんな姿に感化され、仲間として受け入れるのに時間は要さなかった。いまや副団長と言う立場に収まっているのも、そんな人望故のものなんだろう。


 最期に……その性格というか……人間性と言うか。

 当時の俺も頭を悩ませたもので、彼女は思い込みが激しいのだ。


 それがどういうことかって? 

 俺の姿がその証拠だ。

 なにせ俺は今――両手両足を縛られた上、馬車で連行されてるんだもの。


「離せ! 家に帰して!!」


 村で久方ぶりの再開かと思いきや、ハルナは高速手刀で俺の意識を断ち切ってきて、目が覚めた時には御覧の有り様だった。

 今になって思えば最初からそのつもりだったのか、感極まって抱き着くと見せかけての奇襲であった。俺じゃなくても見逃しちゃうね。


「おいハルナ!! お前どういうつもりだ!? いきなり俺を攫って!?」


「団長、何を人聞きの悪いことを。私は団長をお迎えに参じただけです」


 しかし彼女はこの通り。

 何ら悪びれた様子なく――というかちょっと誇らしげに胸を張っている。


「お迎え? まさかシヴィルの命令か?」


「いいえ。私個人の判断でございます」


「えーと……要するに独断ってことだよな?」


「いいえ、皆の意志を汲み取ってのことです! 口にせずとも私は感じるのです! 『団長帰ってきて、帰ってきて』という心の声が!! 『団長おらんとかマジ無理。リスカしよ』という秘めたる嘆きが!! 『団長おらんからやる気でん。ぴえん』とかいう声も夢枕であったりなかったり!!」


「それが独断って言うんだよ!! ありもしない幻聴を団員の所為にしてんじゃねーよ!!」


 このように、あれから何年経ってもハルナはハルナだった。

 相も変わらずとんでもない思い込みを拗らせて、本部も真っ青になりそうな独断行動である。

 っつーか夢枕であったりなかったりってなんだよ。ただでさえあやふやなもんにあやふやもんを重ねんな。


「あのな、ハルナ? 俺は自ら騎士団を出て行ったんだ。誰かに何かを言われたからじゃない」


「ええその通りです。『騎士団の伝統』に乗っ取って、『決闘』で負けたから追い出されたのですよね? スタンレー団長の意志とは無関係に」


「ハルナ……!」


 しかし何を言ってもハルナは聞く耳を持たない。

 そうこうしている内に馬車は停車して、御者がくるりと振り返る。


「奥さん、到着したよ? 痴話喧嘩もそこまでにして」


 誰が奥さんやねん。

 誰と誰が痴話喧嘩だって?


「そうですか。夫が騒がしくて申し訳ありません」


 お前もさも当然のように頷くな。

 あと騒がしくさせてるのはお前じゃい。


「ったく……」


 しかし着いてしまったものはしょうがない。一度こうなってしまっては気が済むまで付き合わないといけないのがハルナである。

 それに昔馴染みと顔を合わせたい気持ちもないわけじゃない。息災であれば何よりだと、わりと無責任なことを思いながら、


「団長」


 と、そこで逃げる意思がないと悟ったのか、ようやくハルナが縄を解いてくれた。

 ここで『よし逃げるチャンスが来た』と思ってはいけない。彼女はとんだフィジカルお化けだ。今の自分が全速力で走ったところで、五秒も待たずに捕まることだろう。


王都ここは変わらないな。田舎暮らしには堪える」


 馬車を下りると、三十年以上を過ごしていた第二の故郷が広がる。


 何もかもが農村暮らしの今とは大違いだ。あんなに高い建物なんてないし、こんな人通りも見られない。商人が客引きをして、馬車が忙しなく駆け抜けて、喧騒雑音は絶えることを知らない。

 かつては毎日のように歩き回っていたのに、今では向こうの路地の先に何があるのかさえ自信がない。見渡す限りが遮蔽物ばかりで迷路のように思えてしまう。


 たった三年。されど三年。

 ギャップというものは確かにあるのだと、一目見ただけでも思い知らされる。

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