追放騎士団長は惜しまれない!

弱男三世

スローライフへの来襲


『これより第四十三代、ベルネルト騎士団相続の儀を取り行う』


 晴天の広場にて、厳粛な宣言が木霊するほどだった。

 団員はいつもの騒がしさが嘘のように静まり返っている。


『この場においては目上や目下はなく、暫定措置すらも適応されない。互いが挑戦者であり、互いが防衛者と見なす』


 立会人を請け負った男の前口上は、かつてのものと一言一句変わらない。

 要はそういうものなのだ。儀式というものはどうにも堅苦しくなってしまう。

  

『故に、剣一本の平等な条件下にて、どちらが真なる長に相応しいかを自らの腕で証明してみせよ』


 そう言ったのを契機に、傍に控えていた使用人が動き出す。

 向かい合う俺達に渡されたのは剣。これで相手を動けなくなるまで叩きのめすか、武器を取り上げるかによって決着がつく。

 

『なおこの件で不幸な事故が起こったとしても、それはベルネルト法第32条7項の例外措置によって不問とされる』


 立会人は得物が真剣であるが故に言うが、実際にそうなったケースはほとんどなかったと聞く。

 何せそれは美徳とされていないのだ。相続の儀の本懐は次世代を任せられるかどうかを図る為であり、なればこそ相手を殺すことなく圧倒させられるくらいに、実力の差を知らしめなければならない。


『じゃあ……やろうか』


 俺は鞘から剣を抜いて、構える。

 それに応じるかのように、向かい合う彼女もだった。


『はあああああああ――!』


 ぶんと剣を振るいながら思う。

 これで終わりだと。これで終わりでいいのかと。

 矛盾した両極端な感情を振り切るかのように、今の俺に出来得る全身前勢の一撃を叩きつけようとして――


 …………

 ……………………

 …………………………………………

 

「じゃあスタンレーさん。またご贔屓に」


 そう言って商人は馬に跨ると、荷馬車をカタカタと揺らしながら遠ざかっていく。

 リュックを持ち上げるとズシリと重みを感じた。物々交換で得られた香辛料や作物は、どう考えてもサービス旺盛だ。相変わらず人が良いというか、彼自身の生活が心配になってしまうくらいである。


「スタンレーおじちゃんだ! おはよー!!」


「よぉスタンレーのあんちゃん! 今日はうちで一杯どうだ?」


「あらスタンレーさん? また服の裾がほつれてるよ? せっかくの男前なんだからしゃんとしなくちゃあ」


 村に戻っては、顔を合わす度に声をかけられる。

 なにせ総員百にも満たぬ小さな集落であり、全員が家族のようなものだ。おまけに誰もが気のいい人ばかりで、元は余所者の俺でさえも差別しない。


「おはようティミー、今日も元気そうだな? ネイトさん、あんまり飲んでるとまたリタさんに怒られますよ? それとクレアおばさん……俺はもうそういう歳でもありませんから……裾は直しときますけど」


 俺は一人一人に応えつつ、その場にリュックを降ろし、近くに立てかけてあった鍬を拾い上げる。

 これからネイトさんの畑を手伝って、昼からはボブ爺さんの狩猟の助手。それから……


「相変わらずあんちゃんは忙しくしてるな?」


 と、鍬を動かしながら考えていると、ネイトさんにそう笑われてしまう。

 村のみんなから良く言われることだ。『そんなに生き急いでると、歳よりも老けちまうぞ?』なんて冗談めかして。


「そんなことありませんよ」


 その度に俺はこう返す。


「ここは時間の流れがゆっくりしてて気持ちがいい。そこに甘えてみんなより若返らないように、俺もそのスピードについていこうとしてるんです」


 それは俺なりの意趣返しみたいなもんだが、嘘のつもりもない。

 人の手によって変わることのない野山。さらさらと流れる小川の音色。長い時間をかけてようやく芽吹く畑。そこで暮らすありのままの獣たちに、多くを望まぬ人々。


 王都で暮らしていた頃はそうじゃなかった。毎日のように考えるべきことがあって、事件に追われていた。

 それに比べると今はひっくり返した砂時計をじっと眺めているかのようなもので――田舎ならではの不便さとトレードオフにしても、十二分にお釣りが来ると思う。


「なんならもっと早くに、この生活を選んでいれば良かったくらいです」


「おっ! あんちゃんも嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」


 それをおべっかと受け取ったのか、ネイトさんに肘で「このこのっ」と突かれてしまう。

 別にそういうつもりじゃなかったんだけどな? だってそうすれば――俺はああなる前に――


「スタンレーさん!」


 と、そこで大声が耳をつんざく。

 スタンだ。村の好奇心旺盛な若者で、よく都会の生活を聞きにくる。

 なんなら俺と名前が似ていることも、懐いて来る要因なのかもしれない。


「家にお客さんが来てるよ!? なんか珍しい恰好をした、すっげー美人な人!!」


「俺に客? 珍しい恰好?」


「なんていうか、その、ヒラヒラーってしてるっていうか、ダボダボーってしてるっていうか?」


 うん、スタン。抽象的過ぎてさっぱり分かんねえや。

 都会の学校に行きたいなら、もっと語彙を身に着けた方がいいと思うぞ?


「気にすんなあんちゃん。とびっきりの美人なんだろ? だったら待たせちゃいけねえ」


 と、ネイトさんは言う。ニヤニヤとした顔を隠そうともせずにだ。

 まったく……何を誤解しているのやら。俺はずっと独身だったし、そういう関係の人もいないぞ。


「まぁ……とりあえず行ってみます」


 しかし誰であろうと来てしまったものはしょうがない。

 俺は半ばで農作業を中断し、そこから少し離れた自宅へと向かう。


 にしても……まったく心当たりがなかった。

 よく取引相手になってくれる商人は男所帯で、女性を見たことは一度もない。

 それを除けば過去ということになるが、いま俺がここに住んでいることは誰にも伝えておらず、なにより今更訪ねて来る者がいるとも思えない。


 だってそう。

 アレは俺がいなくても上手くやっていける。

 あの時そう確信したからこそ、俺はこうして――


「団長……!!」


 そう思って、自宅のドアを開けた途端だった。

 そのまさか。そのまさかが瞳をウルウルと滲ませて、俺を捉えたのは。


「や、やっと……ようやく、お会いすることが出来ましたっ……!」


 ひらひらと、だぼだぼと称したスタンの理由に思い至る。

 なにせ身に着けているのは東国特有の着物だ。俺達と比べて長過ぎる袖や裾の余りを見てそう思ったのだろう。

 

 そんな人物を俺は知っている。

 馬の尻尾のように後頭部で縛った黒髪。釣り目とは裏腹に丸みを帯びた顔。凛々しさと幼さが同居し、調和しているかのような女を俺は知っている。


「――ハルナ?」


「はいっ……団長……! 貴方のハルナでございますっ……!!」


 王都騎士団二番隊隊長あらため、ベルネルト騎士団副団長『ハルナ・ホールデン』。

 かつての部下が、俺の言葉に力強く頷いていた。

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