第3話 王妃の指輪

「きみの世界のきみがどう振舞っていたかはわからないけれど……。こちらのきみは、めちゃくちゃに、強い。怒らせるなんて、命懸けだ」


「は、ぁ?」


(ええと? こちらの世界のわたくしはとても強くて、怒ると殿下さえしいしかねないと?)


「大逆罪じゃないですか!!」


 すぐに帰らないと別の意味で、大変なことがさらに大変になりそうです。


 こちらの殿下によれば、夏至の夜。月の魔力が高まると、"鏡の間"は異世界に繋がると言われているのだとか。

 夏至の夜宴が開かれた今夜は、まさに当日。


 鏡で月の力が増幅され、言い伝えの"道"が生まれて、わたくしがこちらに来たのだろうと彼は言います。


 ちなみにこちらのオーレリアは、その伝説を確認するため"鏡の間"に挑んだらしく、殿下が追いついた時には、わたくしたちは交代した後だったようです。


 月明かり輝く"鏡"を通れば、元の世界に戻れるのではと、彼は言いました。


 わたくしは月光さすうちに自分の世界に戻り、あちらに行ったオーレリアをこちらへ帰さねばなりません。

 もし彼女が牢に入れられでもしていたら、厄介なことに。


「わたくし、"鏡"を通りますわ」


 意を決したわたくしに、殿下が顔を曇らせました。


「……戻って平気なのか? 辛い目に遭わされていたのなら……」


 案じてくださる殿下の目を見て、言葉に詰まります。

 出来ることならわたくしも、理解あるこちらの殿下に愛されてみたい。ですが。


「わたくしが戻らないと、こちらのわたくしが不遇な責任を取らされることになってしまいます。殿下も"リア"がご心配でしょう?」


「もちろん心配だ。だが彼女なら、きみの世界の全員を叩きのめして、組み伏せるくらいしていると思う」


 確信に満ちた声で、殿下が頷かれます。


 いえ、それは無理でしょうと思いつつ。


「──信頼なさっているのですね。私もそのくらい信を受けられる人間として振舞っていればこんなことには……」



 遠慮しすぎた。

 我慢しすぎた。

 耐えていればいつかきっと、改善すると夢を見過ぎた。


 まず動くべきは自分だったのに。わたくしは目を閉じ、口をつぐんでいた。



 過去の自分を振り返れば、悔恨ばかりが浮かんでくる。



 こちらのオーレリアは、随分と奔放のようだった。

 自分の能力を隠さず、堂々と胸を張り、臆することなく意見を述べる。

 そして彼女はこの宮廷で、しっかりと自分の居場所を確保していた。


 わたくしは"淑女らしくないから"と、自分の声も力も押さえ続けていた。

 そんなことをしても、待っているのは"理不尽"だけだったというのに。



 殿下の言葉は魅惑的だけど、この世界のオーレリアの席を、わたくしが奪うわけにはいかない。

 わたくしはわたくしの世界で、自分の場を作らなくては。



「この世界のわたくしがいくら強くとも、女の身であることには変わり有りません。体力は無限ではなく、万一ということも考えられます。そしてわたくしの現状は、わたくしの責任です。──わたくし、戻ります」


 強い決意でそう述べると、殿下はポケットから指輪を取り出されました。


「ならこれを。持っていくと良い」


「! これはまさか」


「そちらの世界にもあるか? なら意味は同じかな? "王妃の指輪"。母上から"リア"に渡すよう、預かっていたんだ」


 わたくしは頷いて、殿下の説明を引き継ぎます。


「これを見せれば、王であれ誰であれ。何があっても、相手の言葉に耳を傾けないといけないという決まりがある──」


 嫁いだ花嫁の主張を守る、伝統の指輪。


「こんな大切なものを持って行ってしまったら、こちらの世界が困ることになりませんか?」


「大丈夫。この世界のきみの声は、誰よりも届く。僕の耳を直撃して、残響のこしてうるさいくらいに。僕は"リア"が大好きなんだ」


 シリル殿下が、にっこりと微笑まれました。


うらやましい)


 一瞬、"こちらのオーレリア"に、羨望の念を抱きます。

 それと同時に、希望もよぎりました。


(わたくしも殿下と、こんな関係を築ける?)



「もし気になるなら、新しい指輪を作るよ。僕とリアが認めれば、それは"王妃の指輪"となる」


「殿下……」


「きみの世界の僕を、どうかよろしく。かしておいてね」


 冗談めかしておっしゃりながら、殿下はわたくしに"王妃の指輪"を握らせました。

 これがあれば"発言の許可"など関係なく、わたくしの言葉はきちんと吟味される重さを持ちます。



 わたくしは自分の世界で、ちゃんと誤解を解かないと。

 そして人との結びつきを、きちんと繋ぎ直したい。



 その時、"鏡の間"にもうひとり、別の声が響きました。


「殿下! お義姉ねえ様!」


 この高い声は。


「ベルティーユ!」


 こちらの世界の義妹ベルティーユが、わたくしと殿下を見つけ、回廊の端に立っていました。

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