第2話 鏡の世界のシリル殿下

「なるほど、つまりきみは"僕の知るリア"では、オーレリアではないということなんだね?」


 穏やかに、殿下が尋ねられました。


「きっと、そうだと思います」


 半信半疑ながら、わたくしは頷きます。


 わたくしが知るシリル殿下は、突拍子もない仮説を、こんなに親身に聞いてくださる方ではありませんもの。


 殿下も、"わたくしが知る殿下"とは違うのです。

 その証拠に、彼はわたくしを捕まえようとはせず、今はふたりでしゃがみ込んで、"鏡の間"で話しています。


 わたくしの捻挫を治療するため、殿下がわたくしを抱き上げようとしたのは、慌てて固辞いたしました。


 おそらくですが、先の地震。

 わたくしは、不思議が起こるという"鏡の間"で鏡をすり抜け、別の世界に来てしまったのでしょう。


 わたくしが住む世界と全く同じで、でも違う世界。


 殿下のほくろが反転した位置にあるのが、その推測を後押しします。ここは、鏡の中の世界。


「じゃあこっちの世界のリアは今、きみの世界に行ってしまったという事?」


 殿下の言葉にハッとします。


「大変! 大変です、殿下! わたくし、追われていたのです。こちらのわたくしが急にあちらに行ったのだとしたら、きっとわけがわからないままに捕まってしまって、今ごろ混乱していますわ! わたくし、早く戻らなくては!!」


「まっ、待ってリア、じゃないオーレリア。落ち着いて。そもそも追われていたってどうして? 何があったんだ?」

 

「うっ……、それは殿下が……」


「僕が?」


「わたくしが義妹を虐めたと決めつけて、婚約を破棄し、投獄なさろうと衛兵に命じましたので」


「なんだって?!」


 信じられないとばかりに、殿下が驚かれます。


「わたくし、ベルティーユを虐めてなどおりません。きっと誤解が生じたのです。けれどそれを証明しようとしましても、発言を許されなかったのでございます」


 違う世界の違う場所、ここでお伝えしてもきっと意味はない。だけど、聞いていただきたかった。

 わたくしの熱い訴えを、殿下は茫然と受け止めていらっしゃいます。


「なんてことだ……。リアに手を出すなんて」


 シリル殿下の整ったお顔が、蒼白に染まります。心配してくださっているのでしょうか。


(ああ、こちらのわたくしは、殿下に愛されているのですね……)


 寂寞の思いは、しかし次の殿下の言葉で吹き飛ばされました。


「向こうの僕、殺されるぞ……」


「……は?」

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