闇を裁く〜アストラル・インフェルノ〜

入江 涼子

第1話

  私は王である父と白魔女である母との間に生まれた。


 父はなかなかの好人物だが。性根は腹黒くて強かな一面がある。母は見かけが可憐ではある。けど中身は気性が激しく苛烈な一面を持つ。そんな両親の血を継いだ私は見かけこそ美形と言われるが。性格は腹黒く苛烈と言えた。兄も二人いるが似たような性根をしていた。


「……アスト。今日もお疲れさんだな」


 そう言ったのは父であるイーサン王である。私がいるのは父の執務室だ。


「いえ。役目を果たしたまでです」


「ふむ。アストラル。そなた程にできる息子はいない。今後もよろしく頼むぞ」


「……はい」


 私は一礼をして執務室を出た。父の視線を背中に感じたのだった。


 自室に戻ると影達から報告がある。私はそれをソファーに座りながら受けた。


「……アストラル様。どうやら財務大臣が怪しげな動きをしているようです。いかがなさいますか?」


「判断はそなたらに任せる。もし少しでも不届きな動きを見せたら始末しろ」


「わかりました。御意に」


 一人が言うと二人目が告げた。


「マスター。アーバン公爵が塩を不正な価格で売買していると密告がありました。陛下に奏上した方がよろしいかと存じます」


「……成程。なら、今後も監視を続けろ。アルと同様に少しでも怪しい動きがあったら始末を」


「……御意に」


 二人目が終わると今日は以上だと影は告げる。彼らの気配が遠ざかるとほうと息をついた。メイドが淹れていった紅茶を口に含んだのだった。


 私の住む国――インフェルシア王国は建国されてから三百年が経つ。この王国には魔法や魔術、魔獣などが存在する。私にも魔力があり火属性だ。そんな私が属する王家にはある秘術が存在した。それは任意の場所に火柱を顕現させて命中した相手に煉獄の苦しみを与えるという火魔法でも最強の術だ。その名も〈焚刑制御〉という。魔術名は〈アストラルインフェルノ〉とも。

 私がこれを王家で唯一使える。稀に焚刑制御を扱える者が生まれるらしい。この秘術を使えた者は代々、王家の裏の裁判者と言われた。そう、暗殺者を請け負っていたのだ。私もこの秘術を十一歳にして使えるようになっていた。この時から王子でありながらも暗い王家の闇の道を歩んできた。血に塗られた道をだ。それでも私は後悔はしていない。自身で請け負っていこうと固く決意していたからだった。


 翌日も私に依頼がくる。侍従が私専用の暗器を持ってきた。


「……アストラル様。お仕事です」


「ああ。行ってくる」


「お気をつけて」


 侍従が深々と一礼した。暗器――東方の国に伝わる匕首を手に取る。それを懐に入れて皮製の黒の手袋をはめた。そして片手に乗る程の魔導書も懐に入れた。侍従に見送られる中、私は宵闇に紛れた。


 まだ夕闇が迫る中、認識阻害の魔術を用いて獲物に忍び寄る。今日はいかがわしい黒魔術を使っているという伯爵だ。その男――伯爵はこのインフェルシアで禁じられている人身売買にも関わりがあるとの事だった。伯爵の屋敷が少しずつ近づく。高揚感を感じながらも冷静に塀を跳躍した。屋敷の敷地内に潜入する。ここで探索魔法を使う。ふむ。伯爵は東側の書斎にいるな。それさえわかれば、こちらのものだ。ほくそ笑みながら東側の棟に近寄っていった。


 書斎は二階にあった。私は音もなく跳躍しバルコニーの手すりに掴まる。そのまま、石床に着地した。一歩二歩と静かに窓辺へ近寄る。硝子で作られた窓をゆっくりと開けた。中に入ると足音を毛足の長い絨毯が消してくれる。

 ここはどうやら伯爵の私室らしい。書斎はこの部屋の左隣だな。それを思い出しながら私室の中で目だけでドアを探す。向かって斜め左側にあった。そこに歩み寄り慎重に開ける。


「……ふむ。あの奴隷は……」


「……はい。あれでしたら……」


 くぐもっているが中年の男らしき二人組の会話が聞こえた。こちらに背を向けている方はわからないが。正面を向いてソファーに座っている方は脂ぎった小太りの男だった。髪はいささか寂しい感じで目は一重で細い。……あれが例の伯爵か。そう胸中で独りごちると私はドアを後手に閉めた。


「……む。そなたは。何者だ?!」


「……名乗る程の者ではない。ウェイン伯爵」


「あ。もしや、お……」


 私がとっさに放った呪縛の魔法のせいでウェイン伯爵は微動だにしなくなった。ついでに声も奪っておく。背中を向けていた方の男にも同様の魔法をかけておいたが。こちらは痩せていて髪を後ろに一束にしている。目は落ち窪んではいるが二重で切れ長だ。無駄に派手な赤い上着にクラバットを身に纏う伯爵よりは地味ではあるが。黒の木綿らしいシャツにスラックスという格好だ。中級階級らしい服装だと思った。

 今は秋なので夜は冷える。私はそんな中でも薄手の黒のシャツとスラックスだ。まあ、痩せた方の男と似たような格好ではあるか。


「……!!」


「伯爵。あなたは奴隷を売買しているね。そちらの男は取引相手かな?」


 伯爵は目を大きく見開いた。その表情で確信する。やはり当たりだったようだ。私はそれだけを確認するとあのの呪文を詠唱する。


「……火の型。三の術。アストラルインフェルノ」


「「……!?」」


 小さく呟いただけでゴオッと煉獄の火柱が書斎に立ち昇った。それは伯爵と取引相手――奴隷商人を包む。二人は悲鳴もあげられぬまま、業火に焼かれた。少し経つ頃には黒い影だけを残して火柱は消える。


「……処断完了。地獄の業火に焼かれ続けなさい。悪しき者たちよ」


 それだけを死者の手向けの言葉にした。仕事は完了だ。私は転移術で王宮に戻った。


 ――完――


 

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