みやこぐさの宝石

藤泉都理

みやこぐさの宝石




「ぎゃあああああ!!!どろぼう!!!」


 たんぽぽの綿毛がゆっくりゆっくりと横切る中。

 みやこぐさの小さな黄色の花が一斉に咲き誇る中。

 ぼくと君は出会った。

 

 君は、みやこぐさが生えている地面を乱暴に掘って、黄色の宝石を口に銜えると、すたこらさっさと逃げて行ったのだ。



「ぎゃああああああ!!!どろぼう!!!」






 みやこぐさ。

 まめ科、みやこぐさ属の多年草。

 開花時期は四月から七月。

 一センチメートルから一.五センチメートルの小さな蝶型の黄色い花を咲かせる。

 一つの花茎に一から三輪の花をつける。

 葉は五枚の小葉がまとまっている奇数羽状複葉で、茎の先に三枚の複葉と茎の付け根に二枚出ている。


「まあ、蝶っていうか。鋏みたいだけど。指穴が大きくて、でも、穴のない閉じた鋏」


 みやこぐさの黄色の小さな花にちょこんと触れては、みやこぐさの根に生息している微生物にがんばれと声援を送った。


 魔法使いのぼくは今、みやこ草の根に生息する微生物たちの力を借りて、黄色の宝石を作っていた。

 みやこぐさの宝石だ。

 このみやこぐさの宝石には際限なく呪文を閉じ込める事ができて、さらにそれらを一つにまとめ、とてつもない威力を持つ呪文が放つ事ができると書物で読んで以降、ぼくはみやこぐさの宝石の創製に邁進した。


 みやこぐさの宝石の色は黄色。

 占い好きのおばあちゃんが教えてくれた、ぼくの生涯をかけての、ラッキーカラー。


 ぼくはみやこぐさの宝石を作って、あらゆる呪文を閉じ込めて、とてつもない威力を持つ呪文を作って、いつか訪れる世界の危機にその呪文を放って世界を救って、老若男女に黄色い声援を送ってもらうのだ。

 それが、ぼくの夢。

 だったのに。

 何百回も失敗して、ようやく、ようやくだ。

 みやこぐさの宝石が完成する間際。

 だったのに。


「ぎゃあああああ!!!どろぼう!!!」


 どこからか現れた金色の狼が、みやこぐさが生えている地面を掘って、みやこぐさの宝石を銜えて逃げ出したのである。


「ぎゃあああああ!!!どろぼう!!!」


 ぼくあ追いかけた。

 滂沱と涙を流しながら金色の狼を追い続けた。


「何で!?何で!?どうして!?こんな。こんなひどい事をするんだよ!?ぼくの、ぼくが頑張って創ったみやこぐさの宝石!」


 どんどんどんどん。

 金色の狼との距離が離れていく。

 当然だ。

 ぼくが運動が苦手だからだけじゃない。

 狼に人間が追い付けるわけがない。

 でもだからってどうして追いかけるのを止める事ができるか。

 できるもんか。


「ぼくの。ぼくの夢を。返せよ!!!」


 叫んだ瞬間、ぼくはぼくの足に引っかかって、盛大に転んでしまった。


「ぼくの、夢を、返せ。よう」


 魔法使いなのに、魔法を使えない。空も飛べない。攻撃呪文も放てない。治癒魔法もかけられない。結界魔法もかけられない。

 唯一できた事が。

 みやこぐさの宝石の創製について書かれている古代の魔法の文字を読む事と、みやこぐさの宝石の創製だった。


 わかっている。

 ぼくができるのは、宝石を作る事までだ。

 その後の事は、何もできない。

 みやこぐさの宝石に呪文を籠めてもらうのも、一つにまとまった呪文を解き放つのも、他の魔法使いにしてもらわないといけないんだ。


「あんた」

「ば、ばんばよう?」


 ぼくが顔を上げると、地面にうつ伏せたぼくと同じくらいの年頃の女の子が、立ったままぼくを見下ろしていた。

 狼みたいな女の子だなあ。


「あ!!!」

「ん。返す」


 女の子は金色の狼が持ち逃げしたみやこぐさの宝石を持っていた。

 持っていただけじゃない。

 ぼくに返そうとしてくれている。


「あ。ありがとう!!!金色の狼から取り返してくれ、た、ん」


 飛び上がって立ったぼくは、開いた口が塞がらなかった。

 女の子はぼくの目の前で、金色の狼に変身したのだ。


「え?えええええ!!!」

「うっさい。返さないよ」

「ん」


 ぼくは即刻口を片手で覆って、首を縦に何度も振りながら、片手を金色の狼に差し向けた。

 金色の狼から女の子に戻った女の子はぼくの片手に、みやこぐさの宝石を置いてくれた。


「返す。それ、失敗作だから」

「………え?」

「呪文が籠められないから失敗作。ただの、黄色の宝石」

「………そ、っか」

「あんた。もうそれ、みやこぐさの宝石を創製するの止めな」

「………なんで。そんな、こと言うの?ぼく。諦めないよ。絶対。絶対絶対!」

「善人に渡ればいい。でも。悪人に渡った時の事、考えた事あるわけ?」

「渡さないもん」

「私みたいに強引に持って行くやつも居る。善人を装った悪人も居る。あんた。対応できないでしょ。諦めて、ほかの夢を探しな」

「………なん。何だよ。何で。そんな。簡単に。ほかの夢を探せって。できるわけないだろ。ようやく。見つけた。夢なのに。ようやく。叶えられる夢を見つけたのに。手放せるわけないだろ!」











「あ~あ。惚れた男を泣かせるなんて。い~けないんだいけないんだ。いけない子だねえ。瑞月みずき

「バカ兄貴」


 瑞月みずきと言われた女の子は、この場から走り去っていった男の子と入れ替わるようにやって来た狼を見た。


「接触するな。って言われたよな。おまえ。あいつに必ずみやこぐさの宝石を作らせる為に。おまえの仕事は、あいつに近づくものをすべて排除する事。それだけだって」


 狼の姿から青年になった兄を見上げながら、女の子は不満げな表情を向けた。


「だって」

「あいつを護る自信がなくなったか?」

「違う。ううん。違わない。かも。あいつが。あんなにキラキラした顔で作ってるものを。私たちは。殺す為に使おうとしてる。あいつが知ったら。あいつは、絶望する。そんな顔、見たくない」

「護衛している間に、よっぽど惚れこんじまったんだなあ。話した事もないのに」

「うっさい。バカ兄貴」

「う~ん。困ったなあ。妹の悲しむ顔は見たくないし。でも、一族の悲願もわからんでもないし。妹が惚れているやつの夢も叶えたいし。う~ん。なあ。どうしようか?」

「どうにかしろ。バカ兄貴」

「う~ん。よし。俺たちが先に全員殺しちまうか?一族の悲願は叶うし。妹が惚れているやつが創るみやこぐさの宝石は殺しに使われないし。妹は悲しまないですむ。どうだ?」

「………殺しなんてしたら。あいつに嫌われる」

「………よし。じゃあ、兄ちゃんが一人でがんばっかなあ」

「うん。任せた兄貴」

「おお。人生で一番の笑顔。後にも先にも見られない笑顔。よーし。兄ちゃん。がんばっちゃおうかなあ」

「うん。頑張れ」

「………ごめん無理。兄ちゃん。おまえより。っつーか。一族の中で一番弱いし」

「………バカ兄貴」

「うえ~ん。人生で一番冷たい顔だ」

「ふん」




















「ぶえ~~~ん。おばあち゛ゃん~~~。ぼく。ぼく!絶対!作るもん~~~。絶対に絶対に!みやこぐさの宝石を作るもん~~~。そして。絶対に正義の味方に渡すもん~~~」

「うんうん。大丈夫。大丈夫。宮斗みやとなら絶対に作れるよ。黄色のものを身に着けていたら、もしくは、傍に居てくれたら、絶対に作れるって、占いでも出てるからねえ」

「ん゛~~~」


(そう。大丈夫だよ。あの子が。瑞月みずきがおまえを護ってくれるから。安心して、みやこぐさの宝石を作るんだ。そして、)






 私たちを虚仮にした世界に復讐を果たすんだよ。











(2024.6.20)



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みやこぐさの宝石 藤泉都理 @fujitori

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