第3話





「で、具体的な作戦とかあんの?」


気を取り直して聞いてみる。

だってそうだろ。

このままノコノコ助けに行ったら多勢に無勢もいいとこだ。


「もちろん。まずは着替えからだな」

「は?」


どゆこと?変装とか?

これはもしや大役かと固唾をのんで待つオレに、猿渡の容赦ない言葉が突き刺さる。


「ただでさえパッとしないんだから、せめて清潔感だけは保たないと」

「なんでそんなに辛辣なの??」


オレ、これでも今までそれなりの普通を自負して生きてきたんだけど。

てか制服着ててその評価はあんまりだろ。


「せっかくだからそこの店で買って行こう。ついでに針山も着替えた方がいい」


言われるがまま、とぼとぼとついて行く。

針山が複雑な顔で続いた。

いらっしゃいませーの声を聞き流して、猿渡は迷わず無地の赤いTシャツを手に取った。

コイツが赤を選ぶなんて意外だなーと思っていると、そのまま手渡される。


「え?オレに?」

「君には明るい色が似合うと思って。赤は嫌い?」

「いや……スキだけど」

「じゃ、試着してみてくれ。その間に僕らも見繕っとくから」


Tシャツを広げてみる。


「明るい色が似合う……」


ニヤけそうな顔を引き締めて試着室に向かう。

カーテンを閉めたらもう我慢できなかった。

への字に曲げた口がふやけていく。


「へへ」


勢いよく学ランを脱いで、そろそろと赤いTシャツに頭を入れる。

鏡の前でポーズをとってみたりした。

いや、まあ、悪くない。

似合うと言われただけある。

このまま着てこっかな。

安いのでよかった。

会計を済ませると、出口でもう二人が待っていた。


「遅かったな」

「あ、あーうん、ちょっとな。そっそれより、二人も着替えたんだな」


まさか試着室で一人悦に入ってたとは言えないので、さり気なく話を逸らす。

針山が青のTシャツ、で、猿渡が白か。

なんか猿渡が白着てるって新鮮だな。

学ランしか見たことなかったし、思わず細い首に目がいってしまう。


「……何?」

「別に!何でも!!」


いや、いやいや。

何見てんだよ俺、臼井さんならまだしも猿渡は男だぞ。


「な、なあ、荷物預けんだろ?コインロッカーなら駅にあるから行こうぜ」


空気を読んでくれてありがとう。

針山、お前はイイヤツだ。

そそくさと後についていく。

五百円のコインロッカーに三人分の制服を詰め込んで、やっとまともに猿渡の顔を見れるようになった。


「鍵は僕が持つよ。さて、そろそろ打ち合わせしようか」


き、来た。

一体どんな無理難題を押しつけられるのか。


「乾」

「おう」

「とりあえず君一人で乗り込んでくれ」

「お……え、ええぇぇええ!?」











生徒指導室より入りづらい店の前で、看板の横文字を見上げる。


「ディー、アイ………でぃおす……」


読めない。

現実逃避もできないのか。

だいたい何でも英語にすりゃいいってもんでもないだろ。ここは日本だぞ。

日本語でいーじゃん。

そう。


「……そろそろ入ったらどうだ」


例え彫りの深い強面が入り口の前に立っていようとだ。

何でいるの?客引きかよ。

ドアの隙間からちょっと覗いて無理そうだったら帰ろうと思ったのに。


「あ、あーと、オレはその、」

「誤魔化す必要はない。乾といったか、蟹江さんが待っている」

「なんで名前バレてんの!?」

「敵情視察って知ってるか?」


あ、今ちょっと呆れられた。

無表情でも何となく分かるんだからな。

しかし、敵意は感じないから不思議だ。

めっちゃ顔怖いから余計にね、だってそこらのチンピラの態度じゃないもん。

マフィアのボディーガードのそれだもん。

見たところオレとそう年は変わらないはずなのに、貫禄があり過ぎる。


「……ミツヨシも中にいる」


うぐ。

ボディーガードが目を見て頷いた。


「お、お邪魔しまーす……」


へっぴり腰でそろそろと扉をくぐる。

まず視界に飛び込んできたのは、コンクリ剥き出しのモダンな内装だ。

剥き出しと言っても、殺風景ってわけじゃない。

観葉植物がちょこちょこ飾られてて、緑と無骨な灰色との対比が綺麗だ。

天井も高めでプロペラみたいなのがくるくる回ってる。

オシャレなカフェみてー。

そりゃウサギ小屋の裏じゃダメだよなあ。





「いつまでも突っ立ってないで、座れば?」


間延びした声にまたも現実に引き戻される。

ずいぶん友好的な台詞の主は、デカいソファにゆったり構えていた。


「蟹江……じゃないな、誰だよ」


蟹江はもうちょい髪が落ち着いた色だったと思うし、ガタイもよかった気がする。

あと、こんなにアクセじゃらじゃら着けてたっけか?

何もしなくてもイケメン、それが蟹江だ。

この前のでよおーく分かった。

いやコイツもモテそうな面してるけど。

立ったまま質問すると、爆笑された。


「ぶっは、蟹江クンと間違えられるなんて初めて!ボクの名前は糸目でっす、覚えてねー」


ひらひらと手を振ってくる。

やたら馴れ馴れしい。

にしても糸目っていうのか……確かに目が細い。

笑ったら本当に線みたいだ。

ん?待てよ。


「い、糸目だって!?」

「糸目だよーん」


足が勝手に後ずさる。

だって、だって!

あ!の!性悪メガネが!猿渡が!

要注意だって言ってたヤツだ!

それすなわち、コイツは猿渡以上の陰険ヤローということに他ならない!!

てか蟹江は?待ってるっつったじゃん!

会いたければまず中ボス倒せってか!?


「嫌だなあ、んな怖がらないでよ。ボクは暴力とか嫌いだし平和にいこうよ」

「……ミツヨシは無事なのか」


ヘラヘラ笑ってもだまされないぞ。

こーゆーフレンドリーなタイプほど、敵になったら平気でエグいことするんだ。

アニメで見た。

オレの態度をどうとったのか、糸目がやれやれとでも言いたげに首をふると、店の奥に呼びかけた。


「ミツヨシくーん、お迎えだよ~」


しかし何も起こらない。


「しかたねーなあ……誰か連れて来たげてー」


さっきとはうってかわっていかにもダルそうに糸目が声を張り上げる。

すると、柄の悪そうなのが二人して奥からミツヨシを運んできた。


「……ッおい!大丈夫なのかこれ!!」


素人が見ても分かる。

ミツヨシはヤバい状態だった。

目は開ききって天井をひたすら見るばかりで、焦点が合ってない。

ヨダレだってたれ流しだ。

手足も動かせないようで、ピクピクしてる。

早く救急車を呼んだ方がいいに決まってるのに、俺は動けずにいた。


「大丈夫じゃない?ちょっと多めに打っちゃったけど、まあこんなもんでしょ。死にはしないって」


糸目が目を細めてケラケラ笑う。

コイツ…………いや、今はミツヨシを病院に連れてくのが先だ。

たぶん薬物中毒か何かだと思う。

猿渡も“cancer”は最近薬に手を出してるって言ってたし。

パンッと頬を叩いて気合いを入れる。

頼むから動いてくれよオレの足。


「あれ、もう帰っちゃうの?」


ぐったりしたミツヨシを背負うオレに、糸目が残念そうに言う。

猿渡は正しかったな。

数分話しただけで、糸目というのがどんなヤツかよく分かった。


「帰るに決まってんだろ、病院連れてかなきゃ」


しかし、オレはまだまだ理解が浅かったらしい。


「もっとゆっくりしてってよ、蟹江クンも上で待ってるしさあ。あと、何より」


糸目がソファから立ち上がる。

それに合わせてミツヨシを運んできた手下その一その二が入り口の前に立ち塞がった。

まずい、挟まれた。





「キミがあのコにふさわしいのか、ボクがテストしてやるよ」







続く

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