第4話
「キミがあのコにふさわしいのか、ボクがテストしてやるよ」
五、六人でジリジリ距離を詰められる。
……これ、もしかしなくても絶対絶命のピンチじゃないか?
意識のない人間がこんなに重いとは知らなかった。
ただでさえケンカとか自信ないのに、殴りかかられたら避けられない。
だーかーら、嫌だったんだよ一人で乗り込むの!
アイツのことだから何かしら用意はしてるんだろーけど!
ミツヨシとやらを背負い直してヤツらをにらみつけた。
ムカつくことに糸目は楽しそうに手を垂直に上げ、合図を送る。
不良のくせに運動会のマネとは小しゃくなヤツめ。
「よーい、」
ドン、ではなく別の音が鳴った。
店内が突然暗くなる。
「えっなになになに」
視界は真っ暗だ。何も見えない。
「どうした!?」
「停電だ!ブレーカーが落ちたんだ!」
「んだよッそれ」
ただ、それまで余裕こいてた手下どもがうろたえ始めた。
とりあえずチャンスだ。
必死に足を動かした。
「おい誰かさっさとブレーカーを……ッ今度は何だ!?」
目が慣れる前にまた周りが騒ぎ始めた。
ガラスの割れる音がする。
「窓!窓からなんか放り込まれた!!」
「なんかってなんだよ!?」
「あれだよあれ!煙出るやつ!!」
機敏だよなぁ、不良ってみんなこうなのか。
オレだけ何が起きてんのかまだチンプンカンプンなんですけど。
のたのた歩きながら耳に入ってきた言葉に内心首を傾げる。
煙出るやつ?
なんじゃそりゃ。
とにかく逃げるなら今のうちだ。
足下からどんどん煙がのぼってくる。
咳き込みながらも出口に向かって進んでると、今度は雨が降ってきた。
「うおっ冷た!」
「スプリンクラーだ!!」
「やっべぇ店長に怒られる!」
店の中は軽くパニック状態だった。
もう誰もオレらのことは気にしてない。
よっしゃ、このまま逃げきったる。
そう意気込んだオレだけど、すっかり忘れてたんだよなあこれが。
「どうした、さっきから騒がしいが……」
「………………………………」
出口には超強面のSPもどきがいたってことを。
ドアを開けたところでばっちり目が合う。
うへぇ正面から見るとマジで恐い。
健気に動いてくれていた足も止まってしまう。
本当に恐いときって動けないもんなんだな。
勉強になったよ。
これっぽっちも知りたくなかったけどな!!
嫌だ死にたくない。
ボコボコにされて、本業の人に引き渡されて、東京湾に沈められるなんて絶対嫌だ。
いったい猿渡はどこで何してるんだよ!!
「……………」
無言で強面が一歩踏みだす。
ぎゅっと目をつぶる。
しかし痛みはなかった。
強面はだんまりのまま、煙の中へ消えていった。
ドアも開けっぱなしだ。
「………………え?」
「おつかれ。はいこれ制服。しばらくそこで休んでてくれ」
あの後、混乱しつつも指定場所までミツヨシを担いできたオレを猿渡は珍しく労った。
それはいい。
実際がんばったんだし、大いに褒めてほしい。
けど問題はそこじゃなかった。
とりあえずびしょ濡れのTシャツを脱いで、制服に袖を通す。
差し出されたジュースを一口飲んで、室内を見回した。
閉め切ったカーテンに参考書が積まれた机、ミツヨシが寝かされたベッド、その脇で年上っぽい男の人がモジャモジャ頭を掻きむしっていた。
手、でかいな。
たぶん背もでかいんだろうけど、しゃがんでうつむいてるせいかオレより小さく見える。
「なんでここに連れてくるんだ!こんなの診れるわけないだろ!?」
「牛頭先輩なら助けられるかと思って」
「無理だよ!ボクは医者じゃないんだぞ!?」
「えっ医者じゃねーの?」
思わず口をはさんじまった。
猿渡が迷わずここに直行させたから、てっきり医者の知り合いかと思ってた。
半泣きの先輩と目が合う。
あ、メガネしてるんだ。
グリーン色のフレームっておしゃれだな。
「医者じゃないよ!」
「医大は出たけど、国家試験に落ちたんですよね」
横から猿渡が親切にも、初対面の先輩の超プライベート情報を暴露してくれる。
お前、ちゃんと説明してくれるのはこういうときだけだな。
いつか刺されるぞ。
「えっと、でも、このままじゃコイツ危ないと思うんすけど」
「見りゃ分かるよ!だから病院に」
「病院はだめだ、警察沙汰になる」
今度は猿渡が口をはさんだ。
そのまま言い放つ。
「牛頭先輩、これは“医療行為”じゃない。手当てだ、応急処置だ。それくらいならいいでしょう?」
「うう、詭弁だ」
「でも警察沙汰になって困るのは先輩ですよ?これまでのことも話さなきゃいけなくなる」
これまでのこともってなんだ?
ふと疑問に思ったけど口には出さない。
そんな場合じゃないしな。
「〜〜ッ分かったよ!どうなっても知らないからな!」
それから忙しかった。
スマホで検索したら、どうやら水とかお茶とかを飲ませて小便を出させるのがいいらしいと出てきた。
ので、ひたすら水を飲ませてはトイレまで背負っていくのを繰り返した。
牛頭先輩から塩分もとらせろと言われて、途中から塩もちょいちょい入れた。
よいこのみんなはちゃんと病院へ行こうな。
「う……」
「あ!気づいたぞ」
「よかった~……」
牛頭先輩がペットボトルを抱いたまま、床に崩れ落ちた。
お疲れさまっした。
「んん……ここ、どこ……」
「知り合いの家だ。心配するな、すぐ針山も来る」
猿渡がスマホをいじくった。
たぶん針山に連絡してるんだろう。
それを横目で見ながらオレも床に座った。
白くて細い指だ。
一段落ついてなんとなく分かってきたぞ。
さっきの店での煙騒ぎ。
十中八九コイツの仕業なんだろうな。
濡れることまで計画の内だったから、わざわざ着替えさせたんだ。
オレ一人で行かせたのもそう、きっとあの糸目とかいうヤツを油断させるためだったに違いない。
説明不足にも程がある。
「なにか言いたそうだね」
「当たり前だろ」
不満ですと顔に書いてやったからな。
その顔を見て、猿渡は吹き出した。
「ごめんごめん、わざと説明しなかったんだよ。君、顔に全部に出るだろ」
それは……まあ、たしかに。
一から十まで説明されてたら、それこそ一から十まで計画はバレていたことだろう。
わけも分からず状況に流されるままだったからこそ、お膳立てどおりに動けた。
げどさー、やっぱさー。
「それに、君ならどんな状況でもミツヨシを見捨てないって信じてたからね。さすがは総長だ」
「え、そっそお?」
褒められちった。
さっきまで下降ぎみだった気分がぐんと上がる。
自分でも単純だと思うけど、嬉しいもんは嬉しい。
視界の端で牛頭先輩がうめく。
「人の家でイチャつくなよ……」
こうして無事ミツヨシ救出作戦は大成功に終わったのだった。
続く
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