第2話



諸君はラブレターをもらったことがあるだろうか。


『乾くんへ。この間はごめんね。もう一度会えるかな?放課後、南校舎の第二準備室で待ってます。臼井 花』


そうこれ。ラブレター。

机の中にひっそりと入っていた。

相手はこの間の彼女。

こんなのもらったら絶対行くよな?

行っちゃうよな?


「なのに!なんでお前までいんだよ!?」

「人を指さすのはやめた方がいいぞ」


猿渡が銀フレームのメガネを中指で押し上げる。

喜び勇んでドアを開けたというのに、そこにいるのは臼井さん一人じゃなかったのだ。


「ごめんね乾くん、私が頼んだの」


ボブの黒髪をゆらして、臼井さんが謝ってくれた。


「い、いや!臼井さんは悪くねーよ!?用って何かな!?」


くぅ、やっぱ可愛いなあ。

化粧ばっちりのクラスの強気な女子共とは違うわ。

そのつぶらな瞳で見つめられると、何でも言うこと聞いてあげたくなる。

そんなことを考えて、ユルッユルになっていた顔は次の台詞で凍りついた。


「あの、その…乾くんと猿渡くんってつき合ってるのよね?」

「は?」


やばい、反応できない。

言葉に詰まったのを肯定ととらえたのか、臼井さんはまぶしさすら感じる笑顔で畳みかけてきた。


「でもって元彼の蟹江くんから猿渡くんを守るためにチームを作ったんでしょ?いいわ、何も言わないで。ええ、分かってる、分かってるわ!」


分かってない分かってない。

どっから出てきたその話。

目線で猿渡に助けを求める。

ヤツなら理路整然と否定できるはずだ。

が、あの野郎、諦めろと言わんばかりに首を横に振りやがった。

おいいいい!

最初の話と違うじゃねーかッ!


「でねっ、今日来てもらったのは私にも何か手伝わせてほしいなってことなの!」


反論できないままに、まさかの彼女からぎゅっと手を握られる。


「私、応援するから!二人のこと!」

「いや、その、」


しどろもどろに誤解を解こうとしたら、横から猿渡に滑らかな口調で台詞をとられてしまった。


「ありがとう臼井さん。じゃあ早速なんだけど、この二人知ってる?」


制服のポケットからスマホを取り出して、画面を彼女に見せる。

そこには、この前の綱渡り凸凹コンビが写っていた。

いつの間に撮ったんだ。

てか乗っかるんだ、利用する気マンマンだな。

鬼め。鬼メガネめ。

オレの恋路はどうすんだよ。

念を込めてギリギリ睨みつけるけど効果はない。

実に涼しい顔をしてやがる。


「僕達のチームはできたてほやほやでメンバーが足りない。そこでだ、まず手始めにコイツらを引き抜きたい」

「はあ?何言ってんのお前、無理に決まってんだろ」

「無理じゃない。あの二人は僕の顔を知らなかった、チームに入ってまだ日が浅いんだ」

「え、なに、お前そんな有名人なの?」

「んー…ごめん、知らない」

「いや、いいんだ。じゃあまずはこの二人の身辺調査から始めよう。学校と名前が最優先だな」


無視かよ。

そういや、最初からうさんくさかったよなコイツ。

そんなのにホイホイ着いてったのはオレだけれども。


「分かったわ、友達とかお兄ちゃんにも聞いてみる」

「よろしく頼むよ」

「任せて!じゃあ私帰るね。あんまり邪魔しちゃ悪いし」


二人の横で、あれはもしかしてとんでもない間違いだったんじゃないかと悩んでいるうちに話が終わってしまう。

え、もう帰っちゃうの臼井さん。


「臼井さん、待っ、」


告白どころかあらぬ誤解をしたまま、黒髪ボブをなびかせて臼井さんは行ってしまった。

呼び止めようとして腕を伸ばしかけた格好で固まるオレの肩がぽん、と叩かれる。


「さて、僕達も始めようか」


…何を?











「はあ、はあ」


息が切れる。

うつむいた額から汗が一筋、滴り落ちた。


「やってもやっても終わらない…」

「まあろくに使ってなかったみたいだしな」


一つしかないパイプ椅子に優雅に腰かけて、猿渡がペットボトルの蓋を捻る。

こちとら汗水垂らしながら掃除をしているというのに、えらい違いだ。


「お前も手伝えよ」

「まあまあ、あと少しだしがんばってくれよ。ジュース奢るからさ」


睨みつけるけど、どこに持ってたのかもう一本ペットボトルをにっこり差し出された。


「オレは小学生か」

「帰りにコンビニで唐揚げもつけるけど」

「がんばる」


チョロいなんて言うなよ。

唐揚げが嫌いなヤツなどこの世にいないのだ。


「ところでさ」


雑巾で薄く埃の積もった床を水拭きする。

第二準備室かー、こんなとこあったんだな。


「誤解、解かなくてよかったのかい?」

「そーだよ!」


雑巾を床に叩きつけた。

なんか有無を言わせず掃除させられたけど、それどころじゃなかったわ!!

ホモだよホモ!

よりによって好きな子からホモ扱いされるって

しかも喜々としてたし!

あんな生き生きした顔初めて見たよ!

…可愛いかったけど。

いや。いやいやいや。

いくら好きな子が嬉しそうでも、ホモ扱いはねぇーよ。

圏外ってことじゃん、オレ!!


「まあでも、よかったじゃないか」

「何が!?」

「これで彼女とまた話せるだろ」

「話す内容はオレとお前の妄想ホモワールドだぞ!?おえ」

「ふーん」


ペットボトルを古い机の上に置いて、猿渡がパイプ椅子から立ち上がる。

狭い準備室で、あっという間に距離がゼロに近くなった。

男にしては白くて細い指がシャツの上から胸をなぞる。


「僕が相手じゃ不服かい?」

「な゛」

「なーんちゃって。早くしないとコンビニ寄る時間なくなるぞ」


反応する前に、あっさり離れていく。

猿渡は手をひらひらさせて、さっきの妖しい雰囲気は微塵もない。

なのにオレの方は、心臓の音が頭の中にまで響いて落ち着かなかった。


「…?どうした?」

「っ何でもない!」


さっきよりも力を入れて床を拭く。

見えるとこだけざっと終わらせて立ち上がった。


「さっさあ、唐揚げ食いに行こーぜっ」

「その前に戸締まりだ。鍵は僕が持っておくよ」

「ん…?職員室に返すんじゃなくて?」


どう先生を言いくるめてここを借りたかは知らないが、鍵は職員室で管理してるはずだからなくなったらすぐに分かるはずだ。


「実はこれ、スペアなんだ」

「は…」

「無断でこっそり作ったから、言いふらすなよ。結構手間かかったんだからな」

「は?」

「ほら、僕らにも根城は必要だしね。“cancer”を潰そうっていうチームがいつまでもウサギ小屋の陰で作戦会議だなんてしまらないだろう?」


しまらないだろう?てお前。

開いた口がふさがらない。

ある意味臼井さんのホモ発言より衝撃だ。

そんなことしていいのか。

口をパクパクさせる俺を置いて陰険メガネはスタスタ先を行く。


「ちょ、それマズいって!」

「何を今さら。別に盗んだわけでもなし、これからもっとマズいことに首を突っ込む予定だろ僕達」

「そーだけども!そーゆーことじゃなくてだな…」


斜め後ろについて校門に向かう。

背の割に歩くのは早いんだよなー。

オレの方が背も高くて足も長いのに。くそ。

あともう一歩で並ぶと思ったその時、校門前に見覚えのある顔がいるのに気がついた。


「あ」

「あ」


目が合った。

うわ、この前の綱渡りコンビのデカい方じゃん。

どどどうしよう。

報復かと脅えていると目の前で土下座された。


「頼む!助けてくれ!」


…どゆこと?










[newpage]









綱渡りコンビの片割れは針山というらしい。

確かに髪の毛はツンツンしている。

とりあえず土下座をやめさせて、バーガーショップに移動した。

通学路途中にあるので、オレ達以外にもちらほら制服姿のヤツらがたむろしている。


「はあ!?人質!?」

「声が大きい」


唐揚げ代わりのナゲットを口に入れたまま思わず叫ぶ。

隣の猿渡に冷たくにらまれた。

しゅんとして今度はポテトを頬張る。


「…俺ら、アンタ達を捕まえられなかったろ。ミツヨシが馬鹿正直に報告しちゃって」

「なるほど」


真面目な顔で猿渡が頷く。

やべー、さっぱり分からん。

だからどうして人質なんて物騒な話になるんだ。

ミツヨシって誰だ。


「お前らを蟹江さんとこに連れて来いって…今日の夜十時までに戻らなかったらミツヨシを制裁するって…」

「ぶ!?」

「君は、本当にもう…」

「いやいやだって、チームだろ?仲間だろ?」


いっくら不良っつってもダチは見捨てねーだろ。

しかし現実は違ったらしい。


「…そういうことを好んでやりそうなヤツに心当たりがある」


猿渡が断言した。


「糸目だろ」

「…っなんで知って、」

「以前ちょっとね。それよりアイツが噛んでるなら急いだ方がいいな」


だから誰だよ。

呟けど、二人とも見向きもしない。


「…助けてくれるのか?」

「利害が一致するからね」


シェイクをずこーっとすする。

話についてけないオレは放置ですかそうですか。

ストローを噛んで拗ねていると、バーガーの包みを顔に押しつけられた。

まだあったかい。

早速包みをはがしてかじりつく。

んまい。


「じゃあ、ちょっと電話してくる」


猿渡がスマホ片手に席を立った。

そうなるとオレと針山だけになり、気まずい沈黙が流れる。


「………」

「………」


まずい。何か、何か話題はないか。


「あ、あのさ、」


針山の目がこっちを向く。


「…そんなにヤバいのか?」


意味はいろいろだ。

制裁ってまさか殺したりしねーよなとか、糸目っつーのが絡んでるだけであの猿渡が急ぐとかどーゆーヤツよ、仮にも敵対勢力(二人だけど)に助け求めちゃうレベルなのとか、むしろそこまでいったらケーサツじゃね?とか。

ぐるぐる考えて口をついて出たのがこの台詞だった。

たぶん針山も分かったんだと思う。

気まずそうに話し出した。


「前はだいぶ雰囲気違ったらしいけどな…副総長っつーの?が抜けてから変わったんだと」

「え、なんで抜けたの?副総長ってナンバーツーだろ?」

「知らねー…俺らその後に入ったし」

「それ知っててなんで入ったんだよ…」

「しょーがねぇーだろ、憧れてたんだから」


くっそ、どいつもこいつも。

今に見てろよ、あのロン毛め。

ツンツン頭が憧れるのは勝手だが、臼井さんは渡さんからな。


「お待たせ」

「猿渡!がんばろーぜ!オレもがんばる!」

「気持ちが悪い」


意気込んでみせたら引かれた。




続く

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