第30話
そのまま夜になり、横に寝ているこむぎの横顔をみる。 よく眠っている。 かなり遊びつかれたようだ。
(こむぎ...... ここで、幸せに)
ぼくは静かに立ち上がると、先にいたアスティナさんとグミナスさんの元にきた。
『では背にお乗りください。 麓までお送りします』
ぼくは最後に一度振り返る。 そしてグミナスさんの背にのった。
「では......」
グミナスさんは羽ばたき、空へと舞い上がった。
「ピィ!!!」
その時、下にこむぎが追ってくる姿が見えた。
(こむぎ......)
『......どうしますか?』
「グミナスさんそのままいってください!」
ぼくはそういって目をつぶる。
『わかりました......』
グミナスさんはそのまま空に舞い上がると吹雪を突っ切る。
「ピィィ!!! ピィィ!! ピィ! ピィィィ......」
「こむぎ......」
(これでいいんだ。 こむぎが暮らしたのは一年半...... あの群れにいればすぐになれる、ぼくのこともきっとすぐ忘れる)
ぼくはグミナスさんの背に顔を伏せる。 もうこむぎの声も吹雪の音さえ聞こえなかった。
『つきました』
吹雪が少ない麓でグミナスさんはおろしてくれた。
「......ありがとうございます」
そういいながら、吹雪く山のほうをみる。 景色がにじんでくる。
『あのこは私たちが責任をもって育てましょう』
「お、お願いします!」
深く頭を下げて、お願いした。
「さあ、もう帰るぞ......」
アスティナさんが、山をみているぼくをうながし先にいく。
「こむぎ、さよなら......」
もう振り返ることもなく、ぼくはその場を去った。
店に戻ると、すぐに雇った人たちと毎日パンを作り畑を耕していた。
「トールさん......」
「ああリディオラさん......」
リディオラさんが畑にやってきた。
「こむぎさんは......」
「ええ、群れにかえしました」
「......そうですか、大丈夫ですか。 すごく...... いえなんでもありません」
「ええ大丈夫です! この魔晶剣もクワやカマ、魔力でなんにでも変えられて畑の耕作にものすごく便利なんですよ! それに新しいパンをつくってます! 期待しててください!」
「わかりました...... そう王女にもつたえます。 何かあればご相談くださいね」
優しくそういってリディオラさんは帰っていった。
「......新しいパンを作ろう......」
みんなに畑を任せ、一人店に戻り厨房にはいる。
「こむぎ...... いや、小麦も色々な品種を作って、強力粉、中力粉、薄力粉をつくれるようになった。 酵母も乾燥させて乾燥酵母もつくったし、これで新しいパンをつくろう!」
(そうだ! ぼくがこんなことじゃだめだ! こむぎだってつらいはず!)
そう心を奮い立たせて厨房にたつ。
ボウルに強力粉、砂糖、塩、乾燥酵母をいれ、牛乳をいれる。
(確か保存にはスキムミルクのほうがいいのかな。 でも牛乳の水分と脂肪分を飛ばせるかな、まあ今度やってみよう)
できた生地にだまにならないようバターも混ぜてヘラでこねる。
(何回か失敗してるんだよな。 分量を計測してこの量がいいはず、耳たぶの柔らかさっていうけど、ネコの耳たぶってどこだろう?)
わからないので、柔らかくなったら、こねたものをボウルにもどし、布をおいて発酵をうながす。
何度か指でおし、反発しなくなるまで発酵させる。
(前は発酵オーバーしてぺたんこになったから気をつけて)
反発しなくなったものを取り出し、生地を潰してガスを抜いてまた成形し発酵させる。
それを半分にわけ、棒で伸ばして折り曲げて丸く成形する。
「よし! これを型にいれて」
作ってもらっていた四角の金型に生地をおいて窯にいれた。
「ここまではいけた......」
焼けるまで、ぼうっと窓の外をみる。 みどりの大きな山がみえる。
(こむぎどうしてるかな...... ないてないかな)
「だめだ! いつまでもめめしいぞ!」
頭をふり、次のパンの構想を考える。
しばらくして窯から香ばしいいい匂いがしてきた。 窯をあけると金型をオーバーするように膨らんだこげ茶色の食パンができあがる。
「よし、いいやけ具合だ! さて......」
金型からだし、さっそく手で割ってみる。 パンは力をいれずとも柔らかにさけて、白いフワフワ生地がみえる。 その時パンとバターの甘い香りが鼻を抜けた。
「中もいい感じにやわらかい...... うん! おいしい! こむぎも! ほらっ......」
ちぎって渡そうとした先にはだれもいなかった。
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