7話、取り戻した輝き

 ルナエレーナの覚悟の瞳が、男を貫くように見つめていました。

 その瞳には、もうかつてのような嘆きの色はありません。


 馬車を待つアプローチの傍らで、二人の男女が対峙する。

 一人は、レユニオン王国の貴族であり、シュタイン男爵家の長子たるフーゴ。

 彼は生まれながらの貴族としての地位と、その恵まれた体格を鼻にかけ、常に傲慢な態度でルナエレーナ達を嘲笑ってきました。

 そんな彼は今日ついに、侮りの裏に隠されていた醜い欲望を露わにし、彼女に対する性的欲望を果たそうと下劣な言葉の数々を放ったのです。


 己の欲望を露わにした、愚かな男へ毅然と立ち向かうは、先王の長女ルナエレーナ。

 かつて持っていた輝きを、王女の威光を取り戻したかのように、凛然と立ち、男を見据えています。

 皆忘れてしまったのでしょうか?

 先の王が今際いまわの際に、後継を望んだのは彼女なのです。


 彼女が本来持っていた輝きを失わせていたのは、彼女の容姿を捻じ曲げていた悪しき呪いではありません。本来であれば、王族として敬意と愛情を注がれるべき存在である彼女が、なぜこうも蔑み嘲笑われる事になったのか。

 彼女の叔父は、ルナエレーナを恐れていたのかもしれません。

 ルナエレーナの王位継承の目を完全に潰すために、あらゆる手段を用いて彼女を貶め、孤立させようとしたのでしょう。彼の長子たるドミトリーと共に、日々ルナエレーナの容姿を執拗に嘲笑い、彼女を「王国一の醜女」と蔑んでは、他の貴族たちと一緒になって貶めていきます。

 そんな日々が続いた王宮は、いつしか正道を失い。侍女や従者のような、使用人までもが彼女を蔑むようになってしまうのです。


 何を言っても変わらないどころか、率先して上が彼女を貶める状況にルナエレーナは少しづつ、少しづつ抗わなくなってしまいました。

 そんなルナエレーナが、今日再び輝きを取り戻したのです。先王が愛し、後事を託したかった、ルナエレーナ・セラヴィ・レ・ユニオンが帰って来たのです。

 

 決して屈しない。

 強い意志を宿した瞳は、覚悟を決めた王女の、鋭く、そしてどこか悲しげな光を放つようでした。そんな王女にフーゴは一瞬たじろいでしまう。

 けれど、彼の矮小な貴族という誇りが、男というちっぽけなプライドが、彼に撤退を選ばせないのです。肉欲と我執と、つまらない自尊心に囚われた男は、剣の柄に手をかけて、威嚇するように言葉を吐き捨てました。


「男爵家長子である私へ剣を抜くと言うのか? ええ?」

 その言葉に、ルナエレーナは静かに口を開きます。

「人にあらざる獣よ。どうしても私の体を自由にしたいのであれば、殺してから好きになさい」

 言われたフーゴは、怒るよりも先に変貌したルナエレーナに驚き。

 言ったルナエレーナは、思わず出た強い言葉に逆に驚くさまでした。


 ルナエレーナはもう逃げも隠れもしない。

 彼女は、彼女と彼女の愛する者を踏みにじろうとする者は許さない。そう決めたから。

 純然たる悪意とは戦うと決めたから。その気持ちの表れがさっきの強い言葉となって外へ出たのでしょう。


 ですが、この対決は思わぬ結果へとつながってしまいます。

 ルナエレーナは決して、一人ではありませんでした。

 このままでは、お互い引くに引けなくなり、白刃をぶつけ合う事になってしまう。

 そうなったら、誰も味方のいない王女様は大変な事に……。

 ルナエレーナは、自分と自分の愛する者の為に戦うと決意しましたが、その傍らに立つ女性もまた、共に歩く主の為に恐怖で振るえる体を押して、起ちあがったのです。


 「お、お辞めください。このお方は王女様ですよ!」

 二人の間に割って入る、うら若き侍女。

 この王宮にたった一人の、王女ルナエレーナ専属侍女ブリジット。

 彼女は主のために、小さな体を精一杯大きく見せようと、両手を広げて男爵の長子たるフーゴの行く手を阻んだのです。


「王族である王女様を嬲り、蔑むのが、高貴なる貴族様のすることでしょうか? 貴方達に誇りや、恥と言う言葉はないのですか!」

 侍女如きと蔑む娘にたしなめられ、一瞬呆気に取られる貴族達。

 しかし、これは言いすぎでした。

 次第に我に返ると、侍女ブリジットの放った言葉に、その顔を怒りに染めていく男。

「身の程知らずが! 侍女の分際で!」と罵声が飛び、彼らの悪意が今度はブリジットへと向けられるのです。

 

 ブリジットは恐怖で膝が震えながらも、それでも一歩も引かず、ルナエレーナを護ろうと必死でしたが、その勇気ある行動は残酷な悲劇を招いてしまうのです。

 フーゴは、王女ルナエレーナの思わぬ抵抗から、向ける先を失った怒りの鉾先を、「侍女の分際で!」と、歯向かってきたブリジットへ放ったのです。

 

 怒りのままに振るわれた鉄拳は、ブリジットの頬を容赦なく打ち据えました。


「きゃぁ」

 小さな悲鳴と共に、ブリジットの体は宙を舞い、吹き飛ばされた先にあった彫像に体を強く打ち付けてしまいます。その彫像は鋭利な部分を持ち合わせており、それがブリジットを傷つけてしまう事になるとは、誰も思っていませんでした。拳を放ったフーゴでさえも……。


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神崎水花です。

私の3作品目『醜女の前世は大聖女(略)』をお読み下さり、本当にありがとうございます。

少しでも面白い、頑張ってるなと感じていただけましたら、★やフォローにコメントなど、足跡を残してくださると嬉しいです。私にとって、皆様が思うよりも大きな『励み』になっています。どうか応援よろしくお願いいたします。

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