3話、私は偽物
「あらやだ、偽物様がまた大聖女様を見ておられるわよ?」
額縁の中に描かれた、美しい大聖女様のお姿をそっと見上げる私を見て、王宮に勤める人たちが
私を蔑む方々がよく使う悪口のひとつが、この『偽物様』でした。
「本当に不敬ね。大聖女様と同じ白銀の髪とアイスブルーの瞳で見ないで欲しいわ。見たところで、醜い化け物には変わりないのに」
彼女たちは私を見てクスクスと馬鹿にすると、今度は悪意のある目で私を睨むの。
悲しいけれど、これが私の日常。
私は足早にその場を去りながら、心の中で呟きます。
一国の王女に対して、悪しざまに言う貴女たちは、不敬ではないのですか? と。
ここは、私にとっては王宮とは思えず、まるで悪意の
偉大な、偉大な大聖女様。
──セラヴィナ・アリアドーネ・レ・ユニオン様。
レユニオン王国初代王の愛娘である、セラヴィー様は私の遠いご先祖様にあたります。お斃れになられてから数百年の時が過ぎた今でも、民に愛される偉大な大聖女様。彼女と全く同じ白銀の髪と、アイスブルーの瞳を持つ私は、皮肉にもそのせいで『偽物様』と呼ばれ蔑まれていました。
それでも私は、セラヴィー様の生き方が大好きなのです。
私が蔑まれるのは私のせいでしょう? それが、セラヴィー様を嫌う理由にはなりません。彼女のせいじゃありませんもの。
──ルナエレーナ・セラヴィ・レ・ユニオン
この名は愛する父が私に授けてくれた、この世でたった一つの宝物。
私の煌めく銀髪を見て、大聖女様のような心優しき女性に育ちますように。そう願って付けてくださった名前なのです。
この名前には、父の想いと大聖女様の御名が織り込まれています。
なんだか私を導き、見守る二人の優しい姿が連想されませんか?
たとえ今、この顔が呪いによって歪められていようとも、この名前を見て、呼ぶたびに、私は二人の温かさに包まれるのです。
足早にこの場を去ろうとする私に、彼女たちが追い打ちをかけてくる。
「見ないで欲しいわね。大聖女様が穢れてしまうわ」
ふふ、貴方達ちゃんとお勉強しましたか?
その偉大なお力で、王国史上最も沢山の方々を救ったとされる大聖女様は、その救う対象を選ばなかったそうですよ? 貧富の差も、人の種別も何もかも、気にされる事がなかったそうですから。
私が見たくらいで怒るような方ですか。
穢されるものですか。それこそ大聖女様に失礼です。
裏庭に向かう廊下を独り歩いて、ルナエレーナは今日も思う。
時に言葉は、刃物よりも鋭く人を傷つける事を知らないのでしょうか、と。
気丈に振舞うように見えても、彼女だって人間だから。
やっぱり傷ついてしまうのです。
「今日も一人ね……、よかったぁ」
誰もいない王宮の裏庭をきょろきょろと見渡しながら、ルナエレーナは一人呟いた。
うららかな春の日差しが降り注ぐものの、時折吹く風はまだ冷たくて、彼女の白い吐息が宙へと消えていく。
人気のない裏庭の片隅で、ルナエレーナは愛用の剣を手に取って、一人静かに構えを取る。冷たい風は彼女の白銀の髪を軽く揺らして、まるで彼女の孤独を慰めるかのように、優しく頬を撫でていく。化け物のように爛れて見える幻の下には、瑞々しい肌が隠されているのを知っていますよ。とでも言うかのように、風が優しくそよいでいました。
「はっ!」
「やっ!」
ルナエレーナは、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。
「もっと強く……、もっと速く……」
己に言い聞かせるように呟きながら、黙々と剣を振るい続けると、いつしか冷たい石畳の上には彼女から流れでた汗が、まるで涙のように黒い染みを作っていました。
「これでいいのでしょうか……」
一人、誰もいない裏庭で剣を振るい続けて来たルナエレーナが、ずっと自問自答を繰り返し、悩み続けてきたことがあります。
彼女には全てにおいて師と言える存在がおらず、剣の腕前もすべて独学で磨いてきたものでした。王族として生まれながらも、醜すぎる容姿のために蔑まれてしまい、今の最高権力者である叔父上に好かれぬ彼女に、教え導いてくださる方は現れなかったのです。
それでも、ルナエレーナは諦めません。
愛してくれた父に恥じない生き方を、彼女の名に宿る『セラヴィ』の名に懸けて。
自分を守るために。強く生きていくために、孤独の中で剣を振り、一人学んで、自分の力で成長しようと努力し続けてきました。
でも、相手がいないルナエレーナには、自分の実力がどれほどのものなのかがわからない。正しい道を歩んでいるのかがわからないのです。確かな剣筋を習得できているのか、誰にも判断してもらえないのはとても辛い事。孤独な戦いは、彼女に芯の強さをもたらす一方で、幾ばくかの悩みと不安ももたらしていました。
「嘆いても仕方がないわ。誰かが教えてくれる訳でもないのだから……」
ルナエレーナは、剣を握りしめたまま空を高く見上げた。
春の青空には、白い雲がゆっくりと流れている。その雲のように彼女もまた、どこかへと流れていくのでしょう。自分の進むべき道を求めて、ルナエレーナのアイスブルーの瞳はただ、じっと空を見つめているのでした。
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神崎水花です。
私の3作品目『醜女の前世は大聖女(略)』をお読み下さり、本当にありがとうございます。
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