クラスメイトのヘッドホン美少女、裏では最高のネトゲ仲間

進道 拓真

クラスメイトのヘッドホン美少女、裏では最高のネトゲ仲間


 ──学校の授業が終わるチャイムが教室に鳴り響き、その途端にそれまでは集中するかのように静けさで満たされていたこの空間もクラスメイトの喧騒によって一際騒がしい音が耳に届いてくる。


「んー……やっと授業も終わりか…」


 そんな教室の中で俺──遠藤えんどう裕也ゆうやは伸びをしながら一日に渡って続いた苦悶の時間が終わりを迎えた事実を噛み締める。

 …いやー、相変わらずあの先生の話長いよな。授業終わり間近になって新しい話題展開し始めるとか誰が予想できるんだよ。


 先ほどまで授業を繰り広げていた担当の教師に対する愚痴を内心でこぼしながら、俺は下校時刻になったことを確認しながら帰宅の準備を進める。

 現在高校二年となった俺の周りではクラスメイトの連中が帰りにどこかに寄って行こうだの部活の練習がきついだの話しているのが聞こえてくるが、それも自分には関係のないことだ。


 別に友人がいないわけではないけど、クラスの中でも広く浅くの付き合いを心がけている俺には特別仲が良いと言えるほどの相手もいないのでこうした時には話し相手となるやつもいないのだ。

 それ自体は俺自身が望んだ状況でもあるし、特段気にもしないけどな。


 それよりも俺にとっちゃのことの方がよっぽど重要なくらいだ。


(今日はどれくらい狩場に潜れるかね……まっ、睡眠時間も考慮するとしたらそんな長くもできないだろうけど)


 教科書やらノートやらを鞄に詰めながら脳内で考えを巡らせるのは、今後の予定のこと。

 具体的に言えば……趣味でもあるネトゲのことだ。


 俺がオンラインゲームというものを知ったのは中学の時で、その頃からネトゲの中でも一大ムーブメントを引き起こしていた『リーガス・オンライン』という圧倒的な自由度を誇り、それに付随した莫大な魅力を博したゲームに取りつかれたのが始まりだった。


 その独特な世界観やプレイヤーの行動によって一つ一つ結果が変化するという斬新なゲームシステムがあったことも、人気の理由の一つではあったのだろう。

 なんにせよ、そんなゲームの魅力をまだ幼い中学生が知ってしまえばそこから引きはがすことなどできるわけもなく、その趣味は高校生となった今でも絶賛継続されている。


 自画自賛のような形にはなってしまうが、これでも長年続けているだけあってあのゲームの中ではかなり上位層のプレイヤーには食い込めたと思う。

 自慢できるのがネトゲのデータというのは何とも悲しくなってくるが……まぁ良いだろう。ネトゲだろうと何だろうと、己が熱中できるくらいに好きなものに打ち込めるというのは悪いことではないし。


「…さて、そんじゃ帰るか」


 そうこうしていると担任によるホームルームも終わったようで、それと同時に教室からゾロゾロと同級生が出ていく様子が見られる。

 俺も早く帰ってネトゲに興じたいので、それに続こうと席を立てば……背後の方からよく響くような声が聞こえてきた。


「ねえねえ! 私たち今日遊びに行こうって話してたんだけど、浅倉さんも一緒に来ない?」

「……私?」

「うん! もしよかったらで良いんだけど、浅倉さんも来てくれたら楽しいかなって思ってさ!」


(あれは……浅倉の席か。よく誘ってるけど、根性あるよな)


 俺が目を向けた先にいたのは、複数人の女子に囲まれながら頬杖をついていた少女。

 彼女は俺と同じクラスの浅倉あさくら美奈みなであり、その容姿は校内でも群を抜いて整っていると断言できる。


 きめ細やかな黒髪のロングヘアに、少し青みがかった瞳。まるで人形かと思わせるような精巧さを感じさせる整った顔立ちやメリハリを感じさせる体つきは思わず周囲の目を惹き付けるだけの魅力を兼ね備えており、この学校の生徒で彼女を知らない者はいないだろう。

 …だが、その見た目に反して浅倉はほとんど人と関わることが無い。


 昼休みや休憩時間のほとんどの時間はその首に下げたヘッドホンで耳を塞いでおり、窓の外を眺めながら時間を潰している様子をよく見かける。

 あれだけの容姿があれば人付き合いも相応に得意なのではないか、なんて勝手に考えてもいたが彼女はそのタイプではないのだろう。


 どちらかと言えば一人の時間を好んでいる人種であり、自分だけの空間を満喫しているといった雰囲気を感じさせてくる。


 それでも、やはりその容姿は周囲の注目を集めることを避けられないようで、時折あのように他の女子から遊びに誘われている様も目にすることがある。

 …最も、それが成功したパターンはほとんど見たことが無いが。


「…ごめんなさい。今日はちょっと用事があるから」

「あ、そ、そっか! それなら仕方ないね…」

「そっかぁ……無理言ってごめんね! また今度予定空いてたら遊ぼうね!」


 どうやら今回もそのお誘いは失敗してしまったようで、申し訳ないのかどうかもよく分からない表情を浮かべながら浅倉は断りの言葉を口にしていた。

 その言葉を受けた彼女は、これまた何を考えているのか分からない表情に戻り……自分の携帯をいじりながらヘッドホンを耳に戻して一人の世界に集中し始めた。


(相変わらずクールというか冷静というか……まぁと比べるのが間違いだっていうのは分かってるけどさ)


 脳内である事実を思い出しながら俺も教室を出ていけば、自分の携帯にメッセージが届いているのが見えた。

 その内容を確認してみれば……『放課後、いつもの場所ですぐ集合ね』とだけ書かれた一文が送られてきていた。


「…本当、別人みたいだよな」


 思わず漏れ出た率直な感想をつぶやけば、彼女との約束に後れるわけにもいかないのですぐに帰るために足早に学校を後にする。

 この後に控えている楽しみを考えれば俺の方も早く遊びたいし、さっさと帰ることとしよう。




「ただいま! …よし、ギリギリセーフ」


 家に戻って時間を確認してみれば、いつもの集合時間のギリギリ五分前に戻ってくることができた。

 予定ではもう少し早く帰れると思っていたんだが……まぁいいや。そんなこと考えてる間に約束の時間になっちまう。


 急いで二階にある自分の部屋へと駆け込んでいき、荷物をほっぽり出して制服から部屋城に着替えていく。

 …正直着替えくらいならしなくてもいいんじゃないかとも思うんだが、いつまでも学校で来ていた服のままでいるというのも気分的に気に入らないので念のためだ。


 そしてようやく着替えも済ませて準備を一通り終えると、今度は自室にセッティングしてあるパソコンの電源を着けながら机の前にある椅子に腰かけ、心待ちにしていた『リーガス・オンライン』を起動していく。

 タイトル画面が表示される中ではやる心を必死に抑えながらキーボードを連打すれば、あっという間に普段から眺めている景色がそこには映し出される。


 画面の中心には俺がキャラクリしたアバターでもある『ユーヤ』という名前が表示された重戦士然としたキャラクターが立っており、前回ログアウトした地点でもある草原でリスタートしたようだ。


「あいつは…まだ来てないのか? ならセーフか……」

『──待ち合わせに遅れておいて、なーにがセーフなのかなぁ?』

「うぉっ!? …いたのかよ。『ウェイブ』…」

『いたのかじゃないでしょ! こっちはもう五分前から待機してたんだからね!』


 背後からぬるりと姿を現した『ウェイブ』という名前が表示されているローブ姿の女キャラ。

それに伴って装着したマイク付きヘッドホンからはつらつとしながらも透き通った声が聞こえてくる。

 もう何度聞いたかも数えきれないくらいに共に行動しているというのに、こういうのは何度やっても慣れないな………


『全く……何で私の方が後に学校出たのにユーヤの方が遅れてくるのよ』

「いや、ウェイブの方と比べるなよ。そっちの方が明らかに家近いんだからさ」

『あーあー。何も聞こえませーん』

「こいつ……!」


 彼女はこのゲーム内のフレンドであり、俺もその相性の良さから長年連れ添った相棒のような存在だと思っている。

 …だが、今の会話内容はそれだけでは説明しきれないものも含まれているように思えた。


 それもそのはずだろう。何せ彼女の正体は───


「はぁ……何で教室だとあんなに落ち着いてるのに、こっちでははっちゃけるのかね」

『別にいーじゃん。ユーヤの前では全力で楽しんでるだけだし……は一人で気楽に過ごしてるだけだしね』


 ───俺のクラスメイトにして孤高の美少女、浅倉美奈その人だったのだから。





     ◆





 俺がウェイブ……浅倉とゲーム内で出会ったのは『リーガス・オンライン』を初めて一年近くが経過した頃。

 中学三年の終わり間近でもあった俺はとあるクエスト達成のために中継地点でもあった街から程遠い場所にあった洞窟に住まうと言われていた強力なモンスターを倒しに向かっていた。


 その時の俺は特に他のプレイヤーとパーティを組むこともしておらず、なんとなくソロでの活動を主としていたのでそのまま向かったのだが……そこで向かった場所で、ウェイブと出会ったのだ。

 洞窟の最奥で待ち構えていたドラゴンのようなフォルムをしたモンスターに対して、見るからに満身創痍となっていた彼女の姿を見るや否や、自分でもその際の心情はよく分からないが救援に入った方がいいと判断し、マナー違反ではあると理解していたが割り込ませてもらった。


 彼女の方もそんな突然入り込んできた乱入者である俺に対して最初は驚くような挙動を見せていたが、そんなことにもかまけている余裕もなかったのかすぐに協力する姿勢を見せてくれた。

 …そこからは死闘の連続だった。明らかにバランスが壊れているとしか思えない広範囲攻撃に、どれだけバリエーションがあるのかと文句を言いたくなるような状態異常の数々。


 そんな理不尽の権化とも言えるモンスターに対し、俺たちはあっさりと負けてしまう……ことはなく、それどころか不思議と嚙み合うように連携を取りながら立ち回り続けて最後には打倒することに成功した。


 その後、モンスターを倒してから割り込んでしまって申し訳ないとチャットを通じて謝罪したが、幸いにも向こうは気にしていないと言ってくれたので一安心した。

 …そして、そこからが一番の驚きだったのだが……なんと向こうからパーティを組まないかと誘ってくれたのだ。


 後になぜこの時に誘ってくれたのかあいつに聞いてみたこともあったが、浅倉曰く『なんとなく相性良さそうだなって思ったから』らしい。意味わからん。

 それはともかく、いつもならそんな誘いを持ち掛けられてもソロを貫いていた俺であったのだが……この時ばかりは考えでも変わっていたのだろうか?


 それか、直感の方で彼女となら余計なごたごたもなく楽しめると予感していたのかもしれない。

 いずれにせよ俺はその誘いを快諾し、晴れて俺たちはパーティを組むこととなった。



 ──それからは、一段とゲームが楽しくなる毎日だった。


 時には明らかに実力に見合っていないクエストに二人で挑んであっさりと返り討ちにあったり、偶然レアドロップしたアイテムの分配で悩んだり、目的の冒険を達成して共に喜びを分かち合ったりと、それはもう盛りだくさんなゲーム生活を重ねていった。


 そうした交流は高校に入学した後も変わりなく続いていき……その日常に変化があったのは、それから少ししてからだ。


 ある日、俺たちは素材収集のために狩場を周回していたのだが、その中で繰り広げていたチャットの中でなんとはなしに漏らした興味がきっかけだった。


『あー、また明日も学校だし行きたくないな。永遠にゲームだけしてたい』

『また自堕落なこと言ってるね……気持ちは分かるけど』


 俺と彼女はそれまでの交流の中で同年代だということは分かっていたので、お互いに学生だという事実は把握していた。

 なので学生共通の悩みでもある日曜から月曜への憂鬱を愚痴として漏らしていたのだが、そこからふと頭に浮かんで口にした言葉によって状況は一気に変わっていくことになる。


『そういえば、ウェイブってどの辺りの高校通ってるんだ? あ、もちろん嫌だったら言わなくていいけど』


 何気なく打ち込んだ文字列。

 それは以前から胸の内で抱いていた疑問であり、気になっていたことでもあった。


 ウェイブはあまり自分のことを語るタイプではないので話題に上がるのは最近見たアニメだったり面白かったライトノベルだったりとオタク的な趣味のものがほとんどだった。

 彼女はその手の話もいける口だったのでそれぞれ語ることに困ることこそなかったが、互いの近況についてはほとんど知らない状態でもあったのだ。


 なのでこれも良い機会だと思って質問してみたのだが……なぜかそこで一度会話がストップし、もしや不快にさせてしまっただろうかと不安に思っているとチャット爛に返信が送られてくるのが確認できた。


『私の通ってる学校ね。一応関東方面で名前は北状高校って場所だけど、多分知らないでしょ?』

「……は?」


 帰ってきた言葉に思わず間の抜けた声が漏れてしまった。

 それもそのはずだ。何せ彼女が挙げてきたその名前は、でもあるのだから。


 あまりの衝撃の強さに数秒思考がフリーズしてしまったが、何とかその状態から持ち直してキーボードに文字を打ち込んでいく。


『…すまん、信じられないかもしれないけど……それ、俺も通ってる高校だわ』

『…えっ!? それ本当!?』

『マジ。いや、俺も理解しきれてないんだけど……』


 まさか一年弱共にプレイしてきた仲間のリアルとこのような形でつながりがあったとは夢にも思っておらず、ウェイブの方からも驚いたような返事が返ってきた。

 …こんなことってあるもんなんだな。


『はー…まさか同じ高校だったとは……』

『ユーヤってこっち方面に住んでたんだ……全然気が付かなかったよ』

『そりゃお互いにあまりリアルのこと話さなかったしな。それも仕方ないだろ』

『それもそっか』


 確かに衝撃の事実に驚きはしたが、別にだからどうしたということでもある。

 高校が同じだからと言ってゲーム内での交流関係が変わるほど柔な友情ではないということは俺も分かり切っているし、それは向こうとて同じことだろう。


 ゆえに、それ以上この話題も発展することはない……そう思っていたのだが。

 この話は予想外の方向へと進んでいくことになる。


『ねぇ、せっかくだし私たちもリアルで会ってみない?』

『リアルで? 直接会うってことか?』

『そうそう! 私もユーヤが同じ高校の人なら誰なのか興味あるし!』

『うーん……そこまで面白いやつでもないんだが』


 向こうから提案されたのは、俺たちもゲーム越しではなく直接話してみないかという誘いの持ちかけだった。

 俺個人としても、長く共にやってきたウェイブが誰なのかは正直なところ気になる点ではあったし、それが分かるのなら会ってみるのも悪くないという考えが浮かんできてはいたが……返答を渋ったのは、自分が仲間の期待に応えられるほどの人物ではないという理由からだった。


 会話を見る限り、ウェイブはどことなく俺がリアルでどんな人間なのかを見たがっている感じだし、そんな期待を持たれたうえで俺のようなつまらない相手が来たらがっかりさせてしまう可能性もある。

 考えすぎかもしれないが、やはり連れ添った相棒には格好いい自分だけを見せたいものなのだ。


 だが向こうはそんな俺の考えなどお見通しだったのか、こんな言葉で逃げ道を塞いでくる。


『別にユーヤが面白かろうと面白くなくてもいいって。そんなことよりもリアルのユーヤを見てみたいってだけだし!』

『まぁ……それならいいか』

『よっしゃ! じゃあ決まりね!』


 何だか強引に丸め込まれてしまったような気がするが、それでもウェイブが満足そうにしているところを見れば別にいいかと思えてくるのだから不思議なものだ。

 若干内心で諦めにも近い感情が沸き上がっていたのかもしれないが、予定が決まってしまえば意外にもすんなりと受け入れられるものだ。


『あ、それと私一応女だからそれだけよろしくねー』

『まだ言ってるのかそれ? まぁ分かったよ』


 最後に念のためにと言わんばかりに送られてきたチャットの一文。

 それはウェイブが己のことを女だと言い張るものであり、実は以前からあいつは自分のことを女だと自己申告していた。


 ただ、俺はそれを真面目に受け取っていなかった。

 この界隈では良くあることだが、ゲーム内では女キャラを使いながらそれを操作しているのは男だというケースは往々にしてありふれたものだ。


 俺としてもそのプレイスタイルを否定するつもりはないし、そういった遊び方にも特有の楽しみ方があることは理解しているのでおそらくウェイブもそのタイプなのだろうと思い込んでいた。

 だが、あいつはそう伝えても事実を一向に認めず、むしろ強調して女だと言い張る始末だった。


 まぁそれも実際に会ってみればはっきりとすることだし、その時に問い詰めてやればいいかなんてこの時の俺は呑気にも考えていた。

 …その結果、あんな展開が待ち構えているとは思いもせずに。




「ここら辺で合ってたよな……うん。間違ってないはず」


 後日、ウェイブと約束していた日時でもある休日がやってきた時に俺は通学でも利用している駅前であいつを待っていた。

 ここを待ち合わせ場所として指定されたのはおそらく、二人が分かりやすい場所であるからという理由からだろう。


 実際、俺たちが通っている高校はこの場所を経由していく者も多いし自分だってその一人なのだから間違いでもない。

 周囲を見渡せば休みの日ということもあってそれなりの人物がたむろしており、そんな中で俺はウェイブとのメッセージのやり取りをしていた。


『今どの辺りー? 私はもう少しで着くけど!』

『俺はもう着いてるぞ。鞄にリーガスのスライムのキーホルダー付けてるからそれを目印にしてくれ』

『はやっ! まぁ了解したよ。それじゃあそれっぽい人がいたら話しかけるねー!』


(…もうそろそろか。なんか緊張してくるな)


 連絡を取り合いながらメッセージ上では何てこともないように振舞っているが、その実内心は徐々に緊張感が高まっている真っ最中だった。

 ここに来るまでは何とも思っていなかったが、いざウェイブと対面するとなるとあいつがどんな格好をしているのかだったり最初の挨拶の仕方だったりと色々と考え始めてしまう。


 そんなことを気にするような相手ではないというのは分かっているのだが、やはりこういうのは考え出すと止まらないものなのだろう。

 しかし、いくら思考を巡らせたところで今更予定をキャンセルすることなどできやしない。


 結局俺にできることは残された時間で心構えを作っておくことだけであり、一度落ち着くためにも軽く深呼吸をしてメンタルを整えなおしたが……その時、周囲からざわめくような声が聞こえてきた。

 その反応を不思議に思い、何があったのかと周辺の人々が一点に視線を集めている方向を同様に見てみればそこには予想外の人物が立っていた。


(…浅倉? なんでこんなところにいるんだ?)


 その場にいたのは俺とクラスを同じくしており、その美貌から校内でも屈指の人気を誇る浅倉美奈だった。

 クラスメイトといえど直接関わった機会など皆無に等しい彼女がなぜこのような場所にいるのかは不明だったが、浅倉が現れたというのならこの周りの騒めきようにも納得できる。


 なんせ彼女の容姿はこの人混みの中でも圧倒的に目立つくらいには人の目を惹き付けるものであり、それだけの美少女が現れたとなればそりゃ嫌でも視線は引き寄せられるだろう。

 まぁ当の本人は普段と同じようにトレードマークにもなっているヘッドホンを首から下げながら辺りの視線など気にも留めていないといった風にキョロキョロと何かを探している様子だったが、俺とは関わることもない相手だ。


 クラスメイトという接点があろうがなかろうが、俺と浅倉とでは生きてる世界が違いすぎる……そんなことを考えていた最中のことだった。

 なんとなく浅倉の方向を見つめていた俺は、ふと彼女と目が合ったような気がした。


 それだけならば偶然の一言で片づけられただろうが……その瞬間、まるで花を咲かせたかのような笑みをその顔に浮かべたかと思えば浅倉はそれまでの迷う雰囲気はどこへやらといった感じでこちらへ一直線に歩いてくる。


(……ん? こっちに向かってくるけど何かあったのか?)


 呑気にもそんな思考を脳内で巡らせながらぼーっとしていた俺であったが、そんな間抜けな考えなど次の瞬間には容易く吹き飛ぶことになる。


「…もしかしなくても、ユーヤだよね? やっと会えた!」

「……え?」


 その時の感情は何と表現すれば良かったのか、俺には判断がつかない。

 彼女からもたらされた一言と学校ではまず見せることの無い快活そうな表情のダブルパンチを食らった俺の思考は一瞬にして圧倒的な困惑に包まれ……それと同時に、一つの事実に思い至ってしまった。


「ま、まさか……『ウェイブ』か?」

「そうだよ? さっきメッセージ送っておいたじゃん」

「……はああぁぁぁぁっ!?」


 許容量を遥かにオーバーした事実を突きつけられ、俺は周りへの影響を考慮することすら忘れて大声を上げてしまう。

 俺が長年苦楽を共にしてきた仲間であり、相棒ともいえる者の正体は……どうやら同じクラスの美少女だったらしい。





     ◆





「…出会いからしてあれだったからなぁ。お前が女だとか思ってもいなかったし」

『だから散々私は女だったって言ってたじゃん。それを聞かなかったのはユーヤの方でしょー?』

「いや、まさか本当に女なんて誰が予想できるんだよ!」


 目の前の画面で繰り広げられている戦いをこなしながら浅倉と通話状態で話をしているが、今思い返して見てもあの出会いは衝撃的すぎた。

 そもそも相手が申告していた通りの性別だったことだけでも驚くには十分だったというのに、さらにそれを上回ってくる情報まで追加されたのだからあの反応の仕方も致し方ないだろう。


『それにしてもあの時のユーヤのリアクションは面白かったなー。ぷふっ、記録でも残しておけば良かったよ』

「おいこら、今確実に笑っただろ」

『笑ってない笑ってない。…ただちょっと面白くて口から息が漏れただけだから』

「それを笑ったって言うんだよ! …ったく」


 何だか二人で漫才でも繰り広げている気分になってくるが、羞恥の対象となっているのは俺一人なので楽しさはない。

 …あの時の状況は自分で思ってもあまり思い出したくはないので若干黒歴史なのだが、彼女にとってはそれすらもこちらをいじるための材料になり得るらしい。


『でもユーヤって私と話すのに緊張しなくなったよね。最初会った時なんかガチガチだったのに』

「…そりゃまぁ、こう何回も話してれば嫌でも慣れるわ」

『ちぇー、つまんないな。あの時のユーヤの初心な反応面白かったのに。もう一回やってくれない?』

「二度とやるか」


 …確かに彼女の言う通り、インパクトに満ち溢れた初対面を果たしたばかりの頃は俺も女子とのコミュニケーションというものに慣れておらず、かなりぎこちない会話をしていたように思う。

 一つの言葉に対してどのような言葉を返すべきなのか、なんてことにもいちいち悩んでいたくらいだし、あれは傍から見ても相当に情けない姿だったに違いない。


 だが、今ではそんな緊張もすることなく浅倉と会話を繰り広げることができている。

 その理由として一番大きいのは、やはり現実の彼女の話し方がネトゲでの交流と何ら変わらなかったことが挙げられるだろう。


 学校で見せる孤高の姿とはまた違った、長年行動を共にしてきた際に見てきた態度で幾度も話しかけてくれる彼女の姿を見ていく内にこちらも彼女をクラスメイトの浅倉美奈ではなく、ネトゲ友達のウェイブとして認識できたからこそ大して緊張することもないのだと考えることができたのだ。


 …まぁ端的に言ってしまえば、こいつ相手にいちいち緊張するのも馬鹿らしいなという思考に至ったわけだ。

 だってこいつ、ことあるごとに俺のことからかってこようとするしその度にリアクションなんて返していたら体力がどれだけあっても足りたものではない。

 なので現在ではかなり雑な対応をできるまでの気楽な関係性にまで至り、認識としてあ男友達と接しているくらいのものに近い。


 それが良いのかどうかは判断が分かれるところだろうが、少なくとも俺たちはこの距離感に納得しているのだから問題ないだろう。


『まぁいいや。なら早速だけど装備も整えられたしそろそろボス戦いかない? 雑魚モンスターばっかりで飽きちゃったよ』

「そうだな。準備もできたしもう行っても大丈夫だろ」


 そんなどうでもいい会話を交わしながら作業にも近かった素材集めも兼ねたモンスター狩りを続けていると、浅倉の方から次の段階に進まないかと進言される。

 確かに今までぶっ続けでやってきた中で必要としていた素材は十分に獲得できているし、これならば作りたかった装備を用意するのにも余裕はあるだろう。


 この辺りのボスの強さが如何ほどかは詳しく調べていないので不明瞭だが、とりあえず装備を万全に整えたら一度挑戦してみるのもいいだろう。


「ならとりあえず装備だけ作ってくるわ。これでやっと【光電の腕輪】が出来るな」

『今日は手伝ってあげたんだから今度は私の装備の素材集めも手伝ってよ? あれ、地味に大変なんだから』

「分かってるよ。ちゃんと感謝してるって」

『ならばよろしい』


 ここまで続けてきた素材収集作業は俺の装備を充実させるためのものだったので、それに付き合ってくれていた彼女には感謝しかない。

 その対価として今度は向こうの素材集めに協力する約束を取り付けられてしまったが、それくらいならば安いものだ。


 …ちなみに余談だが、後日彼女の求めている素材がとんでもないレアドロップ品であることを知って地獄のマラソンをすることになるのだがそれはまた別の話である。


 ともかく、今日のところはこちらの用事に付き合わせてしまったのだから残りの時間は向こうの要望を聞くための時間とするか。


「じゃ、ちょっくら作ってくる。そんな時間もかからんと思うけど」

『はいはーい。ここで待ってるからなるべく早めでお願いねー』

「はいよ」


 その後、無事に装備を作り終えた俺は再び彼女の元へと帰還し要望通りにボス戦に挑むことになった。

 …ただ想定外だったのは、そのボスの強さが俺たちの予想を遥かに上回るものだったことくらいか。


 こちらも連携やらアイテムやらを駆使して何とか数少ない勝機をもぎ取って生き残ったが、正直もう一度やりたい戦いかと聞かれれば二度もやりたいものではなかった。





     ◆





「最近おすすめのアニメとかあるか? 俺の方だとジャンルが偏りがちだからなんかあったら教えてほしいんだけど」

『あるある! 布教活動なら任せておきな!』


 今日も今日とて浅倉とネトゲに興じながら話題にしているのは、お互いにとっても盛り上がれるアニメの話題だ。

 ああ見えてもオタク趣味に詳しい浅倉との会話ではその中身の大半がネトゲかアニメか近況に関する話題を中心とするので、今回の話もその一環だ。


『最近……ではないかもしれないけど、私の一押しはやっぱり『あくまお』かな! ちょっと前にやってたやつだけど評価もかなり高いからおすすめだよ!』

「あー『あくまお』か。話題になってるのは見かけてたけどなんとなく見てなかったから気になってたんだよな」

『えっ、あれ見てなかったの!? うわー…人生の八割損してるわ』

「そんな言われることか!? …まぁ、面白いってのは伝わってきた」


 軽い冗談のような言葉の応酬を繰り広げながら紹介されたのは、以前ネット上でも少し話題になっていた『悪役令嬢に転生したけど魔法の嫁になっちゃいました!?』という転生ものの作品だ。

 ファンの者達からはそれを略して『あくまお』という通称で親しまれているが、これがなかなか完成度が高いらしい。


 …ただ、その情報を知っておきながら特にその時は興味を引かれなかったのでそのまま放置していたのだが……まさか浅倉の方からそこまで言われるとは思わなかった。

 人生の八割損とか、そこまで言われるものか?


『もったいないねぇ……あれを見てたら感想とか言い合えたのに』

「そんなに言うならこの後配信サイトで追っておくよ。さすがにそこまで推されたら気になるし」


 通話の向こうで項垂れるような声が聞こえてくるが、それほどまでに浅倉が執着している作品ともなると逆に気になってきて仕方がない。

 なので今日のゲームが落ち着いた辺りで見始めようかと思いそう口にしたのだが……そこまで言ったところで向こうから予想だにしていない提案がなされる。


『あっ! なら私の家に来て一緒に見てみない? ちょうど『あくまお』のブルーレイとかもあるから見た後で感想言い合えるし!』

「…はぁ? お前何言ってんだよ」

『何よー! 良い提案じゃん!』


 浅倉から提案されたのは、まさかの家に来ないかという誘い。

 なぜか楽し気な雰囲気を滲ませながら申しだされたものだが……それに対して俺は呆れたような声が思わず出てきてしまう。


 …こいつ、大事なこと忘れてるんじゃないのか?


「…あのな、確かにお前と一緒にアニメ見れたら楽しいだろうけどそれ以前に俺たちは男と女だろうが。そんな気軽に自宅に連れ込もうとしてんじゃねーよ」

『何々? なんか私たちなら間違いでも起こるみたいな言い方だけど、襲い掛かってくる気でもあったのー?』

「あるわけねぇだろ。万が一の話だ、万が一」


 ほんのわずかにからかいの感情も含ませながら送られてきた言葉だが、その口調に俺は何ともないように平静さを保ちながら返答する。

 …多分今頃は画面の向こうでニマニマしながら喋ってるんだろうが、なんかそう思うと腹立ってくるな。


 俺と浅倉の間に恋愛感情はない。それは純然たる事実だ。

 でなければこうして気軽にやり取りをしながらネトゲなんてできるわけがないし、俺たちの関係性を表すとすればそれは親友のようなものだろう。


 こちらとしてもこの居心地の良い関係性を壊したくはないし、そんなつもりは一切ないがやはり男が同級生の女子の家に無遠慮に上がり込むというのは褒められたことではないだろう。

 だからこそ忠言も兼ねて浅倉に断りを入れてやったのだが、彼女はそんなことをまるで気にした様子もなくそのまま会話を続けてくる。


『別に気にしなくていいって。今更ユーヤが私のことをどうこうしようとしてるとか思ってないし…そんなことができるような男でもないって知ってるし』

「おい、暗にヘタレって言ってないか?」

『気のせい気のせい。まぁ私も黙ってやられるほどか弱い乙女ってわけでもないし、いざとなったら抵抗するから問題なし!』

「…俺が襲う前提なのはやめてほしいんだけど」


 何だか話がおかしな方向に転がって言っているような気がするが、気が付けば俺の思考もいつの間にか彼女の誘いを受けるという意識に向かせられている気がする。

 別にそれが嫌だというわけではないが……何だかなぁ。


「それにお前、親御さんになんて説明するんだよ。いくら何でもクラスメイトの男がお邪魔するなんてなったら説明も面倒だろ」

『あーそれ? 私の方は問題ないよ。うち、両親共働きだから仕事終わらせるまで家には帰ってこないし』

「…マジか」


 せめてもの抵抗として苦し紛れに親の同意をどのように得るのか、ということを聞いてみたのだがそれに関してもばっちり対策は取ってあったらしい。

 …こうなってくると、俺の方から言えることはなくなってしまう。

 それが良いのか悪いのかは判断に困るところだが……少なくとも今はお手上げだ。


「…分かったよ。せっかくだしお邪魔させてもらう。…『あくまお』の方も気になるしな」

『よっし! それじゃあ後で住所送っておくから日程も知らせておくね。…ふっふっふ。これでユーヤも『あくまお』の沼にハマることになるのか……』

「恐ろしいこと言ってんな……」


 何やら通話音声の向こう側で怪しい企みをしているような声が聞こえてきたが、それはひとまず無視しておく。

 …それよりも今は、かなり強引にねじ込まれてしまった遊びの誘いをどう処理しようかという考えで頭がいっぱいいっぱいだった。


 ただその後、浅倉の方から『相変わらずユーヤは女慣れしてないねー。私で一回慣れておいたら?』という言葉を明らかにこちらを煽っている口調で言ってきてイラっとしたので、フレンドリーファイアをして黙らせておいた。

 通話先で『何すんのさー!』とか何とか言っていたが、こっちの知ったことではない。





     ◆





 後日、俺はいつものようにパソコンの前に座ってネトゲに興じる……わけではなく、今日に限っては外に出向いていた。


「ここか…? …住所は合ってる。ここだな」


 自宅から歩いて向かった先にあったのはかなりの高層階があるマンションであり、見上げるだけでも首が疲れてきそうだ。

 …そう。この目の前のとんでもない高さを誇る建造物こそが今日招かれた浅倉の自宅と思われる場所であり、正直半信半疑だったが事前に送られてきた住所を確認してみてもそれは間違いない。


(けどマジか? まさかこんな立派な場所だとは……いや、ここで迷ってても仕方がない。とっとと行っちまおう)


 友人の家が予想以上のものだったことに少し萎縮してしまったが、ここで立ち止まっていてもどうにもならない。

 そうしているくらいならさっさと向かってしまった方がいいと判断し、目前のマンションに向かって足を進めていった。




 指定されていた部屋番号が掛かれている扉の前まで辿り着き、そのすぐ傍に併設されているインターホンを鳴らすと奥からパタパタという軽い足音のような乾いた音が聞こえてくる。

 その音を聞きながら少し待っていれば、じきにガチャガチャと鍵を開けるような金属音が辺りに響き渡り……閉ざされていた扉が開かれた。


「おっ! やっと来たねー! さあさあ、上がってよ!」

「…あぁ、そんじゃ遠慮なく上がらせてもらうよ」


 出迎えたのは他でもない浅倉であり、彼女は学校ではまず見せることの無いテンションの高さで俺の来訪を歓迎してくれた。

 その恰好も同様に、自宅だからか幾分かラフな様相をしておりそれがどうしてか無性に新鮮さを感じさせてくる。


 …やっぱり通話越しならともかく、この見た目で普段のテンションを出されると違和感が凄まじいな。

 学校だと他人と関わることもなく黙々と過ごしている彼女の姿も見慣れているからこそ、こっちのどこか人懐っこさすら思わせる接し方に変な感じがしてくる。


 こうして彼女と関わることになった以上、今更すぎることではあるんだけどさ。

 にしても、今までにも何度か浅倉とリアルで話す機会はあったし実際に交流もしているのだが今日のように互いの家に出向くというのはさすがに初めてなので不思議な感じだが……まぁ彼女の方から許可も出されているし問題もないだろう。


「そうそう、これ手土産の菓子な。あとで食ってくれ」

「準備が良いねー。ありがたく受け取らせてもらいます」


 そうして浅倉の家に入る直前、そういえばと手元に持っていた紙袋を手渡す。

 友人の家に行くというのに手ぶらは少しまずいかと思って用意してきたものではあったが、この反応を見る限りその判断は間違っていなかったようだ。


「じゃ、上がって上がって! もう『あくまお』を見る準備は整え終わってるから後は見るだけだし!」

「用意がいいな。さすが浅倉」

「ははははっ! もっと褒めたたえるがいい!」

「浅倉様のお慈悲には感謝しかありません……って、こんなことしてる場合じゃないだろ」


 やってきて早々茶番に付き合わされてしまったが、冷静に考えれば何をやっているんだという感じである。

 こいつのふざけたノリに乗ってしまう俺も俺だが、いつものネトゲでのやり取りを現実でやっているところを見られたら普通に怪しい男女の二人組だ。


「確かに……ユーヤのせいで無駄な時間食ったよ」

「始めたのお前の方だろうが。…とにかく早く上がらせてくれ」

「はいはーい。真っすぐいったらリビングだから、適当にソファにでも座って待ってて。私お茶とか持ってくるから」

「了解だ」


 余計な一言二言を交わすのはもはや慣れたものだが、ここに来た本来の目的は浅倉とアニメを見るためだ。

 それを忘れてしまえば本末転倒なので、ひとまず腰を落ち着けさせるためにも家に上がらせてもらう。


 そして彼女の家に入り、リビングへと向かってみると……そこには簡素でありながらも上品な雰囲気を漂わせた空間が広がっており、我が家の光景と比べると明らかにお洒落だと言えるような光景が見て取れた。

 …浅倉の家だから普通ではないだろうと思ってたけど、外見だけじゃなく中身もまた一段と凄いもんだな………


 改めて友人の凄さを実感すると同時に、そんな相手の家に上がっているという状況の異質さをここにきて痛感し始め、何だか落ち着かない感じすらしてくる。

 言われた通りソファに座って彼女が来るまで待っているが、そのわずかな時間も妙に長く思えるくらいには浮足立っていたように思う。




「お待たせー。じゃあ早速見ちゃおう!」

「ありがとよ。地味に喉乾いてたんだ」


 しばらくすると浅倉の用意も済んだようで、お盆の上にコップに入れた飲み物を運んできてくれた。

 それと持ってこられるまでは自分でも気が付かなかったが、無意識の内に緊張していたのか喉も乾いていたようなのでタイミングとしてもちょうど良かった。


「…さて、ならもう見始めるのか?」

「当然! そのために今日は来てもらったんだし……あっ、そういえば忠告だけどこのアニメ、結構終盤は泣けるから心構えだけしておいた方がいいよ」

「ふっ、その程度のことなら問題もない。こちとら今までに泣ける映画なんてのもいくつか見てきた経験があるが、その中でも実際に泣いたことは皆無という実績があるからな」

「…それ、誇れる実績かな? まぁいいや。じゃ、早速流しちゃうねー」


 浅倉からこのアニメが泣ける系統のものだという忠告が入ったが、そういうことなら何も心配はいらない。

 俺もここに至るまでに数々の名作と言われているアニメや映画を見てきた身だが、当然その中には感動できると太鼓判を押されているものだって含まれていた。


 そういったジャンルも網羅してきた俺ではあるが、そうした作品を見てきた過程の中で泣きじゃくった経験というものが全くのゼロなのだ。

 だからといってそのような作品を見ても何も感じないというわけではなく、単純に心の中では「いい作品だな」と思ってはいるのだが、顔に出ないと言うだけだ。


 …確かに、誇れることではないな。


 ま、まぁそれはともかく、浅倉が直々におすすめしてくれた作品と言えどもそう簡単に涙をこぼす俺ではない。

 どれほど感情を揺さぶってくるのかは知らんが、お手並み拝見と行こうじゃないか…!




「……ぐっ、うぐっ……良かったなぁ…みんな最後に集まれて…」

「…おすすめした私が言うのもなんだけど、フラグ回収早すぎじゃない?」


 一通り『あくまお』のアニメを鑑賞し終え、それまでテレビに映し出されていたアニメが暗転していくと……室内には俺が喉を震わせながら涙を抑える声と、呆れたような雰囲気を隠そうともせずにツッコミを入れてくる浅倉の言葉が被せられていた。

 …いや、仕方ないだろう。まさかここまでの仕上がりのものを見せられるとは思ってなかったんだから。


「こんだけ素晴らしい作品なんだぞ!? 泣かないなんてそれこそこの神作に敬意を示してないのと同義だ!」

「…おーい、さっき自分が言ったことと盛大に矛盾してるぞー」


 俺が言ったこと? 知らんな。

 今はとにかく、このアニメと出会えた幸運を盛大に祝ってやりたい気分だ。


「はぁー……まさかこれほどまでとはな。想像を軽く超えてきたわ」

「そうでしょうそうでしょう。なんてったって私の一押しだからね!」


 アニメ鑑賞が一段落したので軽く感想を伝え合うが、俺が素直な称賛をこぼせばなぜか浅倉が胸を張りながらドヤ顔をかましてくる。

 …こいつのおかげでこの神アニメを知れたことは事実だから否定もしないけど、こうも堂々と自分の功績かのように言われると少しむかついてくるな。別にいいけど。


「特に最後の主人公が魔王を助けるために命を懸けようとした場面は情緒持ってかれたわ……あの展開はずるいって」

「それねー。私も初見の時は涙腺やられたよ」

「分かる。あれで涙漏らさないやつはいないわ」


 興奮冷めやらぬまま思い思いの感想を口にしていけば、それだけであっという間に時間は過ぎ去っていく。

 最初はあまり乗り気ではなかった今回の来訪だが、こうして実際に来てみると楽しいもんだな……なんて考えすら浮かんできそうだった。


 思わず時間が経つことすら忘れて話に耽ってしまうが、ここまで気を張らずに本音を言い合えるのも浅倉との波長が合っているからなのだろう。

 話している最中にも余計な気を遣わないで済むし、こういうのが相性がいいってことなのかもな。


 そんなことを考えながら会話に夢中になっていたが、ふと時計を確認すればもう既に時刻は夕方をとっくに回っている頃だった。


「うわ、もうこんな時間か。…なんかあっという間だったな」

「え。…あちゃー、本当だ。気が付かなかったよ」


 アニメを丸々一本見ていたのだから当たり前なのだが、そんなことにも気が付かないくらいに俺たちはこの家で時間を過ごしていたらしい。

 時刻にしてもうじき夜の七時に差し掛かりそうになっている現在だが、思い返してみれば少し空腹感も増してきていたかもしれない。


「お腹も減ってきたしね……って、それも当たり前か」

「そうだな。…そんじゃ、さすがにそろそろお暇させてもらうとするわ」


 こうも遅い時間になってくればいくら何でも、浅倉の家に居続けるというのはまずいだろう。

 男女が遅い時間まで同じ家で過ごしていたなどたとえ何もなかったとしても外から見れば怪しいことこの上ないし、事実がどうあれもし他のやつらに知られたら要らぬ詮索をされることは間違いない。

 …浅倉ならばそれでも普通に受け入れてくれそうだが、その優しさに甘えてばかりというのも良くないのでここいらで退散させてもらうとしよう。


 そう思っての帰宅宣言だったのだが……なぜか浅倉はその綺麗な瞳をぱちくりと刺せながら、不思議そうにこちらを見上げていた。


「え? せっかくだし夜ご飯もうちで食べていきなよ。どうせユーヤの両親も共働きで家にいないんでしょ? だったら出前でも取って一緒に食べようよ!」

「…いやいや、そこまで居座るわけにもいかないって。確かに親は遅くまで帰ってこないけど一人で食えばいいし、浅倉だって親御さんがもうじき帰って来るんじゃないのか?」

「うちの親は毎日夜遅いし……多分まだ帰ってこないよ。だったら二人で食べた方が楽しいじゃん?」

「楽しいだろうけど……お前はそれでいいのかよ?」

「ノープロブレム!」

「言い切りやがったな……はぁ。ならもう少し居させてもらうよ」


 どうしてか押しの強い彼女の言い分に丸め込まれてしまったが、彼女の言う通り友人と夕飯を食べるというシチュエーションに興味を引かれたというのもまた事実だった。

 …俺って押しに弱いのかな。なんかこいつと過ごしてるとそう思うことが多いんだけど。


 そんなどうでもいいことを思いながら同意を示せば、浅倉は嬉しそうに笑みを浮かべながら奥にあるダイニングテーブルの方へと歩いていき、適当なチラシのようなものを複数枚手に持ってこちらへと運んできた。


「なら決まりだね! …さて、じゃあデリバリーはどれにするか……洋食も良いけどこっちも捨てがたい…」

「ほんと用意いいな、お前。…あぁ、あと夕飯代だけど半分は俺も出すから」

「助かるよ。さすがに全額負担は私も厳しいからさ」

「それくらいは当たり前だっての」


 俺は父親が単身赴任で遠方に行っており家に帰ってくることも稀だ。

 そして母親も働きに行っているので帰りは遅く、必然的に夕食は俺一人で食べることになる。


 なのでその分の夕食代は毎日親から支給されており、日々それを消費することで適当に腹を満たしているのだ。

 …大体はコンビニ弁当かゼリー飲料に消えていくことになるんだけど、それはまた別の話だ。


 まぁそれはともかく、念のためにと家から金は持ってきているのでデリバリーを頼むこと自体は問題もない。

 それに……こういう夜に仲の良い相手と二人で過ごすっていう状況にわくわくしている自分がいるのも否定できないしな。


 そんなことを考えつつ今夜食べるものを吟味している浅倉の元に近づいていけば、彼女はその目を光らせながら大声で宣言してくる。


「…決めた! 今夜はパーッとピザにしよう! ユーヤもそれでいい?」

「いいと思うぞ。俺も最近はピザなんて食べてなかったし、久しぶりに食いたくなってきた」

「オッケー! …あっ、それとドリンクはコーラでいいよね?」

「分かってるね。それはマストだ」

「ラジャー! ならこれで頼んじゃうね」


 夕食がピザだというなら、その横に炭酸飲料を置いておくことは欠かせない。

 くだらないこだわりかもしれないが、その条件は外すことができない最優先事項でもある。


 ゆえに浅倉がドリンクの進言をしてきた時には感性が近いのだということを暗に知れて少し嬉しかったというのもある。

 こいつに言えば調子に乗りそうなので、伝えるつもりもないが。



 その後、注文を終えた浅倉とたわいもない雑談をしながらピザが届くのを待っていれば、そう長時間も待たされることなく受け取ることができた。

 パッケージの内側からほのかに漂ってくるチーズの香りが何とも言えず、空腹状態でもあった俺たち二人はそのまま食べることにして席に着き、食事を始めることとしたのだった。


「…美味いなぁ。こういうのってなんで夜に食うと美味さが倍増すんだろ」

「ユーヤが馬鹿なこと言ってるー。…けどまぁ、気持ちは分かる。ピザとかハンバーガーって昼よりも夜の方が絶対美味しいよね」

「それなんだよ。マジで何か秘密あるってこれ」


 中身も生産性も皆無な会話をしながらとろけそうなピザ生地にかぶりつき、その上に乗せられた具との食感の違いも相まって極上の味わいを生み出しているジャンクフードの美味さに感嘆とするが、やっぱりこういう不健康まっしぐらみたいなものはその罪悪感も軽いスパイスになってるんだろうな。

 じゃなきゃこの美味さに説明がつけられん。


「でもあんまり食べすぎると太りそうだなー。…まぁ、私どれだけ食べても太らない体質なんだけどね!」

「うわぁ……学校どころか全国の女子を敵に回しそうなセリフだな」

「事実なんだし仕方ないじゃん。こんな素晴らしい身体に生んでくれた両親に感謝しかないね」

「…さいですか」


 聞く者によっては血涙を流しながら羨ましがられそうな事実の羅列だったが、本人がそれを気にした様子はない。

 確かに彼女は健康など一切考慮することもなくピザを口に頬張りまくっているが、実際にその身体を見れば太った気配など全く感じられないくらいに細い線を見せているのでその言葉は純然たる事実なのだろう。


 …こういう何てこともないところで浅倉のポテンシャルの高さを実感させられるな。

 普段があれだから忘れかけるけど、学校ではこいつも一応は人気者なんだし。


(…あ、せっかくだしアレについても聞いてみるか)


 そこでふと脳裏に浮かんできたのは、以前からなんとなく気にはなっていたがタイミングを逃して聞きそびれていたこと

 別に聞かなかったからどうというわけでもないのだが、こうして二人きりというシチュエーションにも恵まれたのだからいい機会だし、質問してみるのも悪くないだろう。


「…そういやさ、浅倉っていっつもヘッドホンを首から下げてるか装着してるけどなんか理由でもあるのか?」

「ん? あぁ、これのこと?」


 そう言って彼女が指さすのは、今も尚現在進行形で首からぶら下げられている浅倉のトレードマークとすら言えるヘッドホンだった。

 こいつが学校で見せている姿ではよく見かけるものだが、浅倉は学校での時間のほとんどをヘッドホンを身に着けて生活している。


 さすがに授業中なんかは外しているようだが、それだって完全に外すわけではなくて耳から話して首にぶら下げているだけだし、何か彼女の中でこだわりのようなものでもあるのかと疑ってしまうくらいのものだ。

 実際の真相はどうなのかということは本人以外にはわかりようもないことだが、やはり彼女とこうして関わるようになったからには一度聞いておきたいことでもあった。


 もしや何か深い理由でもあるのではないか……なんて勘ぐってしまいそうにもなるが、当人はまるでそんなこともないといった風に口を開いて教えてくれた。


「別に特別な理由があるわけでもないよ。ただほら、私って見た目が整ってるじゃん?」

「…まぁそうだな。それを自分で言うのもどうかと思うけど」

「あんだけ周りからジロジロ見られてれば嫌でも自覚はするって。ユーヤからそういう視線を感じたことはないけどさ」

「そりゃ、俺はお前に対してどうこうとか思ってないし」

「そう言ってくれるから信頼できるんだけどね。それはさておき、やっぱり私って可愛いらしいから周りからよく話しかけられるんだよ。…でもねぇ、さすがにそれが長く続きすぎるとちょっと鬱陶しくもなるんだ」

「あぁ……少し分かるかもしれん」


 おそらく俺が考えている状況と彼女が実際に置かれてきた状況ではレベルが異なるのだろうが、それでも大体言わんとしていることはなんとなく察せられた。

 他人とのコミュニケーションにおいて、どんな相手であったとしてもそれが過剰なものになれば少なからず煩わしさを感じることは往々にしてあるものだ。


 そういったこと自体は珍しいことでもないし、むしろありふれたものだが……浅倉ほどの美少女ともなればその事例は段違いに多かったのだろう。


「で、それがいくら何でも続きすぎるもんだから人避けも兼ねてヘッドホンを着けて音楽聞いてるふりしたりしてるんだよね。あ、もちろんちゃんと聞いてる時もあるけど」

「なるほどなぁ……知らないところで意外な苦労があったもんだ」


 事情を聞くまではどうしてあんなにも一人で時間を過ごしているのかとばかり思っていたが、こうして詳しいことを聞いてみればそこには想像していたよりも遥かにしっかりとした理由があったようだ。

 容姿も能力も平凡な俺からすれば人避けに全力を尽くす努力というのは中々に理解が難しいことではあるが、彼女からしたらそれは何よりも重要なことなのだろう。


「つーかそれなら、俺はいいのか? 一応クラスメイトでかなり濃密に関わっちまってるけど」

「ユーヤはどっちかって言うと同級生っていうよりネトゲの仲間って印象が強いし……それに裏での私のことも知ってるし今更のことでしょ。あとユーヤって学校でも私にベタベタ話しかけてくるタイプでもないから気楽だしね」

「…なら良いんだけどさ」


 話を聞いている中で少し不安になってきてしまったが、一応俺も彼女と同じクラスに所属している身であり今もこのように過干渉していると言ってしまってもいいくらいには関わってしまっている。

 そのことに関して、もしや俺が知らぬ間に彼女の不快と思っている点を踏みぬいてしまっているのでは……なんて思考も浮かんできたが、どうやらそうでもないようだった。


「まっ、私らの関係性なんて気楽なもんよ。ユーヤだって私との間に色恋を求めたりしてないでしょ?」

「そうだな。それは断言できる」


 どこかからかいを含めた感情を露わにしながらそう言ってくるが、それに対して俺はノータイムで返事を返す。

 浅倉の言う通り、俺とこいつはネトゲを通じて知り合った友人であり仲間だ。

 確かに彼女の容姿は整っているし美人だなと思うこともあるが、あくまでそこ止まりであり俺たちの関係値がそれ以上のものになることはない。


 だからこそ、今のように二人きりという状況になっても特に何も思わないし俺が気にするのも体面くらいのものなのだから。


「だったらそういうことでいいでしょ。ほら、早く食べないとピザ冷めるよ?」

「へいへい。しっかり頂きますよ」


 彼女のヘッドホンに関して言及した俺はそこから意外な事実を知ることができたが、それより先のことは踏み込むつもりもないし対して興味もないので言及することもない。

 浅倉もそれは望んでいないだろうし、個人のパーソナルゾーンに踏み入るのは時として互いの関係を壊すことにもなり得るのだから。




「…食った食った! もうこれ以上は食べれないわ」

「さすが男子高校生って感じだね。その食欲の凄まじさに敬意を示すよ」

「これでも他のやつと比べれば小食な方だと思うけどな。まぁ女子のお前と比較したら多いかもしれんが」


 先ほどまでテーブルに置かれていたピザの塊を一通り食べ終え、友人と共にする夕食という珍しい時間ではあったがそれもいよいよ終わりを迎えようとしていた。

 軽く息を吐きだしながら満たされた食欲の余韻に少しの間浸っていたが、現在時刻を考えればそうしてばかりもいられない。


 ピザ配達を待っていた間にもそこそこ時間は経っていたし、それに加えて食事の時間も加味すれば既に夜と言ってもいい時間帯になってきている。

 こうもなると俺の方も親が帰ってくるかもしれないし、そうなったら自宅に俺がいないというのは心配させてしまうかもしれない。


 ゆえに今日はこの辺りで帰った方がいいだろう。


「けどもう時間が時間だからな……さすがに帰らせてもらうわ」

「あ、本当? ならお見送りだけしていっちゃうよ」

「さんきゅ」


 傍に置いていた荷物を手に取りながら帰宅すると浅倉に伝えれば、彼女の方もそれまで座っていた席から立ち上がりながら玄関前まで見送ってくれるらしい。

 その好意はありがたく受け取ることとして、俺もこの家のリビングを後にして玄関で己の靴に履き替えていく。


「じゃ、今日は本当にありがとな。マジで面白かったわ」

「いいって。私の方もユーヤとアニメ見れて楽しかったし……それに、別に今日限りで終わりってわけでもないしね?」

「…なるほど。まぁそれはまたいずれな」


 片目を閉じながらにやりとした笑みを浮かべ、悪戯を企む子供のような表情を浮かべる彼女の姿は何とも言えない魅力を放っていた。

 つまり彼女が言いたいことを要約すれば、今日のようにまた家で集まってアニメ鑑賞でもしようということだろう。


 俺と彼女の間に恋愛感情はない。

 …だが、遊ぼうというのならこちらとしても拒否をする理由はなかった。


「明日もどうせゲームやるんだろ? ならそこでまた」

「はーい、またね。…今度また遅刻したりしたら許さないからね?」

「……善処はするよ。そんじゃな」


 家を出ていく直前に今後の予定を軽く共有し合っていけば、浅倉からこの間の失態を責められるようにジト目を向けられながら責めるようない雰囲気を感じる。

 その空気に居心地の悪くなった俺は一言だけ挨拶を言い残して外へと出ていった。


「うーん……もうすっかり暗くなっちまったな」


 自宅への帰路に付きながら夜の暗闇に染まった街並みを眺めていけば、頭の中では先ほどまでの楽しかった記憶が思い起こされる。

 突発的な誘いだったし、何気に女子の家に赴くのも初めてな俺がよりにもよってクラスでも知名度や人気度で群を抜いている浅倉の自宅に招かれるなど、本来なら緊張して何も考えられなくなってもおかしくないと思っていたが……そんな予想に反して、現実は非常に気楽な状態で訪問することができていた。


「…まっ、それも当然か。あいつはクラスメイト以前にネトゲ仲間だしな」


 いかに美人であろうと、俺にとって浅倉という女子への認識は一年以上苦楽を共にしてきたゲームの仲間なのだ。

 そうして先入観が真っ先にやってきているからこそ、あいつと一緒に過ごしている時にも余計な雑念を抱かずに済んだのだろう。


 お互いに肩ひじ張ることもなく、無用な気を遣う必要すらない。

 ある意味ではそこら辺の男友達よりも気楽に接することのできる相手であり、それは向こうにとっても同様。


 そういう相手がいることは……きっと幸福なのだろう。


「明日もやるって言ってたしな……気合い入れておかねぇと」


 今日は帰りが遅くなってしまうだろうが、明日の彼女との約束のためにも疲労を残しておくわけにはいかない。

 浅倉との……唯一無二のネトゲ仲間との縁は、途切れないようにしていきたいものだ。

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クラスメイトのヘッドホン美少女、裏では最高のネトゲ仲間 進道 拓真 @hopestep

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