第9話 霞がかかる?”ともの・ハルカス”


 タイトルは冗談だが、クラスの、そして松山女子中学の”マドンナ”、ルネサンスの画家、ラファエロが描いたことで有名な聖母マリア像に典型的な、美しい理想の女性一般の栄誉ある呼称を、オレによって冠された、…


…大げさになったが、要するに知野春香はそういう超絶キレイな、一頭地を抜く飛び切りのべっぴんJCだった。


 そうして気品があった。清楚で、理知的。”菩薩”や”観音”を思わすアルケイック・スマイル。


 すらりとしていて、身ごなしは優雅。四肢はたおやかで、たっぷりとした黒髪はエンジェリングがつややかに光っている。


 ファースト・インプレッションというか、新鮮な視線が交錯した最初の瞬間から、

おれと春香は恋に落ちた…そこまでは言い過ぎかも、だが、少なくとも好意を持ち合った。


 春香が「初恋」とか、それ以上の恋愛沙汰?を経験しているかは謎だが、だいたいまだ出会って2週間ちょっとだが、春香の全身からは、確かにおれに対する敬愛とか思慕の気配というのがいつも立ち上ってくる。マンガなら、ほほを赤らめて、眼がハート型になっているような…?石部金吉でも、古木寒巌?古い言い回しだがそういう無粋な男ではないから、春香のそういう「好き好きモーション」は、いつもシビれるようなエクスタシーをおれの全身に齎してくれる…


 語学の教師だから、古今東西のロマンチックなラブロマンスとかにも一応通暁している感じだが?「恋愛の喜び」というのはやはり永遠のテーマの一つで、「恋愛小説家」、性愛プロパー、というのも多い。


 正統派もいるが、屈折したタイプもある。BLやら百合、SM嗜好もある。ほとんど百花繚乱?そういう趣もあって、性とか愛の世界の蘊奥の追求というか、深化やバラエティは、現代の文化の特徴ですらあるのではないか?


 フリーセックス、という言葉が流行したのも遠い昔だが、「男と女しかいないんだからね!」という結婚相談所のコピーのように、男女のせめぎあいや駆け引き、やり取り、そこからの悲喜こもごもは、古くて新しくて永遠のテーマで、今のところやはりそうならざるを得なくて、なにもかもそこに結局逢着してしまう…すくなくとも人生の目的が「モテること」であるおれは、どうしても短絡的にそう思ってしまうのだ。


マドンナ、ニンフェット、アニマ、ベアトリーチェ、ファンファタール、エンジェル…そういうすべての偶像化された女性像のイメージを併せ持つような、夢中になっている女性にはそういう幻想を抱くものかもしれないが、知野春香は、おれにとってそういう特別な存在なのだ…


<続く>

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